第2話 俺は生徒会長がいる近くで、幼馴染と

「ねえ、どういうこと?」

「それは、色々あって」


 崎上隼人さきがみ/はやとは言い訳みたいなことを口にしてしまう。


 自宅リビング。隼人は、幼馴染の遊子菜乃葉ゆず/なのはと隣同士でソファに座っていた。


 彼女から向けられる視線。


 気まずい感情が込みあがってくる。


「というか、今日から両親がいないって言っていなかった?」

「そうだよ。けど、その両親が、生徒会長と関わりがあったようで」

「どうして?」

「それは、俺も知りたいっていうか」

「なんでよ。もう、今日は隼人と一緒に過ごせると思っていたのにー」


 菜乃葉は肩を落とすように溜息を吐いていた。


 隼人も、残念に感じている。

 まさか、あの堅物な生徒会長が自宅にいるなんて思いもしなかったからだ。


 学校にいる際も、生徒会長は何かと突っかかってくる。

 意味不明なほどに、隼人によく指導したがるのだ。


 本当に勘弁してほしい。

 できれば、自宅内では自由になりたいのだ。


 それに、先ほど、生徒会長の全裸姿を見てしまったことで、その責任を取ることになったのだ。


 パシリという一番厄介な条件付きである。


 学校に行くのも辛いが、自宅にいるのも気を使わないといけなくなると、精神的にすり減りそうだ。


「でも、そうなったのなら、しょうがないね……」

「ごめん」

「いいよ……それより、あの先輩、なんで、ここに泊まることになったのか、知りたいんだけど」

「だよな」


 二人がソファに座り、溜息交じりにやり取りを行っていると背後の扉が開かれる。




「何について話してたんだ?」


 生徒会長の声が聞こえ、二人は背中を揺らした。


 まさか、このタイミングで入ってくるなんて。


「それは、その……今日の夕食は何にしようか、話していたというか。そうだよね、菜乃葉?」

「うん、そうそう」


 二人は息を合わせ、そう言う。


「そうか。まあ、いいわ。では、夕食の頃合いになっているから、私が何かを作ろうか?」

「え? 先輩にそれをやらせるのは申し訳ないので、私が」


 菜乃葉がソファから立ち上がり、積極的に対応しようとする。


「いいよ。私、ここで住むことになるんだ。だから、今日は私にやらせてほしい」

「え? はい、そこまで言うのでしたら」


 菜乃葉は先輩に言われ、夕食の準備を譲ることにし、再びソファに座り直すのだった。


 というか、先輩って、案外、いいところがあるのか?


 学校内でのイメージと言えば、融通が利かなくて。業務とかは全部、周りの人に任せるというか、人使いが荒い人かと思っていた。


 でも、自分でやるところはあるんだと思う。


 意外な発見だった。


「それで、先輩は何を作るんですか?」

「すでに決まってるから。ここは、カレーにするつもり」

「食材は?」

「買ってきてるから、安心して」


 先輩は隼人との会話を終わらせると、リビング隣にあるキッチンへと向かい、そこの冷蔵庫の扉を開けていたのだ。


 冷蔵庫からは、大きな袋を取り出していた。

 ここの家にいる前に購入したものなのだろう。


 本当に先輩に任せてもいいのだろうか?


 まだ、ここの家を訪れて数時間しか経っていない。

 何もわかっていないところも多いだろう。


「そうだ、隼人。こっちに来てくれない?」

「え、あ、はい」


 隼人が立ち上がろうとする。


 すると、左隣から、強い視線を感じた。


 チラッと横目で見ると、睨んでいる幼馴染がいたのだ。


「ねえ、なんでそっちに行くの?」

「いや、先輩に呼ばれているし」

「断ればいいじゃない」

「……俺もそうしたいんだけど、一応、パシリみたいになってるし」

「んん……」


 菜乃葉は、不満そうに頬を膨らましていた。


 何が何でも、隼人をキッチンの方へと行かせたくないという思いが伝わってくる。


 それほどに、菜乃葉は、隼人の左腕を両手でグッと抑え込んでいたのだ。


「でも、行かないと、後々、俺が大変になるって」

「……いや、今日は一緒にいる予定だったでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあ、アレして」

「なに?」

「わからないの?」

「……ごめん」


 隼人は、幼馴染と長年の付き合いだが、全くわからないところがある。


「じゃあ、それがわかるまで、この腕、離さないから」

「それは困るって」

「じゃあ、行かせないから」

「……せめて、ヒントは?」

「それは……口元」

「口元?」


 隼人は首を傾げる。

 そして、隣にいる彼女の顔をまじまじと見やるのだ。


 すると、彼女の頬は真っ赤に染まる。


 恥じらいのある顔つき。


 普段は見ることのない、しおらしい雰囲気な幼馴染にドキッとする。


 そういう顔するなって……。


 逆に気まずくなってくる。


 そもそも、口元って……。

 それと、アレ……?


 何かと思い、少しばかり考え込んでしまう。


 ふと、一つの答えに辿り着く。


 キスってことか?


 というか、ここでキスしろってことか?


 隼人は、ジーッと菜乃葉の顔をまじまじと見、様子を伺う。


「わかった感じ?」

「わかったっていうか……そういうこと?」

「……わかってるなら……そのようにやればいいじゃない……」


 本当にこれが正解なのか?


 でも、菜乃葉とキスできるなら、してみたいと思う。


 間違っていたら、大きな失態に繋がりかねないが。


 勇気をもって行動した方がいいだろう。


 隼人は隣に座っている彼女の顔をまじまじと見やる。

 そして、キスしようと態勢を変えた。


 菜乃葉はすべてを受け入れるように、瞼を閉じ始めていたのだ。


 これは本当に正解だったのだと思い、隼人は迷うことなく、やることにした。


 が――


「ねえ、隼人。早くこっちに来てくれない?」


 一瞬、静かになった時間が崩壊するように、先輩がリビングに姿を現し、幼馴染との親密なムードが帳消しになる。


「な、なんですか?」

「何ですかって、じゃなくて。さっきから呼んでるでしょ」

「はい。す、すいません、今から行きますので」


 隼人は気分が狂う。


 隣に座っていた菜乃葉からジト目を向けられ、彼女は頬を膨らまし、ムッとしていた。


 すべて、隼人が悪いというわけではないが、少なからず、責任はある。


 約束をしておいて、幼馴染を裏切る形になってしまったのだ。


「ごめん、後で一緒に」

「……うん、わかった、約束ね、後でだからね」


 菜乃葉と小指を絡ませ、軽く指切り行為をして、ソファから立ち上がる。


 悠は生徒会長がいるキッチンへと向かっていくのだった。

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