縮まらない距離

日々菜 夕

 縮まらない距離

 私は、猫が大好きである。

 一週間以上にゃんこに触れられないとか耐えられない!

 親だけでなく知り合いからも重度の猫中毒者として認識されているくらいである。


 それなのに……


 今現在、家には猫が居ない。

 そうなのである。

 重度のにゃんこ不足により精神に異常をきたしているレベルなのだ。

 家の問題とかじゃない。

 先月末に亡くなってしまった猫の事を思うと……すぐ次にとはいけなかったのである。


 思い返せば、幼い頃より猫が家に居ないことはなかった。

 私が、初めて拾ってきた子猫が大きくなって子供を産み。

 また、その子供達が大きくなっては子供を産む。

 そんな繰り返しで、数年と経たず我が家は猫屋敷と呼ばれるようになった。

 新しい友達とかを家に連れて来る度に、そりゃあもう驚かれたものだ。

 そして、その度に私は胸を張って言ってきたのだ。


『凄いでしょう!』


 と……


 でも、全ては過去形。

 いくら両親が寛大だったとはいえ限度というものがある。

 猫達は、子供が出来ないようにする手術を受けさせられるようになり。


 以来――


 病気になったり、寿命だったりで一匹、また一匹と数を減らす一方となる。

 そして、ついに最後まで頑張ってくれた猫もお亡くなりになってしまった。

 25年以上も生きてくれたのだからかなり長生きしてくれた方だとは思うし。

 出来る事は全てやってきたと自負している。

 それでも、やっぱり私は泣いた。

 大泣きだった。

 子供の頃からにゃんこと別れるのはツライ。

 こればっかりは、慣れるということがない。

 今までどれだけ泣いてきたか分からないくらい私は猫のために涙してきた。


 だからなのだろう。

 全く猫の居ない生活というのがしっくりこなかった。

 まるで、現実味を感じない日常を過ごしている。

 生まれてから今日まで彼氏を作ろうと思った事もない私は――

 学生時代、にゃんこ達のためにアルバイトをし。

 卒業して会社勤めを始めても全てはにゃんこのためだった。

 ご飯代とか、おやつ代だけでとんでもない金額が消えていくのに。

 それにプラスして病院代がバカに出来ないくらい凄くかかった。

 でも、後悔はない。

 充実した日々だったと心から言える。


 だからこそ、また猫を飼いたいと強く思う。


 でも、あと一歩が踏み出せないでいた。

 そんな時に家の軒先で出会ったのが一匹の黒い野良猫だった。

 体格が良いからたぶんオス猫だと思う。

 金色の目をした黒猫は、「にゃ~」という可愛らしい声ではなく。

 しゃがれた感じの「ぎゃ~お」という怪獣の様な声でエサをねだってきた。

 その距離は約2メートル。

 とてもじゃないが触れられる距離じゃない。

 でも、そんな事で諦める私じゃない!

 近づいて来るように仕向ければ良いだけの話なのだ。


 おやつ用の煮干しを数匹手に取り投げてやる。


 すると、まってましたのごとく、あっという間にむしゃむしゃと食べきった黒猫。


「ほらほら、怖くないよ~。こっちこればもっとあげるよ~」


 私は手にした煮干しをちらつかせるが……

 効果なし。


「ぎゃ~お」


 という催促をされただけだった。


 ま、まぁ、今日が初顔合わせだし。

 妥協してあげるってのが大人の対応よね。

 私は、黒猫様の言う通り煮干しを投げ続けた。


 そして、おおむねお腹が満足したのであろう黒猫様は、何事も無かったかのように立ち去って行ったのである。


 その後ろ姿を見た時。

 あ、尻尾は短めなのね。

 と言うのが、私の抱いた感想。


 以来、毎日のように来るようになった黒猫様に煮干しを与え続けるという日々が始まった。

 

 一週間が過ぎ――

 一月が過ぎ――

 二月目に入っても私達の距離が縮まる事はなかった。

 なかなかに手ごわい相手である。

 エサだって色々と工夫してみた。

 煮干しだけじゃなく鳥のササミとかも試して見たし。


 でも、残念無念……


 私が近づくと、その分にゃんこ様は距離をとってしまわれる。

 結局、私達の距離が縮まらないまま黒猫様は、ある日を境に来なくなってしまった。


 なんとかして、家の子になってもらおうと餌付けしてきたのに……


「もう、来てくれないのかな……」


 そんな虚しい独り言は、夕方の闇に溶けていった。


 それから一週間後――


 私は、夢を見た。


 物凄い剣幕で、


「ぎゃ~お! ぎゃ~お!」


 と、エサをねだる黒猫様の夢である。

 私が、いつも以上に煮干しを投げてあげると、よほど満足したのかくるりと背を向けて歩き出す。

 川の方に向かって。

 たぶん夢だからなのであろう。

 私の家のそばに川なんてない。

 それでも、黒猫様は川に向かい飛び込み向こう岸まで泳いで行ってしまった。

 全くこちらを振り向くことがなく、まるでさよならを言っているみたいに。


 黒猫様は、どうしてしまわれたのだろうか?

 どうして、あんな夢を私は見たのだろうか?


 いくら考えても答えなんて出るわけじゃない。

 だから私は、とある譲渡会に参加してみる事にした。

 主に保護された猫を新しい飼い主とマッチングさせるという趣旨で行われるシステムである。


 そこで、出会ってしまったのだ!


 ぶっちょうずらで可愛らしさとは別のベクトルにステータスを割り振った黒猫様に!


 ゲージに入った黒猫様を見るなり、


「私! この子が良いです!」


 と言ってはみたものの。


 対応してくれた30代半ばと思われる男性は渋い顔をした。


「申し訳ありませんが、この子、気性が荒いので。飼っても打ち解けるにはかなりの労力を必要するかもしれませんよ?」

「いいんです! その程度は想定の範囲内なので!」

「え!?」


 驚いた顔をする担当者に、私達のいきさつを話して聞かせた。

 すると観念したのか、「そういうことでしたら」と言って私の願いを聞き入れて下さったのだ。


 そして、私達は一緒に暮らす事となった。


 ごはんをあげても、私が近くに居ると食べに来ないし警戒も怠らない。


 そーっと近づこうとしても。「シャー!」っと威嚇される。


 見た目通り、全くといっていいほど可愛くない黒猫様。

 でも、私には秘策があるのだ! 

 いくら警戒心が強い猫でも本能には逆らえまい。

 またたびとちゅーるを使って手籠めにしてやるのだ!

 そしていつかは、もふもふさせてもらうのだ!




 おしまい

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縮まらない距離 日々菜 夕 @nekoya2021

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