第15話:想像を現実に創造する方法
期限は無くなった。僕達は2日だけでエネーギの中の正解を引き当てたのだ。僕には何が模範解答なのか分からないけど。
ということで、今からエネーギが呼び出したグレイン・グレイドールという人に魔法を教えて貰うのだ。
「あ、ちょっと待って?まさか王宮で教えろって訳じゃないでしょ?」
「あぁ、うん、そうだね。まずは君達を帰そうか。グレイはこの子達の家に泊まって魔法を教えてね。」
「えぇー!?ほんともう...何があんたをそこまでさせるのか知らないけど...ていうかなんで?ほんとに。」
「あーそれはね、この中の2人が...」
すっかり二人の世界である。僕達はいつまでここに立ってればいいんだ。ライベールはなんかすっごく興奮してるし。息荒すぎ。
「へぇ、この子らがあの剣聖の...。」
そう言って、グレイドールはこちらを見た。
「知っての通り、私は英雄と呼ばれている。剣聖や賢者なんかより遥かに強い。あ、あと勇者より強い。君達の親を倒すことなんか道端の雑草を刈ることになんら変わりないから、剣聖なんかより英雄の方がすごいからね。あ、それよりエネーギの方が強いけど。」
英雄と言えば、かつてライベールから、エネーギの幼なじみだと伝えられていた。本当だったのか。
何も言わない僕たちを見たグレイドールは再びエネーギの方を見た。
「なんで自分の親がボロくそ言われてるのに平気なの?この子達。」
「そりゃ、理由はあっても奴隷として売られたんだし。」
「えぇ...あの人達なにやってんの...。」
ため息をついて、グレイドールがこちらを見た。
「ま、いいや。あんたが教えた方が早いけど、頼まれてやりますよ。」
「ありがと。ところで、そろそろ結婚とかしないの?もう30...」
「まだ違うから。私が好きになる男がいないの。私は相手を好きになってから結婚したいの。」
この人達、僕らのことが視界に入ってないのかな。グレイドールさんはエネーギさんと結婚すればいいじゃん。お似合いだよ。
「まぁ、ここでずっと話してたら彼女の声が戻るのも遅くなる。さっさと送ってあげるよ。」
「え?戻るって...あの子、声無くしたの?」
「あーもう、そういう詳しい話はこの子達に聞いて。じゃ、送るよ。」
そう言って、彼は
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
僕達は家の前の平原に飛ばされた。そこでグレイドールが僕たちに向き直った。
「というわけで、君達に私の専門外の魔法を教えることになった、グレイン・グレイドールです。私が泊まる部屋を用意してください。」
エネーギから離れた途端、急にかしこまった。おそらく、彼女にとってエネーギが心の許せる人なのだろう。結婚した方がいいんじゃない?お似合いだよ。
「あ、あの俺のへ、部屋は1人だし、ひ、広いし、俺の部屋に泊まってきませんかぁ〜!」
ライベールがキモくなってる。いくら英雄といえどもここまでなる?犬みたい。
(犬.....犬といえばジェン・バートン...)
長らく忘れていた。かつて僕達家族の一員だった愛犬、ジェン・バートン。
(元々、亡くなってるかもしれないジェン・バートンを蘇生して、ケイトに魔法に興味を持たせるために行動してたんだよなぁ...そんなことやる必要なかったのに。)
あの時、もしかしたら僕はジェン・バートンに会いたいという気持ちが少なからずあったのかもしれない。
(はぁ...本当は僕のせいだよな...。)
考え直すと、僕がジェン・バートンに会いたいがために帰郷する時、ケイトやテレーゼを巻き込んだせいで、結果としてテレーゼの声が失われたのだという結論が出た。
(でも、考えすぎは良くないな。)
これは空回りの思考だと、心の中ではっきりと気づくことが出来た。これが僕の成長だと思う。
すると、全く話を聞いていなかった僕に、グレイドールが近づいてきた。
「じゃあ、この子の部屋に泊まるとします。」
「んぇ?」
え、どういう経緯?なんであなたと2人、部屋の中で過ごさなければいけないの?ほら見て、あのライベールの顔。僕達の前ではいつもヘラヘラしていて殴りたくなるようなのに今はすごい真顔だよ。
「よろしくね、エンド君。」
「あ?あぁ、え、名前言ったっけ?言いましたっけ?」
「さっき教えてもらったので。」
「あ、あと、僕に敬語は...というか、ここのライベールとかケイトとかテレーゼにも敬語は要らないので。要らないです。」
「あぁ、そう。じゃあ君達も敬語はいらないよ。」
そう言って、グレイドールは子供達の方を見た。ライベールの方は見ていない。
「あの...俺は...?」
「私のファンなら自分の家に私が泊まるってだけで気絶しますよ?ファンならこれ以上を求めないで下さい。」
自分のことが好きな人は突き放すのか...。それだからまだ結婚出来てないんじゃ...?
「ま、そういうことで明日から教えてあげるから、今日はもう休みましょ?」
そう言って、彼女はいの一番に家へと入っていった。
「 へぇ〜案外広いのね。」
彼女はリビングで辺りを見回しながら言った。というか、彼女が背負っている鉄板のようなもののせいでいつもより狭く感じる。
「ねぇグレイさん、そのでっかいのは何?」
「おおぃ!?エンド君!?君は
(.....大の大人が...大人気ないな...。)
グレイドールがライベールと僕の間に割って入った。
「これはね、板剣というんだ。私はまだ、この剣の真の力とやらを引き出せていないけど、それでも十分に戦えるんだ。」
「あ、あぁ...そう。」
それが剣だということは分かった。剣にしては横に広すぎるし、刃が研がれてないし、ていうかこれ普通に鉄板にしか見えない。
グレイドールはカニ歩きしながら2階に上がって行った。
「ねぇ、どれが君の部屋?」
「奥から二番目の...あ、その部屋。」
彼女は扉を開けた。
「え、広いじゃない!ここを1人で?」
「そんな広い?これ一人部屋なんだけど。」
「二人部屋だよ。」
「え?」
再びライベールが口を開いた。
「二人部屋だよ、元々はね。でもね、女子は女子、男子は男子、男は男で分けた方がいいんじゃないかと思ってね、でも客人を前にしたらそんなことは言えない。客人には礼儀を持って接するべきだと思うわけなんだよ。」
(お、案外まともな事を言ってるぞ。)
「だからね、俺とエンド君がその部屋を使います。グレイドールさん、あなたが俺の部屋を使ってください!」
(...あぁ、そういう魂胆か。自分以外の誰かが同室になるのなら、誰も同室にならない方がマシだと考えたのか。)
(キモ...キモすぎる...ケイトもテレーゼも引いてるよ...テレーゼなんか紙に(ᯅ̈ )なんて書いてるよ...なにそれ。)
「いや、私は決めた事は曲げないので。ていうかキモイです。」
彼女の「キモイ」の一言で、彼は後ろによろけた。ここは2階の廊下なので、もちろん彼は階段から転げ落ちた。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
もう夜だ。先程の夕食の時、グレイドールがライベールの料理が美味いと言った時、彼はあやうく昇天しかけていた。そんなに英雄が好きなのか...。それにしても異常すぎるけど。
僕は自分の部屋のベッドに寝転がり、今日の出来事を反芻していた。
すると、誰かが僕の部屋に入ってきた。
「やぁ、エンド君。」
そこには、ここにいるはずのない者がいた。
(え、エネーギ!?なんでここに!?)
「転移して来た。ところで君、うちのグレイと同室だってね?」
「あ、はい、そうですけど?」
「うちの」グレイとは一体...。
彼は大きく息を吸った。
「彼女は!年下に!興味が無い!勘違いしても!無意味だからね!変な気を!起こすなよ!」
「え、それ僕に言いますか?10歳ですよ?ライベールとかの方が僕より危険ですよ?」
エネーギが謎に怒っていた。おそらく彼はグレイドールのことが好きだ。
「っていうかなんで知ってるんですか!?」
「君たちの動向はずっと監視してるからね。」
(王様...なんでそんなことしてるんですか...もっと仕事とかあるでしょ...)
「あっ!」彼は僕の心を読んだらしく、その事を思い出した。
「仕事終わってない...帰らないと...。あ、とにかく、変な気を起こさないように!」
「10歳の子供に何言ってるんですかほんと...」
一瞬で彼の姿が消えた。王宮に転移したのだろう。それと同タイミングで、先程まで風呂に入っていたグレイドールが部屋に来た。
「風呂、空いたよ?」
「いや、先にケイト達が入るんで。」
彼女が髪を拭きながら僕の隣に座る。いや、なんで僕の隣に座るんだ。さっきあんなこと言われたばかりだから意識しちゃうよ〜!
(んなわけあるか。この人一応20代後半だぞ。)
王宮でエネーギに「もうすぐ30」と言われていたので、彼女は28か29歳だ。年の差最高19歳。恋愛感情なんて湧くはずもない。
ただ、それにしては顔が若い。18歳は言い過ぎだけど20歳ならまだ分かる。そして綺麗な灰髪。世の男性(特にライベール)を狂わせるわけだ。灰色の髪というのはかなり希少だ。僕や父さん、ライベールは黒髪、ケイトやお母さん、エネーギは金髪、テレーゼは茶髪だ。あの貧民街のほとんどの人が黒髪か茶髪、もしくは赤毛だった。王都をちょっと覗いた時も、金髪や茶髪は多くいたけれど灰髪なんて一人もいなかった。
その場での希少性が高ければモテるのだ。珍しい灰髪、若く整った顔、そして英雄としての強さ、これらを併せ持つ彼女は分かりやすくこの世に一人しかいない。
(でも、僕もケイトもテレーゼもこの世に一人しかいない。)
その事実があっても、人々はより珍しいものを求める。
「それが嫌なのよね〜、私の事を物珍しいからって好きになる奴ら。」
「はぁ。」
と、僕は彼女の話を聞いていた。モテ自慢、希少性自慢にしか聞こえなかった。
(この人は英雄なんじゃないの...。)
ただの幸薄な人にしか見えない。しかもわがまま。酒でも入ってるのかな?
とりあえず、このままおばさんの婚期の話ばかり聞いてると僕まで幸薄になりそうなので、とりあえず話題を変えよう。
「そういえば、グレイさんってなんで一瞬で王宮まで来れたの?」
エネーギが転移魔法で連れてきたのだとしたら「来て」なんか言わないし詠唱もしていなかった。無詠唱で呼んだ可能性も否定しきれないけど、不可解なのはその後なんだ。エネーギが手を振り下ろした瞬間、彼女がエネーギの頭に手をポンと置いたのだ。この動作の意味が、転移魔法では説明しきれない。
「あぁ、じゃあはい。」
彼女がそう言って右手を出した。
「ん?」
「ここ、叩いてみて?まぁまぁ強めで。」
僕は言われるままに彼女の右手を叩いた。
すると、いつの間にか僕の手が彼女に叩かれていた。痛い。
「え?」
「これが私の力。構えていなくても、攻撃された相手さえ分かればカウンターできるの。次はちょっと離れるわね。」
そう言って彼女は立ち上がり、僕から3メートルほど離れた。
「なんか投げてみて?」
僕は言われるままに、手元にあった本を投げ、それは見事に彼女の背中へと当たった。
しかし、いつの間にか目の前から彼女が消えており、僕の背中に鈍い衝撃が走った。思わず僕は前のめりに倒れた。後ろを見ると、彼女と彼女に投げたはずの本があった。
「いやー本投げるからカウンターしようか迷っちゃったよ。」
迷ってもカウンターできるのか...。
「これが私のカウンターという力。離れた誰かに攻撃されたら、その人のところまで移動して同じ攻撃を食らわせる、私の最強の盾。これがあるから私は鎧を着ないの。」
あ、そういえば彼女、エネーギに呼び出された時も鎧着てなかったな...。ずっと気になってたことだ。
「なんかそれあれば敵無しじゃないの?」
「...いえ?毒とかは効くわ。それと、体内に入られたらカウンターしようにもできないわね...。」
果たして体内に入ってくる敵がいるのか。
ともかく、彼女にはあらゆる攻撃が通じないということが分かった。
「それってなんかの魔法?」
「?いや...え?」
僕の質問に彼女は疑念を抱いたようだった。
「え?なんかおかしい?」
「いや、おかしいも何も...あ、そうか、貧民街で暮らしてきたから学んでないのね...。」
彼女はブツブツ独り言を言うとベッドに座った。僕もそれにつられて座った。
「あのね、魔法っていうのは想像を現実に創造する方法なの。」
「想像を...創造...」
音が同じで一瞬分からなかった。
「だからね、魔法を行使するにはまず頭の中で想像しないといけない。ついでにいうと、想像力が高ければ魔法の威力も高くなる。魔法とは、自己の魔力を用いて行う想像なの。私のカウンターはそもそも私自身の力だし、想像しようとして簡単にできるような事じゃない。戦場でそんな余裕ない。」
「へぇー。」
魔法について全く知らなかったので、こうして教えて貰えてありがたかった。ケイトの魔法の技術向上も図れる。
彼女は話つかれたのか、そのままベッドに寝転がった。
「一つ聞いていい?」
僕は彼女に問いかけた。
「え?なに?私もう眠いんだけど...。」
「剣聖と賢者と英雄について教えてほしいんだけど。」
彼女は寝転がったまま僕の質問に答えた。
「一般常識で答えると、剣聖は「地上最も巧みな剣技と名剣を持つ者」で、賢者は「地上最も賢く、あらゆる魔法に長けている者」で、英雄は「人類の窮地を救った者」ね。私は魔王を単独で撃破したから英雄って呼ばれてる。」
「...一般常識っていうことは一般には知られてないことがあるって事?」
「うん...まぁ、あるにはあるけどね...これを言っちゃっていいかわかんないのよね。」
彼女は歯切れが悪そうだった。
「言っていいよ。誰にも言わないから。」
彼女はそれを聞いても尚、歯切れが悪そうにした。彼女は「うーん...」と悩んだが、最終的には折れて、言うことに決めた。
「英雄は一般常識まんまだけど、剣聖と賢者はただ武器に選ばれただけの凡人で、剣技とか賢いとか魔法に長けてるとかは全部武器によるものであって、その人に元から備わってるものじゃないの。つまるところ、エンド君の両親は私からすれば全く凄くないし強くもないの。まぁ、だからエネーギも私もその2人が嫌いなんだけど。」
「え?なんでそれで嫌いになるの?グレイさんやエネーギさんより弱いし別に性格が悪いってこともなかったし...」
彼女は呆れたように言った。
「...あの二人は何の努力もせずに強くなってんのよ?私がここまで強くなるのにどれだけの物を犠牲にしたと思ってるのよ。」
(知らないけども、でも、グレイドールも強力なカウンターを持っている。自分の元から備わってる能力はよくて、他人がたまたま武器に選ばれて力を貰うのはダメとか...ろくでなしだなこの英雄は。)
僕は心の中でそう思った。
ろくでなしは僕の方だった。
「私はね、毎日毎日複数箇所を骨折するような過酷な修行を何年も何年も続けて、そして一生分の魔力を代償に能力を手に入れたの。全ては魔王を倒すためにね。エネーギはそんな私を見てられなくて、目的もなく私と一緒に修行したの。結果として、あいつは無限に近い魔力を手に入れて1つの魔法しか使えなくなった...。とにかく、普通、大きな力を得るためにはその分の努力や代償が必要なの。それもなしに無条件で力が使えるのは狡すぎて嫌いなの。分かった?」
僕は、この寝っ転がっている彼女の境遇も知らずに勝手に「ろくでなしだな」とか「ほんとに英雄なのか?」とか思っていたのだ。恥ずかしい。
「...分かったよ。」
「じゃ、寝るよ。」
彼女は僕のベッドに横になった。
(ちょっとは躊躇って欲しいな...あくまで僕のベッドなんだから...あなたの物じゃないんだから...)
すると、彼女は僕を見て
「え?一緒に寝ないの?」
と言った。
ここで、補足を入れておきたい。
グレイン・グレイドールは最高で29歳である。また、僕の母親は確か34歳だ。
これはもはや母親と添い寝するのと変わりないのではないか?いや、別にいいけどもね?顔は20歳くらいだし...って20歳でも10歳差だ。逆に29歳の男性と10歳の女子が添い寝すると考えてみたら...?うん、キツイな。
というか、そもそも
「あ、僕風呂行ってきます」
まだ風呂に入っていなかった。
「じゃあ、先に寝てるから〜」
そう言って彼女は目を閉じた。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
風呂から上がった後、僕は自分の部屋ではなくライベールの部屋に向かった。
ノックしようか迷ったけど、僕とライベールの間柄なので必要ないはずだ。
僕はドアを蹴り破った。
「わっふ!?」
ライベールが馬鹿みたいな悲鳴を上げた。彼は僕が来るまで何かを書いていたのか、椅子に座り、机に向かっていた。
「え?何?エンド君?は?」
(「は?」ってなんだよ。)
状況を理解すると、彼は急に不機嫌そうになった。
「あーはいはい、何か用?英雄様と同室のエンド君?」
どれだけ根に持っているのだろうか。僕は呆れて溜息をつきながら言った。
「こっちで寝ていい?」
ライベールは数秒の間、動かなかった。
彼は椅子から立ち上がって僕の目の前まで来た。なぜかずっと真顔だ。彼は僕の目線まで姿勢を低くして言った。
「...愛してる。」
彼の目は涙で潤んでいた。
気持ち悪かったので、部屋から出て、ケイトとテレーゼに頼み込んで今夜は3人で寝た。
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