第8話 ねえ、どっちがいい?

「今日はこれくらいでいいわ。ありがとね」


 こ、これでようやく終わったのか。


 それにしても、デカいとしか言いようがないな……。


 須々木真理すすき/まり先輩の肩を揉んだわけだが、なぜか、おっぱいを揉んでいるような感覚に陥っていた。


 今触っていたのは、肩なんだ。

 おっぱいではないんだ……。


 崎上隼人さきがみ/はやとはひたすら自己暗示をかけていた。


「では、そろそろ、行きましょうか」

「はい、そうですね」

「私ね、ちょっと寄りたいところがあるの。君も来てくれないかしら?」

「今から?」

「ええ、そうよ。君は昨日から私のパシリになってるの。だから、付いて来てくれるわよね?」


 断りづらい。


 今から菜乃葉のところに行き、街中に誘うと考えていた。

 だから、肩揉みを早く終わらせたのである。


 肩を揉んだら、今日のやることは終わりではないのか?


「隼人、来るわよね?」

「……はい……」


 クールな先輩の笑顔交じりな問いかけ。

 ここを断ったら、後々困ることになると察した。


 隼人と真理は帰宅準備を整えると、校舎の一階――昇降口へと向かっていく。






「それで、どこに行くのでしょうか?」


 通学路を歩いている際、右側にいる先輩に問いかける。


「それはね、街中のハンバーガーショップよ」

「ハンバーガー? もしや、この前、オープンしたところのですか?」

「そうよ」


 あの場所かと思う。

 今日、菜乃葉と一緒に行こうと約束していた場所である。


 菜乃葉に何も言わずに、その場所に行くのは気が引けた。


 隼人は制服のポケットからスマホを取り出し、メールフォルダを確認する。


 数分前に確認した時には、一〇件くらいだったが、今では三〇件もあるのだ。


 これ、どう考えてもヤバいな。


 メールを返信しようとした刹那。

 背後から、怪しい視線を感じたのだ。




「隼人? 私のこと、忘れていなかった?」


 背後からゆっくりと聞こえる声。

 誘うような問いかけであった。


 一瞬、ゾッとし、隼人はゆっくりと振り返る。


 そこには愛らしい表情を見せる幼馴染――遊子菜乃葉ゆず/なのはが佇んでいた。


「隼人? 私の問いかけは無理?」

「ち、違うよ。今から、連絡しようと思って。だから、こうしてスマホを手にしてたんだ」


 隼人はすぐに誤解を解こうと必死だった。


「そうなの? じゃあ、私が言いたいこと分かってるよね?」

「うん、わかってるよ」


 隼人が頷いたと同時に、幼馴染が歩み寄ってきた。

 そして、隼人の左腕に抱き着いてくるのだ。


 腕に、おっぱいの感触が当たる。

 須々木先輩ほどではないが、程よい感じの発達具合だと感じた。


「ねえ、約束通り、街中に行こ」

「でも、先輩も一緒になると思うけど」

「生徒会長?」


 菜乃葉は、先輩の方をチラッと見る。


「生徒会長は、忙しいとか言っていましたけど。もう終わったんですか?」

「ええ。終わったわ。隼人のお陰でな、すぐに片付いたんだよ」


 須々木先輩は最もらしいセリフを口にしていた。


 実際のところ、活動内容は先輩の肩を揉むという一見単純な作業。

 がしかし、揉んでいるだけなのに、エッチな気分になるのを、最大限まで抑えないといけないのだ。

 色々な意味で、背徳的な作業だった。


「へえ、そんなに簡単に終わるほど?」


 菜乃葉は、疑いの眼差しを隼人に向けていた。


 目が怖いんだが。


 この頃、積極的になってきたと思ったら、菜乃葉の束縛具合も激しくなっているような気がしてならない。


 今、双方から向けられる視線。

 これをどう乗り越えるかだが、全く解決策が脳裏に浮かんでくることはなかった。






「それで、生徒会長も、ついてくるんですか?」

「ええ。そのつもりよ」

「でも、生徒会長は一人で休んだ方がいいのでは?」

「あなたに、心配されるまでもないわ」


 二人の争いはさらにヒートアップしていく。


 道を歩いている最中、二人の間にいる隼人は危機を感じていた。


 二人の女子の争いへと勝手に巻き込まれ、その上、双方からふんわりとしたおっぱいが押し寄せてくる。


 強引にも、その膨らみは、隼人の腕を制圧してくるのだ。


 女の子特有な匂いに加え、周りから向けられる視線にも圧倒される。


 ここは、すでに街中の入り口のようなところ。

 次第に人の数が増えていき、すれ違う回数が一段と上がったような気がする。




「あの子、美少女に囲まれているとか、羨ましすぎだろ」

「呪うしかないだろ」

「陰キャみたいな恰好をした奴がッ」


 初対面なのに、酷いセリフが辺りから聞こえてくる。


 そのたびに、心が痛む。


「隼人、あいつらの言うことなんて、聞かなくてもいいから」

「そうだよ」


 一瞬、双方から向けられる争いの言葉は優しくなり。

 彼女らは、真ん中にいる隼人のことを気遣ってくれていたのだ。


 こういうのは、男性である隼人がしっかりとしなければならない。

 むしろ、隼人が陰キャみたいな雰囲気があったからこその周りからの評価である。


 すべては自分に問題があると思う。


 もう少し、彼女らに相応しい存在にならないといけないと強く感じた。


 そんな真面目な考えを抱いている中。

 再び聞こえてくる、争いのセリフ。


 また、彼女らの言い争いが始まったのだ。






「では、何にする?」


 生徒会長からの爆乳が当たる。


「隼人は私と一緒のがいいんだよね?」


 もう片方からはフワッとした柔らかい感じの温もりが迫りくるのだ。


「俺は……普通のハンバーガーでいいよ」


 隼人は緊張感を乗り越えるように言う。


 なんせ、今、おっぱいに挟まれた状態なのだ。


 街中。駅の中にある新しいハンバーガーショップ。

 その受付のところで、ちょっとしたハーレムになっていた。


 普通にハンバーガーを選ぼうと思っても、卑猥な妄想ばかりが、隼人の脳裏をよぎるのだ。


「他は何にするの?」

「それは……」


 隼人は先輩の問いかけに口ごもってしまう。


「ねえ、隼人。サイドメニューはフライドポテトにする?」

「そ、それでいいよ」


 色々と自分でも決めたいことがある。

 しかし、この気まずい環境から逃れたいという思いが先走るのだ。


「それでいい?」

「はい」


 隼人は先輩に対し、相槌を打つように頷く。


「隼人、決めちゃうよ」

「うん。それと、今は俺がお金を払うから、二人は先に席の方に行ってて」


 隼人は何とか、おっぱいの誘惑を断ち切ることに成功したのだ。






 ここのハンバーガー店は雰囲気がいい。

 ただ、隼人が美少女二人を侍らせて入店したことで、辺りにいる人から物凄く睨まれているのだ。


 二人の彼女らから解放されたものの、まだ嫉妬の染みた視線は収まりそうもない。


 特に同性からの睨みつけが酷いものだった。


「お客様、ご注文は、もうよろしいですね?」

「はい。お願いします」


 隼人はリュックから財布を取り出す。

 そして、指定された通りの金額を、女性の店員に渡すのだった。


「では、こちらが番号札になりますので。お席の方で少々お待ちくださいね」

「はい、わかりました」


 隼人は簡易的に話すと、レジカウンターに背を向け、彼女らがいる場所へと向かうのだった。

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