第17話:編入手続き
「そういえば、お兄ちゃんはエクスタ習得出来たの?」
朝食後、ケイトが話しかけてきた。あの特訓を見てたら分かるだろうよ。
「全然。ただ無駄な時間を過ごしただけだったよ。」
彼女は「ふーん」とだけ言って、自分の部屋に帰って行った。リビングにはライベールとテレーゼ、僕だけが残った。
「ねぇ、ライベール?僕達は学校に行くって言ってたけどそれってどこ?」
「...?ラーラードだけど?」
この人は...この質問なら普通、学校の名前を聞いてるって理解出来るはずだ。確かに「どこ」と聞いたのは悪かったかもしれないけれど、理解力が無さすぎると思う。
僕はわざわざ彼のために「どういう名前の学校なの?」と言い換えてあげた。
「え?いや、学校は学校だよ〜?学校ていう名前。」
.....なるほど、僕の頭の中では学校は複数あるという認識だった。つまり、前世の記憶である。
僕は「ふーん」とだけ返事して自分の部屋に戻ろうとした。僕の腕を掴む誰かが居た。テレーゼだ。
「ねぇ、これ何か分かる?」
彼女はそう言って英語が書かれた本を僕に見せた。
「...日記...?」
見たところ、日記のようだった。それもケイトの。これのどこに違和感を覚えたのか。
そこには、「三月十日 その日はいい天気だった。私は姉のテレーゼと一緒に王様から英雄譚を教えてもらいました。」と書かれていた。テレーゼがケイトの姉になっているということ以外、何一つおかしな点はない。
「これがどうかしたの?」
「分かるのね...言葉が違うからあたしには分からなかったわ(´Д`)トラッシュで産まれた訳じゃないものね。」
あ、そうか。これ英語だ。
ん?英語?僕は前世で知ったんだろうけど...ケイトはなんで知ってるんだ?
僕はテキトーに「そうだよ」と返して自分の部屋に戻った。
椅子に腰掛ける。そして思考する。どうしてケイトがあの言語を知っていたのか考えてみることにしよう。
.....いや、蛇足すぎる。直接聞くか。
僕は自分の部屋から出てすぐ隣の部屋を開けた。
「ちょっと!ノックくらいして!」
そう彼女は言ったけれど、ただベッドに寝転がりながら本を読んでるだけなので別に見られたくないものもないだろうに。
「ねぇ、ケイトが日記に書いてる文字って英語だよね?」
「そうだけど?」
「どうして英語を知ってるの?あれは僕の前世で使われてた言葉のはずだよ。」
その言葉に、彼女は首を傾げる。
「前世...?知らないけど、私は本で読んで覚えたんだけど。」
「そう...?」
.....と、少し前の夜のことを思い出した。グレイドールの言葉だ。
「グッモーニン。」
と、彼女は言っていた。これは英語だったはず...。つまり、この世界にも英語はあって、ケイトがそれを本で読んで習得したと言われても違和感は無い...!だって僕も本で言語を学んだんだし...。
「ごめん、勘違いだったみたい。忘れて?」
そう言って僕は彼女の部屋を後にした。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
そして、一週間経った。
(さすがに何も無いと時間が過ぎるのが早いな...)
この一週間、僕はテキトーに学校の勉強をしていた。あの頃.....ごみ溜の街にいた頃は、僕の知力なんて都市では凡庸なものだと思っていたのに、簡単に理解出来た。まぁそれも前世のなんちゃらだと思うけど。
「俺の意識はお前と同化するんだ。」
身震いがした。あの時は淡白な返事をしたけれど、もう終わりが近づいているとなると怖くてたまらない。
いっそ、この人生を終わらせるっていうのはどうだろう。どっちみち変わらないだろう。
(そうだ!"いつか来る"がもうすぐ来るならこっちから行ってやる!)
僕は自室の窓を開けて下を見た。高さが足りない。これじゃ下手したら死ねないで、一生寝たきりになるかもしれない。
僕は窓から屋根へと
自然と、呼吸が早くなった。
(あれ...?僕、何やってるんだ?)
足が震え出した。咄嗟に後ろに倒れた。
(あ、あ、これも前世の.....だろ?前世の僕がこんなことをしてるんだ...。)
もう一度、四つん這いになって下を見た。
(だって.....見覚えがある...この景色。小さい頃に落ちた...違う!前世だ!)
何故だろう。僕は必死に否定した。"俺"なのかもしれない。
そう考えていたら突然、何らかの魔法が発動した。僕の体は瞬時にベッドの上へと転移した。
僕は魔法を使おうとなんてしていなかった。本能が死ぬことを拒否したんだろう。別に落ちようとしてもいないのに。
(はぁ...まったく。)
僕は枕に顔を埋めた。その枕がじんわりと湿ってきた。目元が熱い。
(あの時からまるで成長しない.....僕は自分の人生を、本当に自分自身の意思で生きてるのか?)
何が何だか分からない。
しかし、僕は進まなければならない。
まだテレーゼの喉を治していないから。
それだけが、明確な僕の生きる意味だ。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「え、ライベールも学校までついてくるの?」
学校の前まで来て、てっきり送迎の料金を出すためだけについてきたのだと思っていたのだけど、彼は馬車から降りて僕達と一緒に学校へ向かうようだった。
「当たり前だよ〜?彼女のことはもちろん、君達に関しても学校側に色々と用があるからね。」
なんだろう、まさか僕達が剣聖と賢者の子供だったり、英雄と共同生活(三日間のみ)を送ったことなどを報告するのだろうか.....。
もちろん、そんなことは杞憂で
「編入手続きはまだ終わってないからね。」
ただ、僕たちに必要な最低限の事だった。
ところでこの学校(ラーラード国学校としよう)はかなり大きい。外観を見た感じでも城と同じくらいはあった。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
現在、僕らは学校を案内されている。ライベールは先程言った手続きで校長の部屋へ行っているらしい。
「ここが、ケイトちゃん、これからあなたの通う教室よ。」
そう言って、女教師は2-2と書かれた教室を指した。
「たしかケイトちゃんは今年で六歳なのよね?」
そう。もう何ヶ月も経ったように感じるが、その実、トラッシュからここに来るまで約二ヶ月しかかかっていない。
色々ありすぎた。
「本当はここは八歳になってからなんだけどね、多分少し上じゃないと周りと合わないんじゃないかってライベールさんが言ったからね。ていうか、普通入学も七歳からなのよ。」
ケイトは「ふーん」とだけ言ってすぐに興味を無くした。あれ?それなら僕も上に行くんじゃない?
「エンド君とテレーゼちゃんはここね。」
その教室は4-3だった。ん?テレーゼも?
「エンド君はテレーゼちゃんのお世話もお願いしたいから、繰り上げは無しにしたのよ。」
「え、テレーゼはなんでこの教室なんですか?」
テレーゼは今年で十二歳。僕をテレーゼの学年まで繰りあげればいい話だ。
だが、そう簡単にもいかないらしい。
「テレーゼちゃんはちょっとね.....学習をちゃんとやらないと授業に追いつけないかもって.....だから低学年からにして、三年分の授業をする。まぁ生活するのがこの学年ってだけで、授業は個別に分けて行うの。来年からは普通に学年は戻すつもりよ。」
なるほど、僕はその介護係なのか。そりゃ身内がやった方がいいから確かに納得出来る。
しかし、ケイトは納得出来ないような顔をしていた。
「まぁ、こちらとしては来年も同じ学年の同じクラスに所属して欲しいから、昇級試験なんてものを受けてみるのもいいかもしれないわ。」
彼女はそうだけ言って、僕達の教室の前を後にした。
というか、先程から気になっていたのだけれど、なぜ生徒が一人もいないのだろう。今日は平日のはずだ。
と、質問をしたら
「今日は英雄記念日とでも言うのかしら。英雄、グレイン・グレイドールが魔王を討伐した日ね。英雄譚は知ってるかしら?まさに無敵って感じよね〜。」
彼女はなぜかうっとりとしていた。明らかにあの人に陶酔している。今朝も見たが、僕は英雄譚なんかは知らない。けど、でもまぁ無敵っていうのは同意出来てしまう。
もしも、もしもだ。彼女が人類の敵となった時、その時は打つ手が全くないだろう。僕の両親よりよっぽど危険である。
とまぁそんなことで、後はテキトーにその辺をブラブラするだけで学校案内は終わった。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
場面は変わり校長室、二人の人物が対談していた。
「久しぶりだな、ライベール。」
力強く渋い声、彼女はこの学校の校長である。
「ご無沙汰〜。」
「剣聖と賢者の子が、入学するんだろう?」
ライベールは少し驚いた。なぜなら、その事は教えていない。というか、あの二人に子供がいるという事は世間には公表されていない。
とりあえず、ここは同意しておく。
「.....あぁそうだよ〜。」
すると、彼女はため息をついた。
「お前の口調はいちいち腹が立つ。語尾を伸ばすな。」
「.....わかったよ。」
ライベールは、つくづく彼女は女らしくないなと思った。一応これにも夫はいるのだから、まぁ世の中は理不尽だと思う。どうして俺には妻がいないのだろう。
「で?その子供が何か?俺になんか聞こうとしても無駄だと思うけどね。」
「いや、特に何も無い。ただ確認しただけだ。まぁ、楽しみだ。」
そう言うと、彼女はニカッと笑った。
「あのうつけ者共のガキがどんなか、見てやろうじゃないか。」
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