第16話 先輩が、別のところに住む⁉
「では、注文の方はそれでいいかな?」
「はい」
「私の方も、それで大丈夫です」
二人の意見に対し、同関している男性は、近くに佇んでいる割烹着姿の女性スタッフに対し、それで以上という意思表示を見せていた。
「では、ご注文は以上ということで」
「はい。それよ、水がなくなったので、水をくれるかな?」
「少々お待ちください。では、ごゆっくりと」
女性スタッフは背を向け、立ち去っていく。
街中。デパート内にある飲食店内にいる三人。
「君たちはまだ、高校生なんだから。遠慮せずにもう少し高い料理でもよかったんだけどね」
「いいえ、いつもお世話になっているので、これ以上は迷惑をかけられないので」
「そうか? 遠慮しているのか。まだ、人生はこれからだというのに、もっと自由にしてもいいのに。でも、まあ、そう決めたのなら、それでいいが……」
今回は、その男性が奢ってくれるようだ。
それにしても、なぜ、須々木先輩はこの男性から、大学へ入学するための支援を受けているのだろうか?
気になるところであり、
その四〇代の男性はスーツを着用し、どこかの会社に所属しているような印象。有名な会社の役員なのだろうか?
「お待たせいたしました。こちらに、水のポットを置いておきます」
先ほどの女性店員がやってくるなり、ひとまず、同席している男性のコップに水を入れる。スタッフは、テーブルの端っこに外側から中が見えるタイプのポットを置く。
「では、失礼します」
ほかに注文が入ったためか、その場からまたいなくなるのだった。
男性はテーブルにあったコップを手に水を飲む。
「それで、今は、その子の家に住んでいるということだね」
「はい」
生徒会長は頷いた。
「でも、いつまでも住み続けるわけにもいかないんじゃないか? 君も大変だろ?」
「え?」
突然、その男性から話しかけられ、隼人の反応が遅れる。
「そ、そんなことはないですけど」
「そんな嘘をつかなくてもいいよ。本当に大丈夫ならいいが、状況によっては別のマンションでも、真理には貸そうと思っていてね」
男性は言う。
「そうですね。いつまでもというのは……。マンションを貸して頂けるのなら、そこにいつでも引っ越しますので」
「そうか。じゃあ、そういう考えなら、あとで続きをしないといけないな。今は手続きの書類はないが、一応、不動産の方からは色々と間取りとか、内装写真を持ってきていてね。今のところ空きはあるようなんだ」
その男性は、バッグの中から透明なファイルを一つ取り出し、何も置かれていないテーブルの上に置く。
「真理は、どれがいいと思う?」
「そうですね……」
生徒会長は、男性から示されたマンションの内装の資料に目を通していた。
マンションと言っても色々なタイプがあるらしく、ワンルームや、1Kタイプなどの間取りなんかもあったのだ。
「私は、普通に過ごせればいいので、どこでいいですけど。できれば、学校近くのところがいいです」
「そうか、じゃあ、ここなんかはどうだ?」
生徒会長は、その男性から一枚の間取りを渡されていた。
「こういう物件もあるんですね」
「そうなんだよ。その物件は、学校まで徒歩十五分程度なんだが、それくらいの距離なら大丈夫かね?」
「そうですね。でも、他の物件の資料にも一通り目を通してからでもいいですか?」
「いいよ」
再び、先輩は他の間取りにも視線を移す。
隼人は、その光景を部外者として見つめることしかできなかった。
先輩は、引っ越しするのか?
そう思うと嬉しい反面。心に虚無を感じた。
「……どれも良い物件なので、選びづらいですね」
「そうか? でしたら、今週中までなら考える余裕はあると思うから。気楽に選んでもかまわないさ」
「本当ですか? ありがとうございます」
須々木先輩は、その用紙をファイルにまとめ、通学用のバッグの中に丁寧に入れていた。
「おや? ちょうど、来たようだね」
その男性は、食事を乗せたお盆を持ってきたスタッフの存在に気付く。
男性は、簡単にテーブルを片付ける。
お店のスタッフによって三人分の食事が用意されるのだった。
「ご注文内容はこちらの方でよろしいですね」
「問題はないよ。二人も大丈夫かな?」
「私も問題はないです」
先輩同様、隼人も頷くだけで意思表示した。
「では、こちらにお会計用の伝票を置いておきますね」
と、スタッフは伝票を裏返したまま、テーブルの端に置き、立ち去っていくのだった。
「では、自由に食べても問題はないから」
「はい、ありがとうございます」
男性の問いに、先輩は軽く笑みを見せ、返答していた。
「……すいません。その……須々木先輩って、どういう経緯で俺の家に住み始めたんですかね?」
隼人は箸を手にした時、対面上にいる男性に対し、そのセリフを投げかけた。
すると、その二人は隼人の方へ視線を向ける。
あれ、聞いちゃいけないことだったのかな?
場の雰囲気がちょっとだけ変わったような気がした。
発言を間違ったと思い、少々口ごもってしまう。
一定の虚無を感じていると、初めに話し始めたのは隣の席に座っていた先輩だった。
生徒会長は手にしていた箸を置くと、少しだけ押し黙った感じになる。
どうしたんだろうと思う。
「あのね。それについては……」
先輩は小さく呟く。
「真理。そんなに言いたくなかったら言わなくてもいいよ」
「……でも、ここで言わないと……隼人も知りたいと思ってるんだよね」
食事中なのに、不穏な空気感になっているのは否めなかった。
先輩は隼人の方に視線を向けることなく、悲し気な表情を見せるだけだった。
「でも、やっぱり、それについては食事が終わってからでもいい?」
「うん」
「じゃあ、あとで話すね」
須々木先輩は大人しい口調で言葉を漏らすと、再び箸を手にする。
皆、それぞれ、食事と向き合う。
今、テーブルに置かれているのは、天ぷら定食である。
比較的安い定食形式ではあるが、ボリュームある量だと感じた。
静かになっていた空間。
同席している男性が、空気感を変えるために、気さくな感じの話題を投げかけてくれた。
学校生活のことや、今の趣味など。そういった簡単に会話できることである。
ゆっくりとだが、空気感がよくなっていく。
隼人も、周りの話に相槌を打ちながら、場の雰囲気に馴染んでいくのだった。
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