第3話 何故に剣をとるのか、猫又との死闘!
齢十四の少年剣士は威勢良く巨大化け猫に立ち向かおうと……気持ちは苛立つ。
「ええい、しっかりせぇ俺の脚!」
お花を抱えながら立つその脚が震えて言うことを効かない。
巨大化け猫は猫パンチの体勢に移行しようというのか、のっそりその場で回頭する。麟太郎の姿を大きな目玉で据え「うししっ」と嗤うと髭を揺らした。
まさに鼠を見つけた猫そのものだ。
ヤバい、やられる。心臓が跳ね上がるように慟哭した瞬間──覚悟いたせッ!──別の少年の声が瓦礫と化した家屋から聞こえた。次の瞬間、炎の照り返しを切り裂く月光のごとき剣が化け猫へと飛びかかる。
麟太郎より年下の若様は
猫パンチが
「バケモノ、やりおるな」
幼い児童とは思えない気迫。泥塗れになっても相手を称える潔い姿は化け猫にも通じたようだ。
「にゃおん、にゃん」
猫又はどうやら剛太郎をライバルと認めたらしい。
じりじりと間合いを詰めつつ互いを牽制し合う一人と一匹。
「ええい、待て待て!」
取り残された不安を口にする麟太郎。そして猫又を鋭く睨み上げる。
「にゃは、にゃはは」
だが猫又は麟太郎など眼中にない、といわんばかりの嘗め腐った笑い方をした。実に洒落臭い。
「麟太郎さん」
剛太郎が呟く。
「お花ちゃんを頼むぜ。おまえはそこで見学していろ、本物を見せてやる」
柔らかい砂の上に『眠り姫』を横たわらせると剛太郎に護らせる。
腰に差した木刀を抜く。構えは「直心影流」だ。江戸最強と謳われる大剣士であり道場の師範でもある島田虎之助の直伝だ。
「にゃにゃお〜ん」
猫又は「なんだ?」と首を傾げる。
麟太郎の剣士としての心は、まさに今の江戸のように業火に燃え上がっていた。その眼光は猫又を刺すように鋭い。
「にゃ、にゃにゃん」
「おまえは俺を本気にさせた。後悔してももう遅いぜ」
麟太郎の脚はしなやかに伸び上がると、木剣の切っ先は黒々した巨体を目掛けて貫いた。
両者の距離が一気に縮まり──そして!
ダンッ!
後ろ脚で立脚する猫又は前脚二本を人間の腕のように操ると、なんと!
「
両手のひらで麟太郎の木剣を挟んで切っ先の動きを封じた。
麟太郎は木剣にぶら下がり、猫又の「にまぁ」と不気味な笑顔に焦りを感じていた。このまま勢いよく地面へ振り落とされれば身が持たない。額に汗が浮かんだ。
「おい、小僧」
なんたる奇っ怪な。猫又が言葉を喋った。
しかもその風体からは想像出来ないダミ声だ。まるで戦国を生き延びた老剣士のような腹に響く重い声だ。
「な、なんだ」
「おぬしは頭がわるいのか」
「な、なにをっ!」
「ふつうに考えれば逃げるものだろう。このような小さき躰で、なぜ刃向かう」
「俺は武士の子だ。江戸のこの窮状をまえに逃げるなど出来るか、親父にも叱られる」
「ほぉ、おぬし名はなんというのか」
「勝麟太郎だ。勝小吉の一粒種だ」
「勝……こきち……知らぬな」
「ば、ばかにすんな。親父はいまは将軍と目通り叶わぬ
猫又の大きな瞳は麟太郎を外して、ぐるりと足元を見やる。視線の先にいるのは小柄な剣を持ち威勢を放つ小柄な若様だ。
「あいつは武家だとわかる。だが、おまえからは感じぬ」
「小栗家は
「にゃははは」
その嗤いに麟太郎は激高し「御家人を馬鹿にするのか、妖怪の分際でッ!」と声を荒げた。
「いや、そうではない。頼もしい小僧だと思ってな」
「な、なんなのだ。おまえは……猫又、なのか本当に」
「小僧、拙者と来い。ふたりで新しい國を作ろうではないか」
「はん、妖怪風情が何をとち狂ってやがる。そもそも俺には心に決めた女がいるんだ」
「しししっ、若いのお。ならば、その女も連れて来い。心配するな。日ノ本一の式をあげてやる」
「ば、ばか言ってんじゃねえぞ……な、なに言ってやがんだ」麟太郎は顔を真っ赤にして叫んだ。動揺する気持ちを納めるように木剣を構え直し「ここでケリをつけるぜ」と足で蹴り上げる。
猫又は大きな目玉をより大きくした。木剣を握りしめ暴れる麟太郎を
「御家人とて旗本の一形態だろう。なのに、なぜ将軍へ目通りすら叶わぬのか。考えたことはないのか」
「な、なんでぇ、いきなり」
「おまえの父より明らかに能力で劣りながら家柄だけで生涯を裕福に暮らせる者がいる。おかしいと、考えたことはないのか」
「そんなことは考えたことはない」
「嘘を言うな!」
「な、なにを」
「おまえは剣の腕を必死に磨いた。その年で免許皆伝とは、並みの努力ではあるまい。何故だ。何故そこまでして、その年で、剣の技を身につけようと考えた──それは、御家人という身分に不満があるからだ。直参連中の鼻をあかしてやりたいとする、おまえの心が……」
「麟太郎さんッ、魔のモノの言葉を聞いてはいけない!」
猫又の足元で刀を振り回しながら剛太郎が叫んだ。猫又はそれを器用に避けながら「にゃははは」と嗤う。
「近いうちに茶でも飲もうぞ、麟太郎よ」
そういうや、猫又は煙のようにスッと消えた。
麟太郎は背中から地面へと落ちる。焦燥と少しばかりの後悔、だが「悲鳴だけはあげぬ」と耐えた。幸いにも落ちた場所は柔らかい砂地の上だった。
「麟太郎さんッ!」
剛太郎が駆け寄ってきた安堵からか、そのまま気を失った。
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