第5話 春-5
黒のパーカーを着込んだ川口の背中を追って森に入る。闇の森で頼りになるのは懐中電灯の灯りだけだが、墓地に犯人がいる可能性もあるため、つけすぎるわけにはいかない。
「こっちだ」
暗視スコープを覗きながら川口が道を示す。墓地から少し離れた場所から森に入り、墓地に面した斜面に出る予定だが、それほど距離はないので警戒しながら進む必要がある。
川口もそれを考えてか、少し声を潜めている。
身を屈め出来るだけ音を立てないように移動する。道は登山コースにもなっているため、それほど険しくはない。
墓地には何が待っているのだろうか。川口の言った通り、犯人が待ち受けている可能性もあるが、何か物が置いてある可能性もある。もしそうならまだこの件は終わりではないと言うことになる。それに物が置いてあった場合、私たちを誘き出す意図は何なのか。
思えば犯人も動機もまだ判明していないし、紙をどうやって置いたのかもはっきりとは分かっていない。墓地に犯人が居れば一番良いのだが、動機かトリックが分かれば、パズルのピースのようにどちらかが嵌って犯人まで辿り着ける筈だ。
左側に突然、視界が開ける。暗闇の中でも木々の間から空間が開ているのが分かる。
川口が振り返り、手を上から下に下げる。身を低くしろというハンドサインだ。私は懐中電灯を消し、草木の後ろに隠れる。
ついに墓地に着いた。はやる気持ちを抑え、川口が暗視スコープを覗くのを待つ。この暗闇では肉眼で墓地の様子を伺うのは厳しい。今は大人しく待っているべきだ。
川口が私の隣で身を屈め、暗視スコープを渡してくる。表情までは見えないが、思っていたより早く交代したと言う事は何かを見つけたという事だろうか。
私は暗視スコープを受け取り、顔だけを草の上から出して墓地を見た。
緑がかった視界の中に白い四角が平城京の様に規則正しく並んでいる。恐らくこれが墓だろう。そして区切られた路地に白い影のような人間が何人かいるのが見えた。
人相を見る為に倍率を上げる。
人間たちは棒状の何かを持っている。あれはバットだろうか。やはり川口の言った通り、私たちを闇討ちする為に墓地で待ち伏せしていると考えて良いだろう。問題はそれが誰なのかと言う事だ。
視界の中で白い影が移動する。一人の大きい影が小さい影に詰め寄って、小突き始めた。小さい方は勘弁してくれと言わんばかりに頭を何度も下げている。
そこにフォーカスし、さらに倍率を上げると、小突かれている人物は黒原兄弟の兄だった。
暗視スコープから目を離し、川口の隣にしゃがみ込む。来た道を指差し、戻ろうとハンドサインを送る。
川口は頷き、身を低くしたまま移動する。私もそれに続いて山を下りた。
「何故、腹黒兄弟がいるんだ?あいつらが犯人というのはあり得ないだろ?」
川口の家に向かいながら訊く。
「いや、あり得るさ。あいつらはたぶん実行役だ」
意外にも落ち着いた声が返ってくる。
「つまり紙を置いた奴と闇討ちをする奴は別ということか」
「そうだ。たぶんあの腹黒野郎どもと協力している奴が南中にいやがる」
「なるほど」
つまり黒原兄弟と協力して私たちを墓地に誘き出す為に紙を用意した奴がいるということか。
「そういえば一昨日、腹黒がゲーセンにいたのもこのためかもしれない」
「確かに、あいつらが協力者を探していたというなら辻褄は合う」
それは誘き出す役を探す為だけではない。墓地で黒原兄を小突いていた奴ももしかしたら黒原がこの町で探し出した助っ人なのかもしれない。
「黒原の目的は川口、君に対する報復じゃないのか?」
「まあ、そうだろうな」
川口は呑気に答える。
「だとしたら紙を置いた奴も君を潰したがっている筈だ」
「じゃあ、心当たりでもあるのか?」
「いや」
それが問題なのだ。川口を恨んでいそうな人物は浮かばない。それどころか皆が恨んでいると言っても不思議ではないとすら思える。
「良い方法があるぜ」
「何だ?」
「現行犯だよ。犯人が窓の近くにトリックを用意するのを近くで待つのさ。
犯人は早く墓地に向かえというメッセージを二回も送ってきている。という事は今も相当焦ってるに違いない。今日だって俺たちは墓地に行っていない事になっている筈だからな」
「つまり犯人は明日もトリックを仕込む可能性が高いということか」
「そうだ」
「だが、いつ仕込むかまでは分からないぞ」
今までの紙がどのタイミングで仕込まれたのかは分かっていないのだから、現行犯で捕まえるのは難しい。
「いや、分かるさ」
「え」
川口は満足げな表情で、
「俺たちがいない間さ」
当たり前の事を堂々と言い切った。私が落胆したのが分かったのか、
「おい、ガッカリするなよ」
「だってそんなの当たり前だろ」
「ああ。だが現行犯で捕まえるという事はそれで十分なんだよ」
「どういう事だ?」
「朝早く行って隠れて待ってりゃ良いのさ」
なんて単純な解答なのだろうか。だが、犯人が南中の人間なら私がいつも朝一番に教室にいる事を知っている筈だ。それがいないという事であれば犯人にとっては絶好のタイミングになるだろう。
「今までの紙を思い出してみろ。窓を開けるごとに一枚だ。それも一日に二枚以上なんて事はなかった」
「そうだな」
三枚の紙はそれぞれ別の日に出現している。一枚目に関しては分からないが、二枚目と三枚目は窓を開けたタイミングで現れたのはほぼ間違いない。
「たぶんトリックは一回仕込むごとに一枚の紙しか用意できない。そして窓を開けたら消費される。そう考えれば、今朝の紙は俺たちが体育館下に行っている時に仕込まれてたんじゃないか?」
確かにそれなら辻褄は合う。
「明日も今朝と同じ状況を作ればトリックは仕込まれるということだ」
「おお」
私は素直に感心して聞いていた。川口の推理は板についている。このような探偵役は私になど出来るわけがない。少しだけ彼を羨ましく感じた。
「まあ、とにかく明日は早起きだな」
川口の家に着く。期待と微かな失望を持って部屋に向かった
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