閑話:私は私の事を一番に理解している
(.......これは、どうすればいいのだろう。)
手に持った宝石を眺めながら、リーベリオットは思った。そこには少し黄ばんではいるが、光を浴びると美しい輝きを放つダイヤモンドがあった。
(彼が旧貴族のしきたりなんか知るはずがない.....)
宝石を渡す事はすなわち求婚のようなもの。それが昔の貴族の常識だった。そう本に書いてあった────ということは...?
(彼も同じように本で読んだ可能性がある...。)
彼女はエンドのこれまでの事情を全く知らない。貧民街暮らしで、本なんて読む機会がほとんどなかった事を知らないのだ。いくら頭脳明晰でも、情報がなければどうしようもない。その状態で早とちりをしてしまえば一生の恥だ。
ということで、彼女は情報収集を開始した。
■■
従者に彼について調べさせた。どうして調べるのかと聞かれたが、彼女はそれに「秘密。」とだけ答えた。
従者の調べてきた資料は二枚で、彼女はそれに目を通した。
「名前はエンド...上の名前はない。.......?ちょっと、これ名前と住所以外書いてないんだけど。なんで紙を二枚も使ってるの?資源の無駄。」
「申し訳ありませんが、ご学友であられるエンド様について開示できる情報はこれで全てになります。他の情報を収集しようとした時に...これを」と、従者はリーベリオットに手紙を差し出した。宛名には「知の探求者学会」と書かれている。
「.....とりあえず、なんて書いてあるのか読んでくれるか?」
「かしこまりました。リーベリオット様。何時にも増して知を探求しているようで、私達も感服しております。しかし、貴方様が求める"知"は誠に申し訳ありませんが、提示することが出来ません。ここまで書けばお分かりでしょうが、貴方様の求める"知"は"世界会議"の場において重要機密事項とされた物であり、一般の方には公開出来ません。そのため、私達の「知の探求者学会」へご入会頂くことにより───」
「もういい。いつも通りのパターンだろう。」
知の探求者学会とは、文字通り、この世のあらゆる"知"を探求する者達によって作られた組織である。
学会と銘打っているが、その本質は「この世の真実」を突き詰めるための研究機関だ。この世界はなぜ存在するのか、この世界の存在の意味、人はなぜ生きて死ぬのかなどの分野を主に研究している。
この機関は人類に多大な貢献をすると考えられているため、あらゆる場面で優遇される。その一つが機密情報の開示。世界を紐解こうとする者が世界の諸事情を知らないなど以ての外であるため、国の指導者らが集まって出来た議会組織である"世界会議"による情報操作を受けないのだ。
「たしか、つい最近剣聖と賢者が世界会議によって指名手配されていた...魔法国家ウェントルプの...トラッシュ...?壊滅的被害ねぇ...。ウェントルプの王様って貧民街の事をよく思ってなかったはずだから剣聖に頼んで解体して貰ったのか?あ、この新聞に、トラッシュの跡地が巨大な工場となったって書いてある。つまり工場設置の為に邪魔な貧民街を壊したと...」
「.......。」
従者は自分が邪魔になるのを危惧し、彼女にバレないように部屋を出た。
「あぁ!なるほどつまり、彼は度々世間で言われていた剣聖と賢者の子どもという訳か!───んなわけあるかボケ!」
と、リーベリオットは手元の資料を思い切り地面に叩きつけた。
「確かにそれなら色々な辻褄は合う。でもいくらなんでも現実味が無い。無さすぎる。どうして私はこんな愚かな思考をしているのだ!無駄だ無駄!エンドも私の事などどうも思っていない!はい、結論出た!終了!」
彼女はベッドに身を投げ出し、とりあえず本日は寝た。
翌朝、どうしても気になっていたので、エンドに「あなたは剣聖の息子ですか?」と聞きに行こうと、彼のいる教室へ向かった。
(なんて間抜けな質問だ...絶対私の勘違いだな。)
そう思いながら彼の教室を覗いた。確か窓際にいたはずだ。
が、そこには二つ空席があった。ケイトは居るが、彼とその友人のテレーゼはいなかった。
(まだ来ていない...?いや、今は一般生徒は皆授業中のはず...。遅刻?欠席か?)
「授業受けなくていいの?」
「んっ!?あ、あぁ昨日言ったはずだがね。」
急に後ろから声をかけられた。エンドだ。
「ところで、遅刻のようだが?」
「あぁ、ちょっと校長と話をしてたんだ。昨日言ってたやつ。授業免除。」
「あぁ。で、どうだった?」
そう聞くと、彼は深いため息をついた。
「めっちゃくちゃ怒られたよ。昨日行ったら「明日の朝来い」って言ってきてさ、それでてっきり許可が貰えるものだと思ってたけど人生甘くないね。もう教室入るけどいい?」
「あぁ、じゃあまた後で。」
そう言って、彼は教室に入っていった。私はと言うと、特にやることも無いのでいつも通り図書室へ向かった。
■■
いつも通り、何も無い日常。私は普段通り本を読んでいた。
と、つい先日に担任から聞いたお知らせを思い出した。
「あ、そういえば今日は身体測定の日か。」
そう呟き、読みかけの本を閉じた。私の独り言を聞いていたのか、この図書室の管理を任されている教師が
「そうよ。リーベリオットちゃんも行くの?」
と言ってきた。彼女はエンドらの担任をしており、いつも図書室にいる私の良い話し相手だ。
「はい。魔力量が増えてるか気になりますので。」
そう返し、彼女は図書室を後にした。
いつも通り、何も無い日常。それは私の過ごしているものであり、私の知らない誰かは今、非日常を体験しているのかもしれない。
そう、今私とすれ違った彼は、おそらく非日常を体感している真っ最中だろう。
「エンド?」
すれ違った少年は、この間私に宝石を渡してきた少年だった。その彼の表情から焦っていることが見て取れた。
「あ、あぁ...」
「ん?どうしたんだ?」
彼は明らかにこれまでと様子が違った。これまでは知恵があり、余裕のある飄々とした者の雰囲気を醸し出していたが、今はまるで怯える小動物.....。
「.....さ」
「え?」
「...さ、最悪の事態が起きた...」
彼はそれだけ言って、階段を駆け下りていった。
私はただ、彼の言った言葉の意味を考えながら自分の教室へ向かった。
私が教室へもどると、クラスメイトは全員私の方を向く。
各々が「あぁ、お前か」「なんで授業免除されてんだよ」「来なくていいのになんで来てんの?」と思ってるような表情を一瞬浮かべ、直ぐに向き直る。
これが私の日常だ。代わり映えのしない日常だ。全員が私を数奇の目で見る。異常は排除される。
私は仲間が欲しかったのだ。だから彼のような頭脳の持ち主と出会えて嬉しかった。唯一私が対等と思える存在、そのために私が出来ることはなんだ?どうする?
「私なら行きますわよ?」
心の中で声がする。その声は賑やかで明るい。私と正反対の性格で、でも私の声だ。
私は恩を返さないような人間じゃない。それは私が一番わかっている。私は私の事を一番に理解している。
「あぁ、私もだ。」
私はたった今入った教室を抜け出した。クラスメイトが再びこちらを見たが、そんなのは関係ない。これは運命共同体を救うための第一歩だ。つまらない日常から抜け出す第一歩なのだ。
神の使いに、「あなたの人生はあと一生です。」と言われたから、これまで500回転生を繰り返してきた俺は最後の人生を平和に、豊かに過ごそうと思ってはいる。 れんこんさん @renkon3
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