推しの23
「ズルい! そんなのパクリじゃない。『グラミー賞を取る』って最初に宣言したのは赤葉なのよ! 横取りしようなんて恥ずかしくないの」
「ふっ。この世界は実力がすべて。そして、毘沙門龍子こそグラミー賞を取るにふさわしい実力の持ち主。何と言っても、
「何言ってるの⁉ それってつまり、赤葉よりダンスが下手で、青葉ほど歌がうまくなく、黒葉ほど美形でも長身でもなく、黄葉より貧乳で、白葉より……ってことじゃない! 都合のいいところだけ持ち出して勝ったみたいに言わないでよね!」
「ふっ。白葉の所だけ何も言えなかったな。白葉には毘沙門龍子に勝てるところなどひとつもないと認めたわけだ」
「うっ………」
「だいたい、あんな無能がプロとして活動していることが許せん。デビューして一年以上もたつというのにいまだに立ち位置間違えるわ、歌はトチるわ。まともに練習しているのか、あいつ?」
「た、たしかに……しろハーはいまだに立ち位置まちがえるし、歌い出しトチるし、トークもしどろもどろだけど……でも! デビュー当時に比べたらたしかに上達しているのよ! 取り柄もなくて、不器用で、物覚えも悪いかも知れないけど……でも、そんな普通の女の子が自分のふがいなさに悩み、苦しみ、怒り、少しずつでも成長して輝きを見せる。その姿がなにより愛しいの!」
「それは『普通』ではない。『普通以下』と言うのだ」
「うっ………」
「そもそも、ふがいなさを売りにするなど笑止。プロのステージとは本来、完成品だけが存在を許される場所。自分のふがいなさに悩み、苦しみ、怒り、成長するなど、デビュー前にしておくべきことだ」
「うっ、そ、それは……」
「プロとは、自分の芸を見せる代償に他人の金と時間をもらう存在。である以上、支払われる金と時間にふさわしい芸を見せる義務と責任がある。その義務と責任を果たしてこそプロ。それに見合わぬ未熟な芸を見せて金と時間を奪う者をプロとは言わない。詐欺師と言うのだ」
「うっ……!(い、いまのは正直、刺さった。……そうだよね。たしかに、あたしたちだって代価にふさわしい質の仕事を提供できなかったらプロとしてやっていくことなんてできない。それを思えば、未熟な芸でも稼げるアイドル業界って意外と甘いのかも。で、でもでも! 決して、詐欺ではないよね⁉ だって、あたしたちはしろハーが未熟なことを承知の上で、その成長を見守るためにお金を出しているんだもの! 騙されてるわけじゃないよ!)」
「そんなことだから、日本のアイドルはいつまでたっても子供扱いされるのだ。その点、毘沙門龍子は素晴らしい。そも、毘沙門龍子がアイドルを目指すことになったきっかけは、少年院に入っていた頃、その歌声とダンサー顔負けの身体能力を見出されたことだ。そして、アイドルになることを決意した毘沙門龍子は少年院の独房のなかでひとり地道に鍛錬をつづけ、出てくる頃には歌も踊りも一流になっていた。ステージの上で未熟さやふがいなさ、弱みを見せたことなど一度もない。
まさに、完成品となってステージに上がったのだ。
これこそ、プロだ。プロたる者、努力を売り物にしたり、苦労を見せたりするものではない。努力や苦労はステージに後ろに隠し、成果だけを見せる。そうすることで観客を夢の世界に連れて行く。それがプロの仕事だ。白葉にプロとしての資格はない」
「それはちがうわ! たしかに、しろハーには毘沙門龍子みたいな才能はない。でも、世の中のほとんどの人はそうなのよ! 何の取り柄もなければ才能もない。そんな人たちにとって、同じように取り柄も才能もない女の子が必死にがんばって成長していく。その姿を見ることで『自分だってがんばればああなれる』っていう気になれるのよ! しろハーこそ、多くの人たちに夢と希望を与えることができる最高のアイドルよ!」
「ふっ。まるで、ご都合主義的ハーレム物の主人公だな。何の取り柄もない普通の男の周りに、意味もなく美女・美少女が群がり集う。その姿を見て世の無能男どもは『自分だって……』という妄想に浸るわけだ。しかし、所詮、妄想は妄想。実現することはない。妄想の世界に引きこもらせ、現実を生きる気をなくさせるだけ。白葉はさしずめ、現実逃避人間製造器というところだな」
「何ですって⁉ その侮辱は許せないわ、訂正しなさい!」
「事実を指摘しただけだ。訂正する必要などない」
「この、上から目線陰険男!」
「そちらこそ、ダメ男から離れられないダメ女そのままの心理だな」
「もう許せないわ! こうなったら戦争よ! 望み通り、実力でケリを付けてやろうじゃないの!」
「ふっ。受けて立つ」
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