断章:ある少女、刻むは願い─1


エンドが特訓をしている一方、ケイトとテレーゼはその光景を屋内から見ていた。

「ねぇ、あれって意味あるの?」

「あたしに聞かないで。(´△`)」

「はぁ...」ケイトはそうため息をついて頬杖をついた。テレーゼも釣られて頬杖をついた。

(魔法の特訓には見えないわよね...)外で目隠ししながら、ゆっくりチャンバラしている2人を見た。先程からずっと、一方的にエンドが叩かれている。痛そうではないが。

2人で暇にしていると上の階からライベールが降りてきた。

「おっ2人揃ってるねぇ〜」

「ひまー...なんで私はエクスタを教えて貰えないのー?」

「ちょうどいいねぇ。実は、君達の部屋にゲストを呼んでおいたんだ。その人が教えてくれるよ。」

それを聞くと、ケイトは椅子から立ち上がり一目散に階段を駆け登っていった。

(エクスタを教えられるって王様とグレイドールさんだけだから...王様が家に来てるの...?)

テレーゼは半信半疑になりながら階段を登った。


部屋に入るとそこには本当にエネーギ王がいた。

「女子の部屋って感じじゃないね。」

彼は部屋を眺め、デリカシーの欠片もない言葉を言い放った。

「早速だが、君、ケイト君にエクスタを教えようと思う。テレーゼ君は魔力がないから無理だね。」

彼はケイトを指差しながら言った。確かにそうだけど言わなくても良くない?と思った。

「では、あたしは邪魔になるといけないので部屋を出てますね(・ω・)ノ」

彼はあたしのノートをまじまじと見た。何か変なところがあったのか?

彼はノートからあたしに視線を移した。

「君、ハセクラ・ケンって知ってる?」

(ハセクラケン...誰...?聞いたこともないんだけど。)

彼はあたしの心を盗み見て、勝手に「そうか」と納得した。

「別に部屋を移動しなくてもいいよ。他に話したいこともあるし、まずエクスタを教えるよ。」

「というか、王様が教えるのは世間の目が怖い...って言ってたのになんで急に教える気に?(。´・ω・)」

「あんなの、グレイを呼ぶ口実だよ。久しぶりに会いたかったけど怒られるのが嫌だからテキトーな理由で正当化したのさ。」

こんなこと、あたし達に教えていいのか。どちらかがばらすかもしれないのに。

「ばらす気はないんだろう?そんな事しても得は無いからね。」

エネーギが心を読んで言った。その通りだ。

「ねぇ、早く。」ケイトがいつまでも魔法を教えないエネーギを見かねて横から急かした。

「せっかちだねぇ...ま、いいよ、教えてあげよう。エクスタ、真の名を追加された呪文エクストラについて。」


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複製する魔法エクスタ」彼は、部屋にある椅子を1つ複製してそれに腰かけた。

「まず、なぜエクストラがエクスタになったかだけどまぁ、これはただ単にどれだけ呪文を破棄できるか試した結果だね。特に意味は無いよ。」

「意味が無いなら言わなくていいでしょ。」

ケイトがすごい無礼なことを言った気がする。曲がりなりにも王様よ...?

「はっはっはっ!話の腰を折るんじゃないよ?ボクが普通の王様だったら君は打首だよ。」

「そんな事しても得は無いでしょ?」

なぜだかケイトの方がエネーギより一枚上手だった。王様、大丈夫ですか?

「だまれ。」急にあたしの方を向いて言ってきた。反論できない人にはなんでも言えるのか。

「ふう...」彼は一旦深呼吸ををして心を落ち着かせた。

「じゃあ、エクスタについて教えるね。まず────」

あたしには高度すぎてその内容は分からなかったが、ケイトは何か理解したようだった。

「───で、使えるってわけ。」

「なるほど。」

(全く分からなかった。)

「だから居ても別に大丈夫だったわけ。ある程度魔法の知識がないと理解は難しいからね。」

(そうなるとケイトに魔法の知識があるということになるけど...もしかしてあたしより頭いいの?)

今更である。


「さてと」言いながらエネーギは伸びをした。「じゃあ、本題だ。君達は貧民街で育ったから一般常識が無い。だから今からある昔話をしようと思う。この世界に生きている者なら誰でも知っているはずの英雄譚さ。」

彼は意気揚々と話し始めた。ある少女の物語を。

「そう、あれは今から何十年か前────


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今から何十年か前、とある田舎町にとある少女がいた。彼女は生まれながらに体内の魔力を制御できず、自分が発動しようとした魔法と見当違いの魔法を発動してしまうという障害を患っていた。彼女の名はテレシュヒコール、ある貴族の家に生まれ、苗字を剥奪され、本家での居場所も消され、田舎の一軒家に送られた憐れな少女。しかし、彼女はそんな事を気にしない。

「はぁーあ...なんでお父様は私を外へ出したがらないんでしょうか...。」

窓の外を見ながら彼女は呟いた。

彼女は、彼女に仕える1人の男の召使いを「お父様」と呼ぶ。同様に、女の召使いを「お母様」と呼ぶ。決して父親でも母親でもない。自分の世話をしてくれるから父と母だ。

彼女は本当の両親をもう覚えていない。別に記憶を消す魔法をかけられたなどでは無い。自分にとって必要のない存在だから記憶から消えたのだ。

「ガラクタばっかり...」

彼女は振り返り、散らかった部屋を見た。そこには様々な雑貨が散乱していた。

彼女は床に落ちている本を手に取った。

「読むと水を出す本...」

彼女はその本に目を通した。すると、読んだページから水が溢れ出てきた。慌てて本から目を離したが「うわぁ...びちょびちょになっちゃった...」既に時は遅く、床も服も本自体もびしょびしょに濡れた。

「やっぱり欠陥品でしたわ...。」

テレシュヒコールは魔法を操れない。前述した生まれつきに持った障害のせいだ。そこで彼女は、呪文を道具に刻印し行使出来ないかと考えた。魔導具の作成だ。魔導具を通じてなら魔法が使えるのではないかと考えたのだ。

結果は失敗というか成功というか、どっちにも言えない。読むと空を飛べるようになる本を作ろうとして読むと水を出す本を作ったり、なんでも切る事が出来る剣を作ろうとしたら切った相手がどこかへ転移してしまう剣を作ったり、振ると火球を出す杖を作ろうとしたら投げると永久に飛んでいく杖を作ったりした。

「はぁ...」

彼女はガラクタを足でどかしながら部屋の外に出た。




「着替えはここに置いておきますよ。」

「ありがとうございます、お母様。」

テレシュヒコールが風呂に入ると、どこからともなく女性召使いが着替えを持ってきた。彼女の魔力も魔導具も、どちらも暴発するのが日常茶飯事であるために対応に慣れているのだ。

召使いは返事を聞くと浴室の前からいなくなった。

テレシュヒコールは湯船の水をパシャパシャと叩いた。たちまち水面に波紋が浮かぶ。

(今ならいけそうですわ...!)彼女は深呼吸をして、水面に手をかざした。

水を操る魔法アクア・ヴェデーネン!」

その瞬間、彼女の手から水が流れ出した。その魔法は決して成功した訳では無いが、彼女は嬉しくなった。

(初めて...初めてイメージに近づきましたわ...!)

これまで何度も水を操る想像をしてチャレンジしてきた彼女だが、そのイメージをしながら水系統の魔法を使えたのは初めてだったのだ。

それがただのまぐれだとは知らずに喜んでいた。




そこから数年が経った。その日、テレシュヒコールは18歳の誕生日を迎えた。

彼女は朝から騒がしかった。

「お父様、お母様、今年こそ一緒にお祝いしてください!」

そう言って彼女は2人に頭を下げた。

「そう仰られても...」女の召使いは男の召使いに視線を配った。「私達はお嬢様に仕える身ですので...毎年一緒にいるではありませんか。」

「私の背後に立っているだけでしょう!私はケーキやご馳走が載ったテーブルをお父様、お母様と囲みたいのです!」

彼女は興奮してテーブルを叩いた。

「落ち着いて下さい!お嬢様!」

「私は落ち着いています!いたって平常です!ただ、ゆるせないのです!どうして私の言う事を聞いてくれないのですか!」

ついに彼女は自分の部屋に篭ってしまった。


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「え、これなんの話?」

ついに誰しもが思っていたことをケイトが言った。

「いや、英雄譚の冒頭部分だけど?」

「こんな家族間の絆物語みたいな英雄譚なんかある?」

エネーギはその言葉に少しだけだが苛立ちを覚えた。

「あのね、とりあえず君は世間に出る前にそのクソみたいな性格を直した方がいいよ。」

「別に世間に出ないもーん。私はゆったりした余生を過ごしたいの。」

「いや、君達学校通うんでしょ?ていうかその歳で余生とか言うんじゃない。ボクに効く。」

その言葉に彼女たちは耳を疑った。

「え、学校ですか?(・д・。)」

「学校...」

「そう、学校だ。もしかして聞いてなかったのかい?じゃあ言うとしたら明日の朝かな...。もしライベールからその事について言われたら初見の反応でお願いね。」

あたしは文字を書くだけだからまだしも、ケイトは...ん?ケイトが何か悩んでいる...?

「ケイト?どうしたの?ヾ(・∀・`o)」

「あ、う...あ、なんでもないよ。」

明らかに何かありそうだ。

「まぁ、分かったよ。じゃあこの部分は省いてメインの所まで飛ばしてあげるよ。」

彼がやれやれといった風に再び話し始めた。


「それは、テレシュヒコールが20歳の頃の話。彼女と2人の召使いはいつも通り、全員でテーブルを囲んで食事をしていた。」

(ちゃんと聞いといた方が良かったかもしれない...)

そう思ってももう遅い。彼は頑固で1回決めたことは曲げない。子供のようなところは見た目だけでは無いのだ。

「彼女は食卓を囲みながらも魔導具を作製していた。手にはそこら辺にあった洗濯バサミを持っていた。「できました!」と彼女は言い、彼女は早速それを使おうとした。」

そこで一旦セリフが止まった。

「...で?続きは?」

「...あぁ、ちょっとここら辺は記憶が曖昧でね...そうだ、確か彼女はそれを、洗濯物に使うのは危ないかもしれないからそこら辺にある紙に使ったんだ。以前、挟むと燃える洗濯バサミを作ってしまったからだね。」

(知らないんだけど...ちゃんと聞けば良かった...。)


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私にとって、この行為は自由に魔法を使いたいという願いを刻むこと。呪文を刻めばその願いは叶う、なぜなら魔導具から出る魔法は固定されるからだ。だから、水を出したいと思ったら水が出てくる本を用いればいい。火を出したいなら火が出る洗濯バサミを用いればいい。

ただ、それは欠陥品だった。そのことを認識すると、私自身が欠陥品のように思えてしまった。

私は現実に負けたくなかった。昔は弱虫で、辛いことにはすぐ蓋をして忘れていた。呪文を刻むことは、私が残酷な現実に対抗するための唯一の手段だった。願いを叶える手段だった。

だから刻むのだ。

「できました!」

テレシュヒコールは手に持った洗濯バサミを愛おしそうに見つめると、食事の途中だが、2階へと駆け上がって行った。

「あの子、そろそろ外に出してあげたいわ...」

女召使い、もとい、テレシュヒコールの母親は言った。

「仕方ないよ。ベルゼラント家からの命令だから従わないと。」

男召使い、もとい、テレシュヒコールの父親はそれに返答した。

「でも、もう私達が仕えていた当主様も居ないのだし、ちょっとくらい良いと思うのよ...。」

彼女達は既に召使いではなかった。ただ、娘の幸せを願う親となっていた。

「そうだね───」


───爆音。


2階から唐突に爆音がした。家は大きく揺れ、テーブルの上の食器が次々に落ちて割れた。

過去に何度か爆発する魔導具を作っていたが、こんなに大きいのは初めてだ。彼女らは娘の安否確認のために2階へ登った。



そこに居たのはテレシュヒコールではなかった。夜の闇より遥かに暗い、黒い服を着た男だ。

彼は何かを熱心に読んでいた。

「ふんふん、なるほど。ここは人間界か...まぁ近々侵略する予定だったし、ちょうどいいね。」

彼は手に持った本を懐にしまった。

「お、おい!」父親がちょうど近くにあった剣を拾った。「お前、誰だ!テレシュヒコールをどこへやった!」

彼の質問に、黒い存在は振り返り、その服とは対照的に白い顔をこちらに向けて言った。

「私は魔を統べる王、オウス・オリティという。君達の娘はそこだ。」

彼は部屋の隅を指さした。そこには大量の血のみがあった。彼女の姿はどこにもない。いや、正しくはその血が彼女なのだ。──潰れて分からなくなっているだけで。

父は手に持った剣を強く、強く握りしめた。母は...呼吸が荒くなっている。

彼女に釣られて呼吸が早くなりそうになるのを、彼は深呼吸してなんとか抑えた。

そして、自分が持っている剣に視線を落とした。

「...やるしかない...か」

彼は剣を振りかぶって、やさしく母の腕の皮膚を切った。瞬時に彼女の姿がその場から消えた。いつかテレシュヒコールが作った、切った相手をどこかへ転移させる剣だ。少しでも切り傷を与えればどこかへ飛んでいく。

「逃がしたのか...懸命な判断だ。」

魔王はそう呟いた。


ミシミシミシミシ


「!?」家が音を立てて崩れ始めた。ふと魔王を見ると、彼の足元から何か、黒いものが出ていた。

ガラガラと音を立てて、家は黒い瓦礫となって崩れた。

地上に降りたのは魔王ただ1人。家の中にいたもう1人は、既に黒い瓦礫と混ざりあって姿が見えなくなっていた。

地上に降りた魔王の足元から、黒い何かがどんどんと広がり始めた。その闇は周囲にあった草木、家屋などのあらゆるものを飲み込み、一切を黒い瓦礫にした。

「少し早いけど、始めようか。」

闇は広がり、全てを朽ち果てさせる。


やがて、彼がいた大陸は全て闇に呑まれた。


青い海、黒い陸、明るい空、暗い陸...。そこはまさに魔界で、1度立ち入ったら生きては帰って来れない死の土地になった。

障害を持つ少女テレシュヒコールが自らの願いを刻み続けた結果、彼女は人類にかつて無いほどの絶望を与えたのだった。

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