閑話:苦労が耐えない生活だなぁ


「お前は今からとある人物の監視につく。大事な役目だ。何か変化があれば、外にいる監視役に伝えてくれ。」

獣人は、主人の話を聞いていた。彼は元々奴隷で、獣に変身する事が出来るという能力があった。そんな彼を買い、飼い、育ててきたのがこの主人だ。

俺は「分かりました」と言って、犬に変身し、その"とある人物"の息子の所へと向かった。


あらかじめ、彼のいる場所は聞いていたので、迷うことなく辿り着くことが出来た。さすがに家には入れない。

二階の窓から空を見上げている彼の姿が見えた。

俺は彼に必死に視線を送る。

そのことに気付いたかは知らないが、彼はこっちを向くと、家の階段をドタドタ降りて、俺の元まで来た。

「犬?すっごい!初めて見た!」

彼はそう言って、俺の毛をわしゃわしゃする。

「ん?」

そうやって体中をこねていると、俺の首輪に気が付いた。

「なにこれ?ジェン・バートン?なんで苗字があるの。」

バートン貴族家に拾われたので当然である。

彼は少し考えたが、

「まあいいや。」

と言って、俺を連れて家に帰った。

こうして、俺はめでたく潜入できた。剣聖と賢者の家に。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


と、潜入出来たことを喜んでいたら、早くも危機である。

「犬ぅ?なんで?」

「そこにいたから。」

エンドという少年と、その父親がこの犬、つまり俺を飼うか飼わないかで口論を始めた。

「あのな、エンド。犬の餌代を舐めちゃいけないよ?今、俺たちはどこに住んでる?ダストだよ。貧民街。そんなところに住んでる人に、家族四人と犬を養うことが出来ると思う?」

「できるよ。じゃあ、犬の、ジェン・バートンのご飯はお父さんが狩りをしてきた動物で済ませればいいじゃん。」

「狼じゃないんだよ。魔獣でもないし、犬にはもっとまともなものを食べさせないと可哀想だろ。ていうかなんで犬に苗字があるんだよ。」

追い出す事を可哀想だとは思わないのか。

と、ここまで観察してきて分かったことがある。明らかに変人だ。この剣聖とやらは。何かズレている。俺はこんなやつの監視をしなければならないのか、と肩を落とした。

「じゃあ買って来てよ!」

「分かったよ!」

ベイルは席を立ち、家を出た。俺のご飯を買いに行くためだ。そんな簡単に乗せられていいのか。

そうして、俺は彼とリビングで二人きりになった。

「ふう、じゃあ確認したいんだけどさ、」

そう言って、彼は俺の方を向いた。

「君、人間だよね?」


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


どうしてそんな考えに至ったのだろう。俺は考える。現時点で、ジェンはエンドが相手の魔力量を大まかに知ることが出来るということを知らない。エンドは彼の魔力量が、通りを歩く人のそれと同じくらいだということに目をつけ、もしかしたらこの犬は実は人間が魔法で変身している姿なのかもしれないという仮説を立てた。

ただ、想像で遊んでいるだけだ。

この年頃で、遊ぶものもない所に住んでいるのだからそれくらいしかやることが無い。

しかし、そんなことをジェンは知らないので、とりあえず必死に犬の真似をして誤魔化すことに決めた。

「やっぱりただの犬か。」

彼は途端に興味を無くしたように、二階へ上がって行った。


ふぅ、とやっと一息をつけると思ったが、誰かが二階から降りてきた。

「わんちゃん!」

そう言って彼女は俺に抱きついた。先程の少年の妹だった。もちろん俺は服なんか着てないので、全裸の獣人の少年に、彼より年下の少女が抱きついているという構図になっている。

「え?人?」

なんなんだこの兄妹は!なんでこう簡単に俺の正体が分かるんだ!

彼女は相手の正確な魔力量を知ることが出来るので、この犬のそれが道を歩く人のそれと類似しているということに気づいていた。

───そもそも、人や亜人、魔人、魔獣以外で魔力を持っている生物は居ないので、魔力がある時点でそれがただの犬では無いことは明白なのだが、彼らは犬を見たことがないので、それが犬でないことなど分からない。

もちろん、またしても何も知らないジェンは、先程と同様に必死に犬の真似をして誤魔化そうとした。

「まぁ普通のわんちゃんだよね。」

彼女も上手く騙せたようだ。

その後はなんやかんやあって、逃がすと子供達に悪いからという理由でこの家にやっと正式に潜入することが出来たのだった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


夜、俺はリビングで狸寝入りをしながら剣聖と賢者二人の会話に耳を傾けていた。

剣聖の方は酒を飲んでいる。

「いやさぁ、俺は犬を飼うことには反対なんだけどね?」

「だけど?」

「いや、あの二人が怖いし.....。」

昼間に、犬を返してこいと言ったらエンドは妙に饒舌に犬を飼った方がいいという理由を話し始め、ケイトは手に火球を発生させて、「お願い?」と綺麗な笑顔で言ってきた。

「まぁ、そうね。」

「なんでそんな落ち着いてられるの。」

「犬を飼うことには賛成だから。」

「話を噛み合わせてくれ。」

この賢者、カーネーションは酔っ払いより酔っ払いのようだ。というか酔っ払いが理性を保ちすぎている。

彼は、酒のつまみに買った干し肉を噛みちぎった。

「うめー!」

「それ、よこしなさいよ。」

「断る。これは俺のだよ。」

彼がそう返すと、彼女は「干し肉ぅー!」と叫びながら、彼の持ったそれに飛びついた。

(俺は一体何を見ているんだろう......)

これからもこの人達を監視しなければならないという、今後の苦難を思いながら俺は眠りについた。


そんな彼を、二人は見ていた。

「やっと寝たか。」

「まさかこんな犬も監視なんてねぇ...。」

エンドが犬を連れてきた時、ベイルはこの犬に違和感を感じた。普通の飼い犬ならばやがて自分の家に帰るものだが、この犬はそうしなかった。しかし、首輪はついている。迷子になったものかと考えたが、嗅覚が優れている犬に限り、家の匂いを忘れるとは考えにくい。。そして、異様に人に慣れている。これはこの犬が飼い犬という事を裏付ける証拠になる。

が、前述した通り、この犬は家に帰らなかった。

つまりはここが、ジェン・バートンの目的地なのだ。

「って考えたわけ。」

「なら、ただの犬とは考えにくいわね.....。獣化できる獣人かしら?」

「その可能性が高い。」

この犬が犬でなく、監視の目であるとしても、その事情を知らない子供たちには理解はできないだろう。無闇に処分もできない。

まったく、苦労が耐えない生活だ。

「逃げたってことにしようかな?」

「だめよ。あの子達が悲しむわ。」

「だよなー...」

彼らは来る日まで耐え抜くことにした。これまで家の中までは監視されなかったので(監視しようとした隠密部隊もいたが)家の中では好き放題出来たけど、それを我慢することにしたのだ。子供を逃がす計画を練ることも、知り合いと魔法を通じて遠隔で話すことも、とある道具を作ることも出来なくなる。

彼らの頭の中で作られていた構想が、一度中断される。

「まったく、苦労が耐えない生活だなぁ...」

彼はそう呟くと、コップに残った酒を飲み干した。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


その日は突然来た。

"突然"というのは、俺やエンド、ケイトにとってだが。

ドンドンと家の扉を叩く音がした。その日も俺はリビングでぐっすり寝ていたのだが、思い切り安眠を妨害された。

リビングはいつもと違い、明かりがついていなかった。

「おい!早く出てこい!」

ドアの向こうにいるのは借金取りだった。

エンドやケイトも同じく安眠を妨害されたようで、二階から降りてきた。ベイルとカーネーションは元からリビングに居た。荷物をまとめて。

「起きたか。逃げるぞ!」

「キャー!早く逃げないと!」

「え、何?逃げるって。」

再び、ドアを叩く音が聞こえた。

「今日までだぞ!まだ払ってねぇだろ!」

ドアがガタガタ言い出した。開けようとしているのだろう。

この頃、俺は犬の真似が板に着いてきて、この騒がしい音がした瞬間に吠え出していた。本物の犬みたいだ。

ベイルはエンドとケイトを両脇に抱え、裏口へ行った。俺も置いて行かれないよう、彼について行った。


裏口から出ると、そこには大勢の借金取りがいた。

その中の、一際偉そうな男がベイルの前に立ちはだかった。

「こっから出ると思ってましたよ。さぁ、早くお金を出してください。」

ベイルは彼の言葉を無視して走り出した。

カーネーションとベイルは何か魔法を使っているのか、足がとても早くなっていた。


─────俺でも追いつけないくらい。


「待って!ジェンを置いてかないで!」

ベイルの脇から脱出し、ケイトはジェンの元へ行った。

「ケイト!置いてくぞ!」

「ベイル!早くケイトを回収して!」

ベイルが一旦エンドを地面におろし、ケイトの元へ駆け寄り、瞬時に脇に抱えた。そして踵を返して走り出し、エンドも脇に抱えて遠くに消えていった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


俺はあれから、どれだけの距離を走ったのだろう。

永遠に思えるほど続く平原を、とぼとぼと歩きながら思う。おそらく、任務失敗で帰っても、俺は責められることはなかったはずだ。ただ、主人の役に立てなかったことが悲しかった。恥ずかしかった。悔しかった。

だから、ベイル達を追う振りをして逃げだした。


走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走ったら、ある男性に出会った。

「君、獣人なのか。ふん、なるほど、ジェン・バートンね。はぁそんな生活を送ってきたのか。そうか。」

そう言うと、彼は何かを唱えた。

すると、俺は瞬時に主人の元へ送られた。

「エネーギ王!?それとジェン.....」

主人は俺と再開したことより、この男に会ったことの方に驚いていた。

「無事だったのか.....。」

俺は獣化を解除して元の獣人に戻った。

「すみませんでした。逃がしてしまって...。」

「あぁ、いい。それより、どうしてエネーギ王がここに?」

「俺を送ってくれたんです。」

それを聞いた時、主人はやってくれたなという顔をした。今までそんな顔をされたことはないので、心底びっくりした。

「まぁまぁ、バートンさん、別に大した要求はしませんよ。」

「信用ならん。」

「その子、ジェン・バートンをボクの国の学校に通わせたいんです。」

「.....意図は分からんが...分かった。」

「主人!?」

「まぁまぁ、これはお前のためにもなる。ラーラード国学校で色んなことを学んできなさい。」

そう言って、主人は俺をエネーギに差し出した。

「一つ、条件がある。」

ここを去ろうとした俺達に、主人が声をかけた。

「ジェンはその学校を卒業したら、必ず返してくれ。ジェンは私にとっての大事な家族の一人なんだ。」

主人は、魂を絞り出すような声で懇願した。


「ボクには家族の一人も居ないけど?」


主人のお願いは無慈悲に拒否され、俺達は転移した。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


あれから数日後、俺はラーラード国学校に入学した。

俺はそこの寮に住み込んでいる。入学やその他諸々の料金はエネーギが出した。手続きも彼がやった。

あの時、どうして彼は俺を学校に入学させたのだろう。その意味を探るためにも、俺は学校に通うのだった。



─────入学から四年後。

俺は瞬時に理解した。エネーギが、この学校に俺を入れたのがこの瞬間のためだったのだと。

彼は演出したかったのだ、感動の再会とやらを。

俺は自己紹介をしている二人を見て思った。

.......気持ち悪い。きっと奴はこの光景を見ているんだ。これが彼の娯楽になるのだ。

全くもって我慢ならない。


感動の再会とやらを演出したいのなら、俺がそれを壊してやる。

俺の出番が回ってきたので、立ち上がった。

「僕の名前はジェン・バートンです。好きな者はケイト、嫌いな者はエンドです。今年一年、よろしくお願いします。」

どうしてわざわざケイトを好きと言ってエンドを嫌いと言うのか、俺にも分からなかった。

心の片隅でそんなことを思っていたのかもしれない。

そんなことは関係ない。

とりあえず今は、エネーギに一杯食わせてやったと思っていよう。

行動するのは明日からでいい。

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