ワンルームの晩餐会

@nayuuu

 

愛するきみがいなくなった。

朝、行ってきますという笑顔のまま帰ってこなかった。

部屋の真ん中でただぼーっと立ち尽くす。きみのいた温もりがまだ残っているからだ。目につくもの全てにきみとの思い出があり見れば見るほど溢れだす。棚の上には付き合って1ヶ月の記念に買ったお揃いのコップ。同棲初日でかけてしまったがきみは大切に飾っていた。ベランダにはきみが大切に育てていたサボテン。毎日霧吹きで水をあげていたが、なんの変化も起きなかった。それでもきみはいつか咲くと信じていたね。その時は一緒に花が咲くのを見ようと約束したのに。溢れだす涙で視界が霞む。きみの声が聞こえてくる。

「こうた」

そう、きみは優しく僕を呼びかける。鈴の鳴るような麗しい声が僕は何よりも好きだったんだ。涙をスーツの袖で荒く拭いもう一度部屋をぐるりと見渡す。軽く深呼吸をした後僕はその家を後にした。

ふぅと白い息を吐きながら寒空の下歩き続ける。今あの部屋にいては僕はきっとだめになる。そう確信したからだ。きみを本当に愛していたからこそ僕は現実を受け止めなければいけないと思ったからだ。2人で住んでいたマンションを後にし近くのコンビニへ。外の寒さに耐えられず流れるように入ったが先程まで人目を気にせずぐちゃぐちゃに泣いた顔は店の明かりに照らされ露に。僕は恥ずかしくなりあわてて店の入り口へ方向をかえた。

自動ドアが開いた時目の前に女性が立っていた。顔を見られまいと下を向きすれ違う。すると彼女が僕の腕を掴んだ。

「こうた?だよね?」

突然名前を呼ばれ勢いよく後ろを振り返るとそこには心配そうな表情のきみがいた。僕はすぐに理解できず口をパクパクさせ何も言えない。そんな僕の手を強く握り店の外へと連れ出す。

「どうしたの?こんなに目が腫れて……」

君の冷たい手が僕の頬に触れている。泣き火照りの僕の顔には心地いい温度でその手に僕の手をかぶせた。

「かな……だよね……?」

僕は君の名前を呼ぶ。すると眉を寄せながらふふっと笑う君。

「そうに決まってるでしょ」

確かに彼女は僕の最愛の恋人、かなだ。しかし彼女は帰宅途中、車にはねられ死んだはず。でも僕は触れている。君の手を。外の寒さで冷えきってしまった手を握っているのだ。

「帰ろ、一緒に」

君は仕方ないなという顔で何も言わない僕の手を握りマンションへと歩き出す。

彼女に引っ張られるようにして歩きながらさっきまでのことは全部嘘だったのだろうかと考える。本当はきみは生きていてさっきまでが夢だったのかもしれない。最近仕事で疲れていたから夢と現実の区別もつかなくなってしまったのかもしれない。

「夢でも見ていたのかな。」

僕がつぶやくと君は不思議そうに「夢?どんな?」と顔ををのぞき込む。彼女の瞳はコロコロと宝石のように見えて僕は目が離せなかった。君の瞳はどうしてこんなに惹き付けられるのか、昔からそんなキザなことを言ってはきみを笑わせていた事を思い出す。

「なんでもない、なんでもないよ。」

まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

そのままアパートまでの道を手を繋いで歩く。その間2人は無言のままで「きみは死んでしまったのではないか」そんな言葉を口に出すのは僕にはできなかった。


玄関の扉を開けバタバタと狭い玄関を抜けるときみはふぅうと背伸びをする。そして僕の方へ振り返り

「ご飯にしよっか」

と微笑みかける。よかった。また、きみとご飯が食べられるんだね。

「今日は僕が作るよ、きみはソファーでゆっくりしてて」

さっきまでの居心地の悪いリビングが嘘のように輝いて見える。きみとの思い出の詰まったこの部屋できみと2人。このまま何事もなかったかのようにいつもと変わらない生活をしよう。

「ほんと?ありがとう」

きみはぼふんと勢いよくソファーへ座りキッチンにたった僕を見る。今日はきみの好きなハンバーグにしよう。きみの喜ぶ顔がもう一度見たいから。

テキパキと食事の用意を進め食卓に並べる。それを見たきみはいつもよりも目を大きしキラキラとさせた。

「ハンバーグだ!」

まるで子供みたいにはしゃぐ君。僕はその姿が大好きなんだ。

バタバタと2人で向かい合うように椅子に座る。手を合わせいただきますと声を揃える。ハンバーグを切り分け口に入れる。いつもよりも味付けが薄かったかもしれない。しかしきみはそんなの気にしないと言わんばかりに勢いよくハンバーグを口に運ぶ。こんな当たり前も今となれば大切な幸せの瞬間なのだ。

美味しそうに頬張る姿を惚けて見ていると

「ちょっとっ見過ぎ!」

と照れた様子を見せる。コロコロと表情変える君はいつも見ていて飽きない。

「ごめんごめん。美味しそうに食べてくれるなって」

「だってほんとに美味しいんだもん」

ふんっと怒ったふりをするきみ。そして少し目線を下にした。何かを考えるかのようにぼーっと一点を見つめていた。

「どうしたの?」

その様子を見て僕も同じところに目をやるがそこには棚の横にいつも置かれている巻かれた布があるだけだった。

その布はアジアン調の煌びやかなデザインで普通よりも丈の短い絨毯だ。2人で骨董品市場に行った時に彼女がそれを気に入り買ったものである。しかし部屋の雰囲気に合わず日の目を見ることなく巻かれて棚の間によりかけられてしまっている。

「私ね魔法が使えるの」

絨毯を見つめながら突然突拍子もない事を彼女はつぶやく。

「ほんとに?」

冗談を言っているようには聞こえない口調で言うのもだから僕は目を丸くして彼女を見た。

「ほんと。この絨毯があれば空だって飛べるの。」

そう言って彼女は立ちあがり、まかれていた絨毯を手に持つ。ばっと広げ絨毯の装飾が部屋の灯に照らされキラキラと光る。

その姿をみて彼女がまるで魔法使いのように見えた。

「見せてよ、きみの魔法」

僕も立ちあがり絨毯の片方を握る。

きみは僕に微笑みかけて

「もちろん、一緒に夜の空を散歩しよう」

その声と共に絨毯はまるで自我を持つかのように僕たちの手から離れ宙を舞う。

どこからともなく吹いた風に煽られるように僕たちは絨毯の上に座った。体が宙に浮いている感覚に僕は少しの恐怖を覚えたがきみのワクワクした表情を見て気持ちはすぐに消え去った。

「こうた、一緒に来てくれるよね、」

きみは少し目を逸らし僕に尋ねた。

「もちろんだよ、僕たちはずっと一緒だよ」

その声と共に僕は暗い暗い夜へと飛び込んだ。強い風の勢いと共に僕はきみの元へと堕ちてゆく。

残された静かなワンルームにはカーテンが大きく揺れる開きっぱなしのベランダ。そして食卓には食べかけのハンバーグと手のつけられていないハンバーグが並べられ玄関には一束の革靴だけがそこにはあった。

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