断章:ある少女、刻むは絶望─2
人間界に死の土地が出現した数十年後。依然、死の土地の陸地は黒く、暗い。ある研究者によると、そこに上陸すると何かしらの攻撃によって一瞬にして黒い屑になるとのことだ。
「この情報を聞いてなお、行く気かい?」
彼は私にそう言った、そんな事を言っても無駄だということを知っていても。
私はそれに答えなかった。
彼は、それに納得したようだった。
「はぁ...行ってらっしゃい、帰ってきてね、グレイ。」
彼女、グレイン・グレイドールはその言葉にも何も返さず、ただ死の土地のみを目指して歩き出した。
そして、その3年後に彼女は死の土地の目の前まで来た。さすがに泳いでは行けないので、わざわざ船を手配してもらった。板剣をオール代わりにしている。
「...?」
何か、嫌な感じがする。彼女はこれまで、様々な強者と対峙してきたが、対峙せずともこのような気配を感じることは初めてだった。
(楽しめそうだな...)
彼女は黒い土地に足を踏み出した。あらゆる生物、非生物を黒い屑に変えてきたその地は、彼女を黒い屑に変えることは出来なかった。
彼女はそれを少し不審に思ったが、構わず歩き始めた。
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「やっぱり英雄譚ってあの人の話なんだー...。」
「それ以外に英雄譚なんてないからね。それだけ、すごいことをしたんだよ。」
もう既に日は暮れ始めている。朝から話しているので、仕事は大丈夫かと心配になった。腐っても王様じゃないのか。
「大丈夫、仕事の方は分身がやってるからね。」
こっちに分身がこないのか、と2人は思った。
「ていうか、なんでその英雄さんは黒い屑にならなかったの?」
「それはこの後明かされるよ...君が話を遮らなければ今頃話してたよ?」
子供相手にすぐ怒る。これが王でこの国は大丈夫なのか?もちろん、大丈夫なはずは無いのだけど。
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彼女は足を止めた。目の前に黒い人物が現れたからだ。
「君のことは知っている。グレイン・グレイドール、あらゆる攻撃を反射すると聞いていたのでね、攻撃をしないという手をうたせて貰ったよ。」
「...」
彼女は沈黙を貫いた。
「なんとか言ったらどうだ?」
「...」
彼女は板剣を担いで歩き出した。
「争うしかないのか?」
「...」
「私達は共存できるのではないか?」
「...」
彼女は歩みを止めない。
「ここ数十年、私は何もやっていないが?」
「...」
「なんとか言え!」
彼はついに怒り、彼女の右腕を黒い屑へと変えた。たちまち担いでいた板剣がその地に落ちた。それは屑には変わらなかった。
しかし、反射はされなかった。
そのことを認識した彼はため息をついて顔を手で覆った。
「なんだ、これは反射できないのか。心配して損した。」
彼は瞬時に彼女を黒い屑に変えた。
───が、黒い屑となっているのは自分自身だった。
(はぁ!?あんな状態で攻撃返せるとかおかしいだろ!?)
彼の口は既に崩れているので思うことしか出来ない。
目の前には無傷の彼女が立っている。
「油断してくれて良かった。腕を先に反射したら対策されそうだったから、君が想定より馬鹿で良かった。」
しかし、彼は自分の魔法に耐性があるのか、元々回復が早いのか、だんだんと人型になり始めた。黒くなった部分もどんどん治ってきた。
再生を許すほど彼女は甘くない。一度落とした板剣を拾い、彼を切り刻んだ。
もう再生しない彼を見て、彼女は振り返り歩き始めた。
(もっと強いと思ったのに...全く楽しくない...。)
陸地から黒い何かが無くなっていき、元々の自然が戻り始めた。
(完全に死んだか...。)
彼女の後ろには、まだ黒い存在がいた。
(お前も大概馬鹿だよ...私がこの程度で死んだと思っている...その無防備な背中を...いや、脳みそを潰して思考出来ないまま殺してやる...!)
彼は彼女に飛びかかった。
本来なら、彼は今頃彼女の頭をかち割っている。しかし、現状は違う。彼の胴を板剣が貫いていた。
「相手が武器を持っている間は油断しちゃダメじゃない?」
彼女は逆手でその剣を持っていた。どうやって一瞬で自分の体が貫かれたか、彼は分からなかった。
既に与えられたダメージが甚大なので、考える力もない。彼の身体はボロボロと崩れ始めた。
すかさず彼女は彼を地面に落とし、それに思い切り板剣を叩きつけた。
板剣をどかすと、そこには彼の姿はなく、ただ一冊の本が置いてあった。
(...なんだこれ)
彼女はそれを拾い上げ、帰って行った。
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「という話。」
ここで英雄譚は終わりのようだ。なんだか物足りない気がする。
「ねぇ、おかしくない?」
ケイトがエネーギに噛み付いた。彼女も物足りないと思ったのだろうか。
「グレイドールさんの部分はもちろん彼女が伝えたって分かるけど、その前のテレシュヒコール...?って人の所は誰が伝えたの?そのお母さん?」
あ、確かに当然の疑問だ。こういう物語ではよくある誰から伝わってきたのかという問題。
「いや、彼女の母親の消息は不明なんた。世界が魔王に気づいたのも、貿易しに来た商人の船からの情報があったからで、彼女の母親は多分どこかで死んだんだろうね。」
夢も希望もないことを言う。
だが、それだとまだ問題は解決していない。
「最後にグレイドールが手に入れた本だね。持ち主の日記を勝手に書く本さ。元々、魔王がテレシュヒコールの部屋から拾ったものだけどね、そこには彼女の日常が鮮明に書かれていたのさ。その本は彼女が死んだ後、彼女はこんな人間だったのだと後世に語り継ぐには十分すぎる品物だったのさ。」
そうか、そうなのかとあたしは思った。だけど、それだとまだ気になることがある。
「その英雄譚に前半の部分は欲しかったんですか?•́ω•̀)?」
「...欲しい、重要なんだ。この物語はただ、英雄様の活躍を見るためだけのものじゃない。それが伝わるのはごく少数だけど、でも、その少数の人に届いて欲しいと思ったから内容に組み込んだのさ。」
あたしには、言っている意味が分からなかった。そのごく少数の理解出来る人しか分からないのだろう。
彼はもう用が済んだように、椅子から立ち上がった。
「この物語で君達が何を学んだのか、何も学んでいなくともこの物語は必ず、君の頭の中に残り続ける。人生は短い。寿命じゃなく、急に終わることもある。そんな時のために今から何をすべきか考えるんだ。」
そう言って、彼は姿を消した。
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(何をすべきか...ね。)
あたしはその事について考え始めた。
その横で、ケイトが急に声を上げた。
「よし!私、日記書く!」
そう言って彼女は部屋を出てライベールの所まで走っていった。帰ってきた時、彼女は本を持っていた。全て白紙だ。これから書くのだから当然だ。
...というか
「なんで日記を書くの?」
「私がどんな人物だったか後世に語り継いでほしいから書くの!時が経っても、私がこの世に残り続けるために。」
難しい言葉を使うようになったな。
あたしは彼女の頭にポンと手を置いた。
「じゃあ、あたしが字を教えてあげるね。」
たしか、彼女は字を読んだり話したりすることはできるが、書くことは出来なかったはずだ。なので、誰かが教える必要がある。それは私だ。
そう思ったのだけれど、
「え?私、字書けるよ?」
と、予想外の返答が帰ってきた。彼女はスラスラと今日の日記を書き始めた。
が、しかしそれはあたしがいつも書いている字とはかなり異なっていた。
「March.10
It was a beautiful day. I was taught by the king about tales of heroism with my big sister Therese.」
「え、なにこれ?」
「え?何が?」
とりあえず私がこれまで書いた字と彼女の文字を見比べてみる。うん、全く違う。かろうじて「10」は読めるけれど。
「何がってこの文字、私のと全然違うわよ?」
「そう?」
全く分かってないようだった。
(とりあえず、明日あたりにエンドに聞いてみるか...)
そんな事を考えていた。窓の外にはもう誰もいない。
そういえば、とテレーゼはエネーギの話のせいで忘れられていた事を思い出した。
「エクスタを覚えたんならあたしの喉、治せるんじゃないの?( *˙꒳˙ )」
「え、無理だよ?」
...あれ?それが当然であるかのように彼女は言った。
「魔法にはイメージが大事なの。ってそれは王様も言ってたんだけど、だから人体の知識がある程度無いと出来ないよ?エクスタはあくまでも、1つの魔法しか使えなくなったあの人が生み出した物で、別にあってもなくても変わんないんだよ?それもあの人が言ってたよ?」
全く聞いてないので、というか理解出来てなかったので分からなかった。
エンドの負担を減らすとか言っていた彼女はどこに行ったのか、彼女は普通にエクスタを習得出来て喜んでいた。
まるで、人が変わったようだった。
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