第17話 私ね…本当は…

「ごめんね、急に変なことになって」

「大丈夫です。先輩にも色々あるんですね」

「まあ、そうよ」


 須々木真理すすき/まり先輩は比較的大人しめ口調で言う。


 二人は、少し暗くなった道を歩く。


 今、街中を後に、自宅に向かって歩いている最中だった。


 デパートを出たところで、先ほどのスーツを身にまとった男性とは別れたのだ。

 あの人は、不動産関係の人らしい。


 意外と、自分の父親は顔が広いと思った。


 それにしても、どういう関係で繋がりがあったかは不明なまま。


 須々木先輩は、あとで話すとか言っていたが、未だに何も聞いていなかった。


 先輩は、なぜマンションに住むのだろうか?


 家に帰れば、それでいいのにと思う。

 けど、それができない理由があるのかもしれない。



 さっきから、先輩と共に道を隣同士で歩いているわけだが、隼人の方からは何も聞こうとはしなかった。


 余計に聞いて、先輩を傷つけたくないと思ったからだ。


 いつも何かと世話になっている。

 だからこそ、先輩の辛そうな表情を見るのは嫌だった。


 実際のところ、考えれば、先輩のことを深く知っているわけじゃない。


 知らないことの方が多い。


 つい最近までは、一般生徒と生徒会長という、距離の離れた関係性だった。


 一応、生徒会長からは、生徒指導室に呼び出され、色々と指摘されたことはあったが。本格的に、身近な距離感でやり取りをしているのは、数日前からである。


 崎上隼人さきがみ/はやとは、隣を歩いている先輩をチラッと見た。


 先輩は歩いているだけなのに、爆乳が揺れ動いているのだ。


 ヤバいって……。


 隼人はさっと、顔をそむけた。


 頬を紅潮させる。


 気まずげに、俯きがちになり、虚無な時間を過ごすことになった。




「どうしたの?」

「なんでもないんで。気にしないでもいいですから」


 隼人は適当に誤魔化す。


 そんな中、先輩が距離を詰めてくるのだった。


「何か、言いたいことがあったら何でもいいよ」

「なんでもって。そんなには……」

「私も、隠し事はしないようにするから」


 先輩はこっそりと呟いた。


「私、そろそろ、話した方がいいよね。どうして、君の家に住むことになったかとか」


 先輩は塞ぎこんでいた、思い扉を開けるように、口を開き始めるのだ。


 ハッキリと聞こえてくる先輩の凛々しさ相まった口調。


「私ね、君の家に来る前はね、ちょっと、家出をしていたの」

「家で? 先輩が?」

「そうよ。行き先がなくて」

「家には帰らなかったんですか?」

「帰らないというか、変えられなかったの」

「……」


 これ以上突っ込んだ話をしてもいいのかと悩んでしまう。


 生徒会長という立派な役割をなしているのに、家出なんてあり得るのだろうか?


 信じられないといった感じに、隼人は心を抑え込んでしまった。


「突き進んだ話をするとね。私、両親とそんなに仲が良くなくて。それで、口論になってしまったの。そもそも、私の両親のお金使いが荒いってこともあってね。大学に行けなくなったの」

「そんなことが? だから、さっきの人から支援してもらっていたってことですか?」

「そうよ」


 先輩は軽く頷いた。


「私、家から抜け出して、夜道を歩いていたら、君のお父さんと出会ってね。でも、最初は、君のお父さんだとは思わなくて。真実を知った時は、驚いたわ」

「俺も、まさか、先輩と父親に繋がりがあるなんて、今でも信じられないくらいですから」


 父親はいつも、面倒なことを引っ張ってくる習性がある。


 本当に、つくづく面倒だと思う。


 でも、そういったことがあったからこそ、今があるのだと感じた。


 先輩と一緒に過ごすようになって、先輩のことを深く知れた気がしたのだ。


 先輩との関わりがなかったら、未だに彼女のことを厳しい人だという印象を抱いたままだったと思う。




 須々木先輩が困っているなら、何かをしてあげたいと感じる。


 でも、何ができるのだろうか?


 助けてあげたいのに、何もできないという状況へと追いやられ、隼人は胸の内が締め付けられるような思いだった。


 今まで、平凡に生活してきたのだ。


 誰かのために本格的にやってきたことなんてない。


 本当に何をしていたんだろうと思う。


 隼人は一人で勝手に悩む。


「隼人って……どうしたの? 大丈夫? なんか、苦しそうな顔をしてるけど」

「な、なんでもないですから」


 隼人は一旦立ち止まり、先輩の方から視線を逸らす。


「俺、何もできない人みたいで」

「え? どうしたの?」

「いや、先輩は色々な問題に直面しても、なんでもできていて……。俺は、何もできていないですし。俺、先輩のこと、全然知らなかったんだなって」

「しょうがないわ、私だって、こういうことを話していなかったわけだし。そこまで、気にしなくてもいいわ」


 先輩は一旦、押し黙った後――


「今まで通りのでいいの。隼人だって、私のために、色々やってくれたじゃない。生徒会の仕事とか、色々と」

「そうですけど……」


 隼人は何もできていないことに悔しかったのだ。


「まあ、隼人は、これからも学校生活を送ることになるし。隼人は今から頑張ればいいんじゃない?」

「今から?」

「うん、そうだよ。そんなに気にしてばかりじゃ。辛いでしょ?」

「そうかもしれないですね」

「私だって、辛いことあったし。でも、そればかり考えていても苦しいモノよ。誰かに助けてもらうとか」


 須々木先輩は余裕を持った表情で、隼人の頭を撫でてくれるのだ。


 先輩の優しい手のひらによって、次第に心を包み込んでいた苦しみが解放されつつあった。


 須々木先輩は厳しいところがある。

 真面目で責任感があるのだ。


 でも、その中に優しさがあったのである。


 人は見た目ではわからないところがあるものだ。


 そんな先輩が、浮気とか、そういう外道な真似をするわけがない。


 あの女の先輩が言っていたことは、嘘なんじゃないかと、隼人は生徒会長から頭を撫でられている際、思う。


「先輩は、本当に、引っ越しとかするんですか?」

「それは、その時次第ね、今月かもしれないし、来月かも。でも、隼人の世話になってばかりじゃ、君の幼馴染にも迷惑かけるでしょ?」


 先輩は薄々気づいている。

 自分がいることで、他の人に迷惑になっていることを。


 須々木先輩は引っ越すかどうかをはぐらかしているが、実際のところ、引っ越しそうな気がする。


 それまでに、隼人は何かをしたい。


 先輩が家庭環境で困っているなら、先輩のためになることを、一つでも成し遂げたいと思ったのだ。

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