第16話:魔力、そして想像力


「ねぇ、エンド君?おはよう。」

僕はぐっすりと寝ていたのに、グレイドールがわざわざ起こしに来た。テレーゼは起きたのか既にいない。ケイトはまだ隣で寝ている。

「何...グレイさん...僕まだ眠いんだけど...?」

「なんで私の部屋に来なかったの?」

「僕の部屋だけども?」

彼女は、昨日僕が自室に戻らずに他人の部屋で寝たのに怒っているようだった。

「そうね、エンド君の部屋だけど、なんでわざわざ他人の部屋に行くのかな?私との添い寝が嫌だったのかな?」

(...そりゃ、あんたも20歳くらい年上の異性と添い寝したいかって聞かれたら嫌って即答するでしょ...)

「僕は人が寝てるのに、わざわざ起こすかもしれない行動をするほど考え無しじゃないの。」

テキトーにそれっぽい理由を考えた。

「はぁ、なるほどね。」

彼女はそれに納得したようだった。


「じゃあ今日はエンド君と寝るまで起きてるね。」


どうしよう逃げ場がない。今日は野宿でもしようかな。


「ていうか、まさかそれだけを言うために僕の安眠を邪魔しに来たわけじゃないよね?」

「ええ、エクスタを教えるための特訓をしようかなって。」

僕はそれを聞いて飛び起きた。...ケイトを起こさないように。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


僕達は家の外に出た。強い風が吹いている。

「ていうかさ、1つ気になったんだけどさ。」

「ん?何?」

今から行うのは魔法の訓練だ。けれど、昨日の話によるとグレイドールにはもう魔力がないはずだ。

「魔力がない人が魔法を教えられるの?」

「あーその件ね。まぁ魔法を教えるのに魔力なんていらないし、私はエネーギから魔力を貰うことが出来るから別に心配いらないわ。君、魔導書を読んで魔法を学んだんでしょ?」

確かにそうだけど、とんでもないことを聞いた。

(魔力を貰う...?そんなことが出来たらこの世から魔法ができない人が消える...。)

「まぁ、魔力を与えようなんて普通の人は思わないわね。魔力なんて無くても生きてけるし、しかもその行為はあらゆる国で禁止されてるのよね。」

「え?なんで?」


「己の力量は生まれつき神によって決められるものであり、愚かなる人間はそのルールに逆らうことが許されないからよ。」


「そうなんだ。」

その神とやらが何か分からないけど、おそらくとても偉い人なんだろう。いや、人じゃないのか。この世界を統べる者という名称の方が正しいか。

僕とグレイドールは互いに見合った。

「じゃあ、始めるわ。」

彼女が僕に木剣と布を渡した。彼女も同じものを持っている。

「今から行うのは想像力を鍛える訓練。目隠しをしたまま、ゆっくりと木剣で打ち合う。私が剣を振るったら君が剣を振るうっていうのを繰り返す。最初は私からいくわ。」

「ちょっと待って?さっきルールに逆らうことは許されないとか言ってたのになんでグレイさんは逆らってるの?」

「はぁ...質問が多すぎる。面倒くさい。私は元々魔力を持ってたからいいの。」

彼女は目隠しをした。

「ほら、君も早く目隠ししなさい。」

彼女が剣の先を僕に向けて言った。

「はい、目隠ししたけど?」

「じゃあ、いくわね。」

訓練は静かに始まった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


(...今何分経った?)

あれから数分が経過したが、未だにグレイドールが打ち込んでこない。目隠しをするだけで1分が永遠に近く感じる。

(まさか...グレイさん、僕を置いてどっかに行った?)

疑うほどに、静寂だった。風の音だけが耳に入る。

耐えきれなくなって目隠しを取った。

「あの、これ何の意味が...!?」

視線を落とすと、僕の胴スレスレにグレイドールの木剣があった。あと少しで当たるところだ。

グレイドールも目隠しを取った。

「視覚に頼らずとも、周囲を見渡せるようになりなさい。目を閉じていても、まだ耳も鼻も肌も使えるでしょ?エクスタの行使にはそれだけの想像力が要されるの。これがいちばん合理的よ?」

「...ゆっくりやる意味は?」

「本当のスピードだと君が壊れちゃうから。」

「.......再開しよ。」

僕は目隠しをつけた。



(さぁ、どうする?変わらず風は吹いてる。向かい風だ。おそらく距離は2メートル程。さっきの経過時間が5分程度だから、4分後に左右どちらかの胴を守る体勢に...)


トン


「何してるの?」

頭に木剣が当たった。さっきと違うんだけど。

「2連続で同じ場所狙うわけないでしょ。また最初からね。」

僕は木剣を頭上に構えた。

(どうせこの人はまた頭狙ってくるに決まってる...!性格悪そうだし。)


コン


大当たり。剣と剣が当たった音と感覚が伝わった。

(次は僕の番.....!?お、重い...!)

頭上で受け止めた彼女の木剣はとてつもない重さだった。実際にはグレイドールが力を込めているだけだ。

木剣がミシミシと音を立て始めた。

耐えきれずに、僕の体は後ろ向きに倒れた。

「あの、僕のターンは?」

「まともに受け止めるとか正気?そんな戦い方だと剣が壊れるわ。」

知らないよ...剣術なんて教わったことないんだし。

僕は立ち上がり、訓練を再開した。


トン トン トン トン コン トン コン


(いや、無理でしょ。たまにまぐれで当たるけど受け流そうとしても出来ない...。)


よし、逃げよう


僕はそっと目隠しを外し、音を立てないように後退した。


すると、彼女も目隠しを外した。

「逃げようなんて思わないように!」

(くそったれ。)

この訓練は夕方まで続いた。僕は一向に成長出来なかった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


特訓(?)2日目。今日も朝から目隠しチャンバラだ。

僕は目を閉じていても相手の大まかな魔力量を知ることが出来るので、それを利用しようとしたがそもそもグレイドールには魔力がなかった。

とりあえず風を感じてみることにした。

今は体全体に風が当たっている。右からの風だ。つまり、この風が遮られたら僕は右胴を守ればいい。

(全く遮られないな...つまり頭か左胴...。)

僕は姿勢を低くして木剣を頭から左に流すように斜めに持った。

(こうすれば頭への攻撃は初撃で受け流せる。左胴への攻撃は剣を上に上げれば受け流せる...!)

光明が見えた。


トン


右胴、右胴でした。木剣ごときで風が遮られるわけなかった。

グレイドールは目隠しを外した。

「想像力の無さを知力で解決しようとしないで。知力なんて魔法を使うにあたってそんな必要ないんだから。」

そんなの無理に決まってる。

(とりあえず言われた通りにするか...。)

何も見えない中、風の音が聞こえる。もうずっと風の音しか聞いてない。


スッ


なにかの音がした。おそらく衣擦れ━━━━━━━

いや、考えるな。どうせ無駄なんだから。

僕は剣を先程のように構えた。


トン


.....右胴......。

「知力は使わなくても、思考することをやめちゃ...ってどこ行くの!?」

僕は目隠しを外して家に戻った。

(こんなのやってられるか...どうせ意味ないし...!)

そもそも、魔法はこんな馬鹿みたいなことをしなくても使えるんだ。魔力さえあれば使えるものなんだ。想像力?そんなあやふやな力なんか...!

僕は自分の部屋に入って、強く扉を閉めた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


エンドがいなくなった平原で、グレイドールは何かに話しかけた。それは彼女のすぐ隣にいたが、彼女以外でその存在に気付いている者はいなかった。

「エネーギ、どうせ見てるんでしょ?あの子はだめよ、素質が無さすぎる。」

瞬時に、彼女の目の前にエネーギが現れた。

「うん、そうみたいだね。もう本来の路線に戻すべきかもしれないね、ライベール君。」

そう言うと、家の中からライベールが出てきた。

「俺は元からそのつもりだったんだけど〜?」

王宮での彼とはうってかわり、彼は敬語を使わなくなっていた。グレイドールの前でも取り乱さなくなっている。

「あいつに特別な才能なんかはなんも無い。とっととあの二人の言う通りにしておけば良かったんだ。」

「演技はしないの?」

「して欲しい〜?俺したくないんだけど〜?」

「キモかったからいいわ。」

ライベールはため息をついて、グレイドールを指さした。

「じゃ、とっとと真実を伝えに行ってくれない?あの子らはお前らのオモチャじゃないんだからさ〜?」

グレイドールは彼を睨むと、家に入った。

2人きりになったところで、エネーギが口を開いた。

「勇者の素質がないとすれば、ボク達は支援しない。お金は自腹だ。」

「あいつらに借りを作らなくていいのか〜?」

「どうせお前にしか借りは作れないんだろ?まったく、君は王様と英雄様をなんだと思ってるの?」


「ま、戦友くらいには思ってやってるよ〜。」


彼は家に帰って行った。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


部屋で寝ていたら、グレイドールが入ってきた。

「なんで僕の部屋に入ってくるの?邪魔なんだけど?」

「荷物を取りに来た。ここにいる理由が無くなったからね。」

彼女は僕の部屋の壁に立てかけている板剣を取った。

「そうなんだ。結局エクスタは教えないんだ。」

「うん、そもそも私から教わる必要が無い。」

僕はその言葉に激昂した。

「はぁ!?必要だけど!?僕は一刻も早くテレーゼの声を治さないといけないんだ...!なのに...あんたが変なことばかり教えようとするから...!」

「うん、あれはエクスタの行使には関係ない。魔力が多い人間に限った話だけど。」

僕はベッドから起き上がった。

「想像力が...魔力に関係あるの?」

「うん。前に言ったけど魔力は想像を現実に創造する力よ。想像が荒ければ加工の手間がかかるの。逆に想像が鮮明ならば魔法の行使に使う魔力は少なくなる。魔力が少ない人間でも不自由なく魔法を使うために、想像力を活性化させる"呪文"というものが生まれた。...まぁ何年か前に魔導国家から出された魔導書は全くの逆で、想像力を不活性させるものだったりした。おそらく、魔力量による格差を更に広げるため...っと話が脱線しすぎたわね。」

彼女は話をやめ、廊下に板剣を出した。とても興味深い話だったのでもっと聞いておきたかったのだけど。


僕は彼女を引き止めることすら出来ない。


彼女は廊下に出て、扉の取手に手をかけた。

「君は想像力が足りない訳じゃない。足りないものがあるには変わりないけどね。」

彼女は扉を閉め始めた。

「私はまた旅に出るわ。この世界のどこかで、いつか再会出来たらいいわね。」

パタン...と扉が閉まった。

彼女がいたのは3日間だけだが、彼女が僕に与えた影響は大きかった。

僕はまたベッドに寝転がった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


いつの間にか、グレイドールに対する怒りは無くなっていた。それよりも、今は考えなければならないことがある。何が自分に足りないのかだ。

僕は目を閉じて深い思考に入った。

(答えはもう分かってるはずだぞ。)

俺の声がする。

(何?そもそもお前がいなければ...いや、やめとく。)

自分との争いは無意味だ。何も生み出さない。

僕は俺の言葉を踏まえて考え始めた。

(ヒントは沢山あったはず...元々、僕は想像力があるというのに、何故かグレイさんは僕に想像力を鍛える訓練をさせた...。これ、本当によく分からないんだよな...僕には想像力があるのに.....ん?)


僕に想像力があるというなら、何故僕はあのチャンバラで何も出来なかった?


("足りないもの"...それは...?)

僕は、これまでのグレイドールとの会話を遡った。

一昨日の夜まで遡ったところで、答えにたどり着いた。ヒントはあったのだ。


「貧民街で暮らしてきたから学んでないのね...。」


僕には、知力があっても知識がなかった。想像するための材料が全くなかった。

(そうだ!お前は知識がない!よく気づいたな!)

俺の声がした。

(なんだよ...また急に出てきて...)

(あの日の事は反省してる。だが、お前の悩みを俺なら簡単に解決出来る。)

(は?)

なんなんだ前世の僕は。本当にこれが前世の僕なのか?なんでずっと上から目線で話してくるんだ。

(考えてもみろよ?俺がテレーゼの声を壊した張本人だ。ていうことは?)

(...あぁ、お前にはその知識がある...?)

喉を開いて声を壊すなんて、下手しなくても殺しそうな行為を完遂できるのだ。

(まぁ、正確には喉の━━━━━━)

(分かった。もういいよ。つまりお前に任せればこんな訓練もしなくて済んだし、その前のエネーギの問題も答えなくて済んだってこと?)

(そうだ。じゃあ変わるぞ...?いいな?)

僕の体が起き上がった。このまま隣の部屋で寝ているテレーゼの元までいくのだろう。

しかし、僕の体は扉に手をかけた時に止まった。


(だめだ。これは僕の人生だ。僕の現実なんだ。前も言っただろ。)


俺はため息をついた。

(はいはい、分かったよ。まったく、面倒くさいな。でも、それもあと数年で終わりだな。)

(え?何を...?)


(俺の意識はお前と同化するんだ。その時"僕"は今の"俺"と同じ状況になる。宿主が入れ替わるんだ。)


俺は笑ってそう言った。

それは、死ぬことと何が変わらないのか。意識だけはある事くらいか。

(あぁ、そう。)

僕はそうとしか返せなかった。



扉まで歩んでいた僕は、再びベッドに寝転がった。

(なんだか色々あったけど、ひとまず僕が次にやることは知識集め...人体の知識を深めてテレーゼを治す!)

僕は決意を固めた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


朝起きたら、ライベールがグレイドールロスで泣いていた。全員が呆れている。朝食がちょっとしょっぱい。

「あぁ、そういえば」

彼は急に泣き止んで言った。

「君達、来月から学校に通うことが決まったよ〜。」

「え(・д・。)」

「へぇ...。」

「.......」

学校、そこは知識を得られる場である。

今の僕が1番行きたかったところだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る