第20話:………………は?
元々、この世界には様々な差別があった。
亜人差別、魔力量差別、男女差別などなど...その中でも亜人差別は古くから根付いた文化のようなものだった。
ラーラード国ではそのような負の文化を禁止してあるが、しかし、人というのはそう簡単に変われない。昔から、心の中に刻まれていたことは変わらない。
亜人は人類よりも強い力を持っている。しかし、頭から耳が生えている。尻からしっぽが生えている。犬歯が生えている。なんか臭い。獣並みの知能しか持っていない。
はたしてこれらは私達と同じ人なのか?私達より優れていることなんて、筋力と寿命の長さくらいしかない。
異端はいつでも差別の対象である。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「ってなことがあるから、俺は今更変な目で見られようとも構わない。だけど、お前たちは違うだろ。」
放課後、僕達は四人のみが残った教室で話していた。もう夕暮れだ。
あれから二週間が経っていた。正直言って、学校はとてもつまらない。多分いつまでも小等部にいるからだろうけど、僕はこの一年は小等部から出られない。
「カッコつけてるけどさ、ジェン。お前も嫌だろ?」
「いーや?」
嘘である。十年とちょっと生きているだけの彼が、そんな簡単に慣れるわけがない。
「とりあえず、僕達は一年しかこの学年に居ないわけだから今年だけ耐え抜けばいいんだよ。」
「え?なんでだよ?」
「テレーゼは元の学年に戻る。僕はテレーゼに合わせて上がるけど、ケイトもそうでしょ?」
「うん。」
というか、どうしてケイトは僕と同じ学年に来たのだろう。寂しかったのかな?かわいいやつめ。
「とまぁそんなわけで、ジェンは頑張ってね〜。」
「見捨てんな!」
噛み付く勢いで言ってきた。ぎらりと彼の犬歯が覗いて、ちょっと後ずさりした。
「見捨てんなって言われても、ジェンが頑張るしかないんだよ?僕もケイトも勉強したから昇級試験を合格できるだけで、勉強しなかったら無理だよ?」
特に、編入試験の難易度は高かったと思う。小等部では基礎しか学ばないはずなのに、問題は応用ばっかだった。それを昇級試験でもやってこないとは限らない。
前世の知識がなければ合格なんて無理だった。つまり僕は、僕自身の実力で合格したわけじゃなかった。すごいのは僕じゃなくて前世の僕なんだ。
「あぁ!もう!勉強は嫌いなんだよ!」
「ジェン?今のレベルの勉強が出来ないとか、頭悪すぎるよ?」
ケイトの辛辣の一言が彼に刺さった。
「ジェンって私達より年上でしょ?なのに出来ないの?」
「え、年上だったの?」
「.....十六とか。」
六歳差。ケイトは十歳差。え、そんなやつと一緒に暮らしてたの?
僕はケイトとテレーゼの二人をジェンから庇うように移動した。
「僕達に関わらないで。おっさん。」
「おっさんじゃねぇ!獣人は寿命が長い代わりに成長が遅いんだよ!一応人間の十歳くらいだよ!」
確かに、見た目も精神面も子供としか思えない。
「なんか変なこと考えなかったか?」
「別に〜?」
とりあえずこのままではいけない。どうせこのクラスは放棄するのだけど、その時にジェンを置き去りにするのはケイトが悲しむ。
そこで、僕はとある案を思いついた。
「ねぇジェン、ジェンはどこに住んでるの?」
「.....?ここからちょっと離れた大通りにある宿だけど?」
宿屋か。それなら好都合だ。
僕は彼にとある提案をした。
彼は「ちょっと確認しないといけない。」と言って今日は帰って行った。
「解散だね。」
「ねぇお兄ちゃん、本気なの?」
ケイトが疑うような表情でこちらを見てきた。テレーゼも同じだ。
「ケイトなら出来るよ。」
僕達は学校を後にした。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「別にいいんだけどさ、まさかあの三人と同じ学年になるなんてねぇ...」
ジェンは学校から出て、王宮へと直行していた。
目の前にはエネーギ王がいる。彼はとあるお願いをしに来たのだ。
「エンドとテレーゼはともかく、ケイトもかぁ...これは運命的な何かを感じるよね。」
「え、あなたがやったんじゃないんですか?」
「?何を?」
本当に分かっていないようだった。彼はてっきりエネーギがあの二人を仕向けたのだと勘違いしていた。
「いや、そんなことするわけないっていうか出来ないよ。君と出会った時点では二人のことは、存在は知ってても手を出すつもりはなかった。あの二人が勝手に.....いや、"ある二人"が勝手に行動しただけだからね?」
彼の言動は全く信用ならないが、真実を言っているように聞こえた。
「いや、真実だから。ボクは巻き込まれただけだから。」
ジェンをバートン家から引き剥がした張本人が何を言っているのだろう。
ジェンはとりあえず王宮から出ることにした。
「では、そういうことでお願いします。」
「はいはい。」
王宮の扉が閉まった。
影から王の従者が現れた。
彼女はついさっきまでジェンがいた場所まで歩き、床を眺めた。彼女はそこで黒く短い毛を見つけると、床を焼却し始めた。
「ちょいちょい!床の素材が溶けるって!」
彼女は一旦焼却の手を止めた。
「?汚らわしい獣人の居た場所なので消毒しなければいけないと思ったんですが.....ダメでしたか?」
「いや、行動自体には間違いはないよ。ただ、もうちょっと火力を抑えて?」
彼女は「分かりました」とだけ言って、先程の半分程度の出力で焼却を再開した。
焼却を終えた彼女が彼の隣に立った。
「これで、無駄な出費も減りますね。」
「別に無駄じゃないよ。必要経費だよ、必要経費。獣化できる獣人なんてもうほとんどいないし、それがちゃんとした教育を受けているなら、絶対高値で売れる。とりあえず宿代と学費の合計の倍は超えるはずだよ。」
彼はニヤリと笑った。まるで悪役のように。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
その翌日の放課後、四人は揃って教室から出た。
「じゃあ、いいってこと?」
「うん。許可が出たからな。」
僕達が考えたのは、ジェンを我が家(ライベールの家)に住まわせ、住み込みで勉強を教えるという案だ。学校で教えるのだと時間が足りなすぎるから、家で教えようという魂胆だ。
ジェンはそれに関する保護者の許可を取ってきたようだ。
「じゃ、しゅっぱーつ。」
僕達は校門を出た。
大通りに出た。ここからだと都市の入口の門がよく見える。
「ケイト、転移させて。」
「ん。」
彼女は短く返事をすると、一瞬にして門の外へと僕達を転移させた。
「うわっ!」とジェンは驚いていた。
「え、なにこれ!?なんで一瞬でここに移動したの?」
「ケイトの転移魔法だよ。珍しいの?」
「知らない。」
それもそうだ。「珍しいの?」と言われても、そもそもジェンは僕達が飼っていた犬なので、そんな一般常識なんて持ち合わせているはずがなかった。
とりあえず、僕達の家が丘の上に見えるので、再びケイトに転移魔法の指示を出した。
「言われなくても分かってるよ?」
余分な一言だったらしい。ちょっととげとげしくなってきてお兄ちゃん少し悲しいよ。
しかし、しっかりと転移はしてくれた。
「ありがとね。」
「ん。」
彼女は一目散に家に入って行った。
僕達三人は、その後を歩いて家に入った。
家に入ったところで、ずっと疑問だったことをジェンに言った。
「ジェンはどうしてそんなに荷物が少ないの?」
僕達の家に住むことになったのだから、着替えとか日用品とか諸々を持ってきているはずなのだけど、彼が持っているのは今日学校で使った筆記具と教科書を入れたバッグのみだった。
この家にそんな軽装で滞在したのはもう一人いるけれど…。
「俺元々これしか荷物もってないよ。」
「え?着替えとかは?」
「着替える必要ってあるのか?」
とんでもないなこの犬は。なんだか獣臭いのは獣人特有の体臭じゃなくてそのせいなのか。
「さすがに身体は洗ってるよね?」
「?当たり前だろ?」
良かった。つまり臭いのは服だけだ。
「服は洗わないの?」
「…?いや、洗ってるけど?え、なんか臭い?」
普通に獣人特有の臭いだった。まぁ普通、服を洗わずにいたら、獣臭いというよりすっぱい匂いがするものだ。貧民街ではそんな服を着た子供が大勢いたので分かる。そんな時はよく、泥をかけて消臭みたいなことをしていた。臭い服に泥をかけるとなんと、臭いが消えるのである。これはただ単に、汗の匂いが土の匂いにかき消されているからだと思うが。
「いや、特には。」
誤魔化しにもならない誤魔化しをして、とりあえず僕はジェンを風呂に入れることにした。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「ここがジェンと僕の部屋だよ...」
僕は風呂から出たジェンを僕の部屋に招き入れた。そこには他のケイトとテレーゼの二人もいた。
「え、同部屋?」
「そうだよ...」
さすがにケイト達と同じ部屋にいさせる訳にはいかない。そして、ライベールは絶対許してくれないので仕方なく僕の部屋を二つに分けることにした。
「なんでさっきからなんか気分が落ち込んでんだよ。」
「いや、やりたかったことが出来なかったから...」
「私が出来なかっただけなんだけど。」
「何をしようとしてたんだよ。」
とりあえず僕はケイトのボロい袋から座布団のようなものを二枚出して床に置いた。
「この袋の中、座布団二枚は普通入らないよね?」
「確かに、なんでそこから出てきたんだ?」
「空間を広げる魔法だよ。」
主に袋の内容量を増やすために使われるこれだが、
「僕はそれを部屋自体に使えないかなって思ったんだけど...。」
「出来なかったの。」
袋と部屋ではさすがに消費する魔力の桁が違いすぎる。全力を出してもらえれば出来ないことは無いはずだが、そこまでしてもらう必要は無い。
「まぁ、ジェンが来ることで僕の部屋が狭くなるのが嫌だったってだけだから。」
「別に俺リビングで寝るよ...男と添い寝とかやだし。」
「じゃあジェン、私達の部屋で寝る?」
「ぜったいだめ!!」
どうしてそんな提案をするんだケイトは。同い年ならともかく、僕よりも年が高いんだぞ?ケイトが二十歳の時にジェンは三十歳なんだぞ?おっさんじゃん。
「僕の部屋の床で寝て。」
「理不尽だろ。」
「元々犬なんだから、外に出してないだけ良い方だと思いなよ。」
「ひどすぎだろ。あと、俺は元が獣人で、犬に変身できるってだけだからな?」
「………………………は?」
僕は立ち上がった。
つい口を出たジェンの言葉に、ジェン以外の三人が注目していた。二年前、つまり僕が八歳でケイトが四歳、ジェンが十四歳の頃、僕達はトラッシュではなくダストにいた。あの時のが犬じゃないなら.....十四歳の見知らぬ男子の前にケイトを晒したことになる...。
これは招き入れた僕のせいなのか...?いやでも、ジェンが嫌がってたら逃げてるはず...つまり.....
「犬の姿なら養ってもらえるだろうって魂胆で僕達の家に住み着いてたわけ?」
「……うん。そうだ。生活に行き詰まって、どうしようかって考えた時に思いついたんだよ。」
やっぱりそうだったのか、と僕は納得した。とりあえず、妹と犬の姿で触れ合いやがったこいつをどうしよう。
と、そんな僕をケイトが制止した。
「いいから、勉強しよ。」
彼女の口からそんな殊勝な言葉が出るとは驚きだったが、仕方ない。
僕達は早速ジェンと勉強し始めた。
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