クリスマスのひとりぼっち
鍍金 紫陽花(めっき あじさい)
第1話
私が呼び鈴を押してから、5秒も経たずに扉が開けられた。
「あ、みーちゃん来てくれた」
「うん。メリークリスマス」
そう言って、私はコンビニで買ってきたケーキとシャンパンを手渡した。受け取った彼女は嬉しそうに袋の中身を覗いている。
友人の背後に気を配る。既に、飲酒で火照った人間が広い部屋で騒いでいた。
「ありがとー。入って入って!」
私は誘導されるがままに、靴を脱いで居間にたどり着く。席の中央は料理とお酒が盛られていて、それを囲むように、人々が立ち話をしていた。この広い部屋は、友人の朔ちゃんが付き合っている彼女の家。朔ちゃんは自分の彼女の3人で暮らしている。元々はマンションで済ませるつもりだったらしいが、3人となれば手狭だから思い切った行動に出た。そのおかげで、いまは3人の友人を呼んだクリスマスパーティーを企画した。
「みーちゃん。こういうところ苦手なのに、なんで来てくれたの?」
「せっかく誘ってくれたから、1度ぐらいは行こうかなって思ったの」
朔ちゃんは、2人の彼女が話しているところまで案内してくれた。
「ゆうくん。わたしの友達が来てくれたー。お酒も買ってきたよ」
「おう。ありがとよ」
ゆうくんは男の衣類を好んでいて、くん呼びを周りに強制している。今日も革ジャンと穴の空いたズボンを履いていた。ホルモン注射のおかげだと誇っていた髭が、揃えられている。
ゆうくんは3人の中でもイベントを企画するのが好きだ。このパーティも年一で開催している。
「あ、みーちゃん仕事帰りでしょぉ? なんかっ、わかっちゃうなーっ」
「紬さん。もう飲まれてるんですか?」
紬さんは2人目の彼女。3人の中で1番年上で、豊満な体型をしている。この部屋が綺麗なのは、紬さんが2人を管理して、掃除させているからだ。
3人の同棲は、紬さんの提案らしい。
「でも、みーちゃん無理してなぃ? こういうところ苦手でしょ?」
「それ朔ちゃんにも聞かれましたよ」
「ここはっ、私たちの友達が友達も呼んでるから、何いるかわかんなくてぇ。嫌な人いたらすぐ帰ってくるのよ」
「ありがとう」
すると、私の腕が何かに掴まれた。その圧を感じる方を向けば、朔ちゃんが腕を巻いている。
「いいの。みーちゃんは朔が管理するから」
「ありがとう」
「うんうん。みーちゃんとクリスマス過ごしたかったんだ」
そうして、私たち二人はテーブルの前に来て料理を紙皿に乗せていく。私は唐揚げを好きな分だけ取った。
「みーちゃん。前に送った動画の予告みた?」
「あー、映画だったかな」
彼女が渡してきたのは、映画の予告だった。ポリアモリーをテーマにしている内容。保守的な日本では珍しい進歩的な映画だった。二人でいることが正しいという価値観や、古さのすり合わせより、複数の人間と関係を持つことで楽しそうに過ごすコメディ作品だった。
「見たよ。面白そうだった」
「ほんと? ありがとう」
あの映画は朔ちゃんの漫画が原作だ。映画化が決まったときは、真っ先に連絡してくれた。彼女は作家として活動していて、政治活動にも盛んに行っている。その姿勢を女性だからと、アンチコメントがつくこともあるが、1本の筋が通ったエンタメ性に、誰もが賞賛している。
「映画のスタッフさんも感じがよくて、内容も任せちゃうんだよね」
「映画がヒットしたらいいね」
「うん。そうなったらもっと色んな人に知って貰えると思うから」
私は彼女の発言で気づいたことがある。このパーティには、テレビで騒がれる俳優や、人気の高い女優なども集っている。昔は、知人同士の緩やかな繋がりでしかなかった。しかし、今は社会的な成功を収めた人が顔を出している。それはつまり、朔ちゃんの実力が認められたということ。
「朔ちゃん。夢の続きは楽しい?」
「うーん。辛いことが多いかな。やっぱ実力とか足りないから舐められるよ。それでも、良くしてくれる人がいるから続けられる。望んだ道だからね」
私には望む将来がない。彼女と出会ったアルバイト先で、今も働いている。正社員雇用を目指すでもなく、年下の上司に支持された運搬を行う。そこに誇りはなくて、ただ朔ちゃんが眩しい。
「あ、朔先生。少しお時間よろしいですか?」
私と朔ちゃんの間に、スーツ姿の男性が割り込んできた。彼は朔ちゃんに急用があるようで、会話を遮ったようだ。朔ちゃんはその振る舞いを良しとしなかった。無視をしようとしたから、私は首を横に振った。
「この人。朔ちゃんに用があるらしいよ」
「でも、みーちゃん1人にはしたくないな」
「ここで待ってるから気にしないでね」
「絶対だよ。すぐ戻るから」
そう言って朔ちゃんは男性に連れていかれた。仕事に対する相談なのだろうか。彼と朔ちゃんの話を想像しつつ、私はワインを注いだ。
和やかな空気が部屋に広まっている。クリスマスをテーマにした楽曲が耳に心地よく入ってきた。右から左まで、ペアが目立つ。ゆうくん主催だからジェンダーに囚われた組み合わせを見かけない。私は朔ちゃんのことを眩しいけど隣にいたい人だと、また再確認した。
「朔先生とお知り合いなのですか?」
声をかけられたと分からなかった。ただ、周りは誰も反応しないから、私に言われているのだと分かり、紙皿から目を離す。そこに、男性が立っている。ファッション誌に飾られるような恰幅の良い姿だ。
「はい。バイト先で知り合った友達です」
「朔先生の下積み時代ですか。ぜひ、お聞きしたいです」
彼はすんなりと隣の空席に腰掛ける。私との距離が話ができるところまで近づいていた。人との接し方が親しげな人間だ。
「バイト先で知り合っただけです。そのあとは意気投合して、よく遊ぶようになりました。交際している今でも、仲良くしてくれてるのは、彼女の優しさです」
「そうでしたか。朔先生は男女違わず好かれている印象です。朔先生って、日によって男と女の格好を使い分けますからね」
「それは記事で知りましたか?」
「お仕事が一緒だったとき、男の格好をされていたので」
「どこで知り合ったんですか?」
「朔先生と一緒にいる先輩の付き添いです。今回のことを記事にしたいから、仕事を学ばせてもらってます。今は、ついてくるなと言われて待機してます。まあ、先輩は朔先生の機嫌を損ねたくないのでしょう。有名な作家だし」
「あなたは朔ちゃんの作品を読んだことありますか?」
男はしばし考え込んだ。腕を組んで、答えを出したのか、口を開く。
「少し説教くさいですね。面白いとは思うのですが、同性愛やマイノリティを入れる必要性が感じられません。そういうのって、ひっそりやればいいと思います」
部屋の音楽が私たちの声を置き去りにしている。2人だけの会話は、私の心に突き刺さる。聞いた私がバカだった。
「正直なんですね」
「はい。好きなものを隠していては、何が好きか分からなくなります」
名前を尋ねたら、彼は明智と名乗った。明智は素直な性格で包み隠さず言い放つ。その生真面目さは、発言にトゲがあれど信念を感じる。記者の道を選ぶだけあるとは思う。
「朔先生の作品は好きですか?」
「好きだけど、読み返しはしません」
「それは友人だから濁してませんか?」
「違いますよ。友人こそ強く言いたいです」
「あなた面白い人ですね」
私が見る映画や作品は、投影できる人物が居ない。恋愛やセックスを羨むものとして捉えられたことがなかった。どうしても、動物園の策ほど遠い出来事だと判別してしまう。
「セクシャルマイノリティが男女ペアに配慮しているとは思えませんか? 世の中は男女と家族愛を尊重しているから、声を出せない。それに同性愛の必要性ってなくても良いですよね。男女の必要性とは?って思います。男女じゃないのは隅っこでやれって、それこそ配慮しろって言ってるようなものと思うのですが」
「ふむ。そういう考えもあるのか」
彼は態度を隠す気がない。おそらく、朔ちゃんと引き合わせたら喧嘩になっていた。彼の先輩は仕事を教えるつもりだけど、食い扶持を減らしたくはないようだ。先輩は頭の回る人みたいだ。
「あなたの名前はなんですか? 覚えておきたいです」
「わたしはみつくりと言います」
明智は胸ポケットから薄型のスマホを取り出した。画面を操作し、告げる。
「ラインを交換しませんか? また、こういう話をしたいです」
私は心の壁を作った。彼のような正直さに当てられたら、感情的になり、隠している思いを打ち明けてしまいそうになる。
「わかりました」
連絡先を交換する。おそらく、彼とのやり取りは何日か続いた後に、『なんか違うな』と捨てられるだろう。
「このアイコンってなんですか?」
「メタルバンドのジャケットです」
「え、これじゃ彼氏も作れないんじゃないの?」
私は袖をまくり、肘を指でかいた。目線を彼から逸らし、朔ちゃんが助けてくれるようアイコンタクトを背中に送る。
「どう、ですかね」
「いやまあ、こういうの好きな人もいるか」
彼が気を使いだしたため、心の境界線を飛び越えようとしている事がわかった。人と関われば、そういった浮いた話を提供しないといけなくなる。私は一度も経験がない。それを話しても良いが、クリスマスに説経は御免だった。
「うぃー、みーちゃん。つかまえたぁ」
彼と私の間に、紬さんが挟まった。明智が後ろに追いやられて、目線に入らなくなる。突然だから、私はSOSのアイコンタクトをやめた。
「ごめん。みーちゃん借りてくね」
彼女は強引に私と彼を引き離す。何か後ろで言われたものの、振り返らなかった。紬に連れられ、私は家のベランダに出た。
△
「助かりました」
「ごめんねみーちゃん。あんな男が来てるとは思わなくてぇ」
「普通に話せる人でしたよ」
「いや、あれはみーちゃんを狙ってたよ」
「ゆうくんまで言うの?」
朔ちゃんの2人の彼女は、私を助けてくれたらしかった。彼女が取材から抜けられなくて、2人に助けるよう頼んだらしい。結果的に、傷も少ししか負っていない。
「わたし帰ります」
「待って。あの男はもう来させないよ」
「いや、彼のことは関係ないです。ああ言ったことは、生きてたらよく言われるから」
わたしはベランダから居間の様子を眺めた。楽しげな雰囲気のなかで、真顔で突っ立ってる私。不釣り合いだった。
「本当はここに来る気がなかったんです。でも、テレビでクリスマスは大切な誰かと過ごそうと話してて、そうしないといけないのかなって思いました。大切って誰だろうと思ったら、朔ちゃん達のパーティを思い出したんです」
「うん」
「でも、私には誰かと付き合ってセックスすることが分からない。普通に話してるだけで好きなんだろって聞かれることとか。付き合ったら別に心が盛り上がらなかったりして。楽しいのと、セックスしてまで一緒にいたいとかなくて。ただ、なんだろう。あれ、何話してんだろ……」
2人は黙って聞いてくれた。ここまで私を話してしまうのは、きっと男性に言われたことに腹を立てだしたから。私の怒りは時間が経ってから出てくる。
「みーちゃん。朔は次回作に君のようなことを書こうとしているんだ」
「え?」
ゆうくんは至って真面目に、笑ってもいなかった。私をずっと見つめては、いずれ話そうとした深刻なことを切り出したようだ。
「君のような恋愛のことが分からない。アロマンティックのことを書けば、皆がわかってくれるかもしれない。そう言ってたよ」
「『ポリコレ配慮』とかガタガタ抜かす前に面白いと言わせてやる!ってさぁー。可愛いよねっ」
「時間はかかると思う。でも、朔が存在を書いたら、理解者も増えてくれると思うんだ。現に、俺と紬は、君をわかってたいよ」
そう言って、両側から抱擁された。私は視界がキラキラと眩しかった。ありがとうと口の中で答える。
朔ちゃんは全然遠くに行ってなかった。私のことを覚えていたし、3人も愛情を分けてくれている。
「ねえ朔ちゃんっ。来年からは4人で過ごそーよ。パーティの前日とかで」
「そうだね。クリスマスは大切な人といればいいんだから」
「ありがとう」
そうして私はパーティ会場に戻った。朔ちゃんが出迎えてくれて、その日は解散になるまで、酒を飲んで、将来を語った。
クリスマスのひとりぼっち 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou
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