第3話 私の裸体を見たのに、いい度胸ね

「まずは、簡単に料理すればいいわ」

「はい」


 崎上隼人さきがみ/はやとは余計なことを言わず、自宅キッチンで従うように包丁を持ち、まな板の上で野菜を切ることにした。


 先ほど視界に映った生徒会長の爆乳。


 女の子の裸体なんて見たことなんてなかった。


 幼馴染のも見たことすらない。


 見たとしても、アダルト作品的なもので、画面越しに視界に入れた程度であった。


 むしろ、新鮮である。

 が、見てしまったことにより、パシリという形で責任を取ることになってしまったのだ。


 パシリはパシリらしく、無難に生活するしかないだろう。


 でも……自宅に住むことになったとか。どういうことだよ。


 父親もどうかしているって。


 父親と生徒会長にどういった繋がりがあったのだろうか?


 まさか……?


 何とか活的な?


 自分の父親に限って、そういう活動なんてするわけがない。

 それに、堅物で規律に厳しい生徒会長も、ありえないと思う。




「……」


 隼人は手にしている包丁を止める。


 実際のところ、どうなんだろ。


「……なに? そこでボーッとして、さっさと料理をしなさい」

「え? はい……」


 隼人は“はい”という一言で、その気まずい状況を乗り越えようとする。


「なに? さっきから私の方ばかり見て」

「なんでもないです」

「なんでもない? そんな表情には見えなかったけど?」

「でも、本当になんでもないんで」


 隼人は頑なに拒んだ。

 これ以上の言葉は口にはできないからだ。


「そんなこと言って、何か隠してるでしょ? 言いなって。ここで言わないと、後々面倒になるからね」

「……」


 隼人は押し黙った後、唾を呑む。

 一度冷静になり、現状をちゃんと把握してから、再度生徒会長の方を見やった。




「あの……どうして、ここに住むことになったんですかね?」

「住むこと? それは、君の父親から聞いてないの?」

「聞いてるけど」

「じゃあ、いいじゃない」

「でも、簡単にしか聞いていなくて」

「そう」

「……」

「……」


 あれ?

 話って、これで終わり?


 もう少し何かを話しかけてくると思ったのだが、そういうわけでもなさそうだった。


「先輩?」

「なに?」

「もう、この話は終わりなんですか?」

「ええ。もういいでしょ」

「よくないと思うというか。いきなり、理由も言わずに、住むことになったと結論だけ言われても、正直困ってるんですが?」

「……」


 須々木真理すすき/まりは包丁の手を止める。


 軽く溜息を吐いたのち、再度、隼人の方へと視線を向けてきたのだ。


「あのね。私、そういうこと、言いたくないの」

「え?」

「女性に対して、そこまで深く追求してくるなんて、変態ね」

「へ、変態って、俺は別に、変態では……」

「じゃあ、さっき、脱衣所で、私の裸体を見たのは、どういうことかな?」


 先輩は距離を詰めてくるのだ。


 意味ありげな笑み。


 普段は真面目で、殆ど笑うことがないゆえに、怖く感じるのだ。


「それは、わざとではなく……そもそも……自宅に帰って、いきなり、生徒会長がいるとはさすがに思わないので」

「それは、君の過失じゃないかな?」

「な、なんでですか?」

「それは、そういう状況を想定していなかったってことでしょ?」

「そこまで、想定はできませんから」

「人生はどんなイレギュラーにも対応しないと」

「それはさすがに、ハードすぎます」


 隼人は先輩の強引な思考回路には、頭を抱えたくもなる。


「でも、注意深く行動できていれば、ああいうことはなかったってことでしょ?」

「……そうですね」

「それで、どうだった……?」

「え?」

「だから、私のを見て」

「それは……まあ。そうですね……」


 それ今言わないといけないことなのか?


 本人を目の前にして?


 緊張感が走る。


 隼人は口ごもってしまう。


 なんていえばいいだろうか?


「……普通ですかね」

「普通? 私のを見て、そんな反応?」

「はい……」

「もしかして、私以外のも見たことがある感じ?」

「え……は、はい」


 隼人は普通に嘘をついた。


 本当は見たことすらもない。


 ただ、堅物な先輩と、エロい話をすることに抵抗があったからだ。


 先輩の裸体についての返答に関しては、遠回しに濁す。


「……君って、そこまで破廉恥だったのか?」


 先輩は頬を真っ赤に染めている。


「君がそういう人だったなんて……」


 先輩はちょっとばかし、悔しそうな表情を浮かべていた。


「私……君が、そういう人じゃないと思っていたから……」

「どうしたんですか? 先輩?」


 刹那、先輩から睨まれたのだ。


「そもそも、ふしだらな行為をしているなら、私がもっと指導した方がいいわね」

「それは、すいません。嘘をついていました」

「嘘? やっぱり?」

「はい」


 これ以上、嘘で塗り固めることなんてできない。

 そう感じ、隼人は、生徒会長との緊迫した空気感を排除するかのように、本音で先輩と向き合ったのだ。


「そうだと思ったわ。この私に嘘をつくなんて、いい度胸ね」

「すいません」

「そんなに、私のパシリになりたいのね」


 先輩は本気で怒りを露わにしている。


 変に誤魔化すことなく、ストレートに言った方がよかったと、今になって思う。


「今はいいわ。後で覚悟しておきなさい」


 先輩はそう言い、再び料理と向き合う。


 先輩が、野菜を包丁で切る音が響き始めた。


 それにしても、先輩の手つきは手馴れている。


 普段から結構料理とかするのだろうか?


「なに? さっさとやって」

「はい」


 隼人は素直に従う。


 隼人も包丁を手に、カレーの食材となるものを包丁で切っていく。


 数分後、必要な食材はカットされた状態で出揃う。


 隼人は比較大きな鍋を用意する。

 それに、油をしき、その鍋で肉を炒め始めた。


 そのあと、手始めに牛乳や水を適量入れ、かき混ぜる。


 状況を見て、カレーのルーを入れ、数分ほど煮込んだり、かき混ぜたりして、味の調整をしていく。




「まあ、こんな感じかな? ……うん、丁度いい感じね。隼人も飲んでみて」


 先輩から渡された小さな器。

 それにはカレーの液体がよそわれていた。


「……ッ」


 隼人は飲んでみる。


「どう?」

「ちょうどいいかもしれないですね」

「でしょ」

「……先輩は料理経験とかあるんですか?」

「まあ、あるわ。それなりにね」

「意外ですね」

「それ、どういうこと?」

「すいません」


 隼人は、また先輩の核心に触れてしまったようだ。


 そんな中、リビングの方から、遊子菜乃葉ゆず/なのはの視線が隼人へと向けられていたのである。




「……隼人、先輩と仲がよさそうなんだけど……このままじゃダメだよね」

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