第14話:二人だけの物語なら
期限まであと五日。
外は雨が降っている。ケイトが帰ってきた昼過ぎ、エンドはケイトに自分の考えを伝えることにした。
「.....ていう訳で、死んでもいい人間は見つけないことに決めたの。もう勝手な行動しないでね?」
彼女は納得できないという表情をしていた。
「...お兄ちゃん、なんで私が探そうとしてたか分かる?」
「え...?あっエネーギの魔法が欲しかったから...!」
(そうだ、ケイトは一度もテレーゼのために魔法を教わりたいなんて言ってない...!テレーゼのために魔法を学ぶのは一人で十分だし...。ケイトは自分のためにやってるんだ...!)
「は?ちがうし、そんなクズじゃないけど?」
あっさり否定された。「クズ」なんて言葉、どこで学んだんだ。
「えっじゃあどうして...?普通にテレーゼの声を治すため?」
「それもあるけど、ちがう。」
(...なんだ?話が見えてこないぞ...?自分のためでもテレーゼのためでもないなら...)
「もしかしてライベールの...」
「ちがう!私はお兄ちゃんのためにやろうとしてたの!なんでわかんないの!?」
(は?いや、そんなん知らないし...)
僕は、口から出そうになったその言葉を呑み込んだ。
「そうなんだ、ありがとうね。」
「.....」
ケイトが黙って僕のことをじっと見つめてきた。
「...なに?」
「.......」
「え?なに?え、なんで黙ってるの?」
ケイトが椅子から立ち上がり、僕の座ってるところまで来た。突然、彼女の拳が僕の頬を直撃した。僕はリビングの窓を突き破り、雨の降っている外に吹き飛ばされる。テレーゼも、ライベールも唖然としてる。
「痛ァ!?え!?なに!?ほんとになに!?」
「知らない!嫌い!もう!」
そう言って、ケイトはダンダンと階段を登っていった。
「ほんとになんなんだって...。」
僕は地べたに座って頭を搔いた。お尻が濡れて変な感じになった。下着変えないと。
僕は立ち上がった。地面にはガラスの破片が散らばっている。尻を払って背中を確認したが、僕の身体には傷一つなかった。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「いやーすっごいふっとんだな〜。」
リビングにはテレーゼとライベールが残っていた。ライベールは壁を修復している。エンドは風呂に入っている。
「そうですね。あの子、あんな力があるなんて。」
ライベールが、修復の手を止めた。
「...力ってただの筋力とでも思ってる?」
「...?そうじゃないんですか?」
「あれは魔法だよ、身体を強化する魔法。それで筋力を上げたんだ、あの子。」
「そうなんですか。」
そこで二人の会話は止まった。少し気まずい空気が流れる。ライベールがその空気に耐えきれなくなったのか、口を開いた。
「いやーでも、なんでエンドは怪我しなかったんだろうね〜?」
「確かにそうですね。」
テレーゼは文字を書いて伝えているので、ライベールは彼女の感情が読めない。
「あー、あっ魔法だ!魔法じゃないかな〜?あの子がエンド君の防御力を上げたんだよ!だから怪我をしなかったんだね〜。」
「なるほど。」
ここでまた、二人の会話が止まった。
(なんでこの子...俺にずっと敬語なんだ...。)
そんな事を考えていたら、エンドが風呂からあがってきた。
「あ、おいエンド〜どうするんだ〜?」
「あーちょっと今考え事してるから。」
そう言って、彼は2階に上がっていった。
(俺をテレーゼ君と二人にしないでくれ...!)
目の前の彼女は自分の部屋に戻る素振りすら見せない。
「あー...テレーゼ君...なんで俺にずっと敬語を使ってるの...かなー?」
「恩人なので。」
「...敬語は外していいよ...感情が読めないし...。ところで、文字を書く速度上がった?」
「練習したからよ。」
「.......」
敬語を外しても感情が読めない...。
彼はテレーゼの紙とペンを借りて絵を描き始めた。
「結構前、知り合いの手帳を見た時にこれが書いてあったんだよね〜。顔文字って言うらしいよ〜。」
そこには、「\(^o^)/」と書いてあった。
「ほら、数字とかかっことかを使って顔を書くんだ。俺にもよく分からない記号があるけど、それはそいつの故郷の文字とか記号らしいんだ。」
ライベールはあるノートを手渡した。表紙には「異世界日記」と書かれていた。
「そこに色々書いてあるから、参考にして使いなよ。文面だけだと感情が読めないからね〜。」
「ありがとう(*´︶`*)」
早速、テレーゼは顔文字を使った。
「うん、それがいい。声が戻るまでの辛抱だね。」
その顔文字は彼女の本当の表情を映し出していた。
「じゃ、俺も部屋にもどろっかな〜。」
「待って(つ`・ω・´)っ」
よっこらしょと席を立ったところをテレーゼに腕を掴まれて止められた。
「え、なに?」
「あたしってどうしたら...(´・ω・`)」
「...そんなの自分で決めること...なんだけどね〜...。」
現在のこの何もしないという選択は、エネーギ曰く「ハズレの道」だ。なにかしらアクションを起こさせるべきなのかもしれない。
「そうだな...これからの行動のアドバイスになるかも分からないけど...現在のエンド君は間違ってる、とだけ言っておくよ。だからといって君やケイト君が必ずしも正しいわけじゃないけど〜。」
そう言ってライベールは階段を登って自室に入っていった。
「?( 'ᵕ' )?」
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
エンドは浴室で殴られた左頬を触った。
(うーん...あの時は痛いって思ったけど今はなんともなってない...)
おそらく、ケイトは自身を強化する魔法を使って殴った。だから僕の顔の骨は折れててもおかしくない。ついでにガラスの破片が背中に刺さっていてもおかしくない。というかそれが普通だ。
(つまり、僕にも強化魔法を使って身体を丈夫にした...とか?ただイラついただけなら僕に強化魔法なんか使わないよな...?)
ただイラついただけではないとしたら?
(.......)
僕は風呂から出て自室に戻った。
ベッドに横になり、深い思考へと潜る。
(あの時、ケイトは僕の感謝の言葉を聞いて殴ってきた...もしかしたら嘘だって分かったのか...?いやでも、それが嘘だってわかったとしても怒るほどの事じゃないよな...?殴るほどのことじゃない...。あの時、ケイトはなんて言ってた?僕のため?意味がわからない。僕はケイトとテレーゼとライベール...ライベールは違うけど、その2人のために行動してるのにケイトが僕のためを思って行動するとか...。普通に大人しくしてることが僕のためになるのに...僕の言うことが聞けないの...?)
あ、これはダメだ。
僕はあの2人の事を考えて行動してるんだから、そんなふうに考えちゃダメだ。
突然、バンっとドアを開けてテレーゼが僕の部屋に入ってきた。
「え?何?テレーゼ姉?」
「話したいことがあるんだけど(`・ω・´)」
「え、なにその顔...って話したいことって何?」
「エンドは間違ってるらしいわよ」
「え?」
彼女はもう用事が終わったらしく、さっさと僕の部屋から出ていった。
(え、それだけ!?ていうか間違ってるって何!?え??ほんとにそれだけなの??)
それだけでした。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
テレーゼが自室に戻った時、ケイトはベッドの上で不貞腐れていた。こういうところは兄妹で似ている。
「テレーゼ姉...テレ...テレ姉...」
「テレ姉って何よ(。´・ω・)」
「え、なにそれ...かわいい。」
「顔文字って言うらしいわよ(`・ω・´)」
ケイトは興味津々そうにテレーゼを見た。
「へー...それ、教えて?」
「いいわよ(`・ω・´)」
テレーゼは、ベッドにライベールから貰ったノートを広げた。そこには無数の顔文字が書いてある。ケイトはそれに目を輝やかせていた。
ふと、テレーゼは、こんなことをしていていいのかと思った。ライベールさんによると現在のエンドは間違っているらしいから、早く何か行動を起こさせないといけない。彼らを正しい方向へ向かわせるのはあたしの仕事だ。
(正しい方向って、あたしの声を治すこと...?それをやらせようなんて、あたしってほんと自分本位だわ...。)
エンドはあたしのためにあたしの声を治そうとしている。ケイトはエンドのためだけど、あたしの声を治そうとしている。本当にあたしだけが何もしてない。
(何か...何かしないと...)
そうやって焦って行動したせいで、エンドを困惑させてしまったのだけれど。
テレーゼはケイトの肩を叩いた。
「ライベールさんによると、エンドは間違ってるらしいよ」
「...うん、知ってる。」
ケイトはノートからあたしに視線を移した。
「私はお兄ちゃんの妹だから、この世で私よりお兄ちゃんの事を知ってる人はいないよ。」
「じゃあなんで間違ってるのかって詳しく説明できる?」
「うん、でもいつものお兄ちゃんならもう分かってるはずなの...いつもの頭がいいお兄ちゃんなら。」
「え?(・д・。)」
「今のお兄ちゃんはどこかおかしいの。なんか、追い詰められてるっていうか...追い詰められて...焦って...そのせいで、空回りしちゃってる。」
「そう?別にいつも通りにみえたけど。」
「だってさ、お兄ちゃんは家を出たちょっと後にすぐ戻ってきたんでしょ?そんなにコロコロ意見って変わるの?」
「変わるんじゃない?」
「え、うーん...。」
ケイトは考え込んでしまった。
「とにかく、お兄ちゃんは変なの!!」
そう言ってケイトはベッドを叩いた。
「ていうか、あたしはケイトの方が変に見えたよ?朝とか、なんであんなに怒ってたの?(。´・ω・)」
「あー...お兄ちゃん、私がどういう思いでやろうとしてるのかっていうのを知らずに勝手に納得してたから。もっと私の気持ちを考えてよって思ったの。まぁ、怪我したら怖いから防御魔法をかけてあげたけど。」
それを聞いて、テレーゼはこれまで自分の胸の内に秘めていた事実を話し始めた。
「あたしもよ。だってあたしは━━━━━━━」
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「お兄ちゃん、テレーゼ姉から話があるって。」
「あぁ、ちょうど僕もこれからについて話したかったんだ。」
テレーゼが僕の部屋に入ってきた。ケイトは扉を閉めて自分の部屋に戻って行った。
彼女は僕の隣に座った。
「じゃあ、どっちから話す?」
「そっちからで。」
「分かった。まず、明日、僕はエネーギ王の所まで行く。今の何もしてない状態が間違ってるとしたら、何かしらの行動はした方がいいかなって思ったからね。」
「ふーん。あたし達は?」
「ここにいて。僕だけでやるから。」
そう言うと、テレーゼは怒りを顕にした。
「あんたはなんなの!?あたしとかケイトとかに気を使ってますよ、みたいな態度とってさ、あたしは早く声を治して欲しいの!人を殺してでも!」
「え!?」
「だって、元はあんた...」
そこまで書いて、消した。
「文字を書いて会話するのがどれだけめんどくさいか分かる!?感情も伝わりにくいし、あたしは早く声で会話したいの!」
それを聞いて、エンドは衝撃を受けた。
(知らなかった...そんなことを思ってたなんて...)
エンドは相手の立場に立って考えるということをしてこなかった。テレーゼのことは、声を失っても相手を気遣うことができる毅い人だとしか考えていなかった。数ある彼女の側面から、その一面だけしか見ていなかったのだ。
「あたし達はエンドの理想の、想像の中のあたし達じゃない。あんたはあたしがこう考えているだろう、こう思っているだろうっていう予想で行動してきたの。あたしの本当の思いも知らずに。」
「...その、本当の思いって...?」
彼女は、一度消した事をもう一度書いた。
「元はと言えば、あんたのせいじゃない。あんたがあたしの気持ちを汲めなかったからじゃない。あたしは声を失ってずっと生きていけるほど毅くないのかもしれない、耐えられないかもしれない、そんな事も考えずに、自分のことしか考えずにいるから、大事なところで大きなミスをするの。」
彼女は、書いててこれは自分の事だとも思った。あたしこそ自分のことしか考えていない。自分の声を治そうとしている彼に、またあたしの理想を押し付けて...。
でも、彼は毅い。彼に任せれば全て上手くいくと思っている。これはあたしの身勝手な理想だけど...。
エンドが口を開いた。
「そんなこと言って、元々、テレーゼが声を殺せなんて言うから...!たしかに僕はやったけど...でも、でもさぁ!?なんでそれで僕のせいになるの!?おかしいよ!?だってやれって言ったのはそっちじゃん.....。」
テレーゼの理想は幻想だった。エンドの理想も幻想だった。お互いがお互いを過大評価していたのだ。エンドが決めていたこれからの行動は考え直しになり、互いの互いの見方も変わり、そして、これから二人は双曲線のように交わることなく、離れ、関係も薄れていくのであった。
ただ、これが二人だけの物語ならだが。
バンっと扉が開いた。ケイトが開けたのだ。彼女は隣の部屋で盗み聞きしていたのだ。
「この...クズどもが!!!」
ケイトが扉から瞬時にベッドまで移動し、二人まとめて回し蹴りを食らわせた。
「え...ケイト?なんで...?」
「なんでもくそもない!なんで二人はそうやって空回りするの!?単純に、相手が自分の理想だってことでいいのに!簡単なことじゃん!!理解とか...そんなの要らないの!!誰かに何か言われたからって自分の意見を変えない!自分を貫き通すことが出来ないの!?」
その時、エンドは昨日の出発後にライベールとの会話を思い出していた。
(あぁ、僕、あの会話で空回りして、勘違いしてたのか。誰に何を言われても、自分の想像の話よりも、自分がやりたいことを、自分を貫き通すことが大事なのか...。)
じゃあ、僕がやりたいことは?
テレーゼの声を治すことに他ならない。
「今はまだ昼だからね、今から王様に会いに行こう。」
雨はもうやんでいた。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
(思ったより早かった...か。)
王宮に、あの子供たちがやってきた。ライベールも一応付き添いでいるが、ここに来たのは自分たちの意志だと、目を見ればわかった。
「で、死んでもいい人間はどこに?」
エンドは口を開いた。
「そんな人、いません。」
「はぁ。で、何?まさか犯罪者とか、自分に害を為すような人も死んじゃダメだって言うの?その考えは甘いよ?」
「そう、甘いんです。僕は甘い。だから、僕は僕の理想を貫くんです。世界がこうならいいとか、相手がこう思ってたらいいとか。」
「ふーん...僕は僕の理想を...ね。」
エネーギは王座から降り、エンドの前まで来た。
「その理想、それが幻想に終わったら?君はどうするんだ?」
「知りません。ただ、僕は理想を求めて生きてるわけじゃないんです。理想を見れるのは、現実を同じくらい見てきたからなんです。僕は、理想に恋焦がれて、憧れることしか出来ずにいるより、現実で戦う...戦うために生きてるんです。理想を貫くのは、現実の延長線上であって、理想の中で理想を貫く訳じゃないんです。」
「ふーん...長すぎてよくわかんないけど、つまり君は理想が幻想に終わっても...いや、自分の理想は幻想に終わることがないって言ってるのか。」
「はい。」
すると、エネーギは少し悩んだ素振りを見せ、王座に戻った。
「うーん...ま、合格...か...?でもな...もっと...」
「エネーギ王」突然、付き添いのライベールが口を開いた。
「この3人はたった2日という速さで答えにたどり着いたんです。これ以上を求めるより先に、まず賞賛した方が良いのでは?」
「うるさい、黙ってろ。この子らはやがて、ボクの国の武器になる。今のうちに育てられるだけ育てたいんだ。」
(暴君だ...)
「エンド君、別にボクは暴君じゃない。むしろ君たちを成長させようとしているのだ。暴君というのは民を苦しませるものであって民を手助けする...」
「はいはい、エネーギ王、黙ってこの子達にあの魔法を教えてあげたらどうなんですか?」
エネーギは立ち上がった。
「よし、分かった。教えよう。ただ、ボクが個人的に教えたとなるとちょっと世間の目が怖いっていうか、曲がりなりにも王様だし...ね?」
彼は手を上げた。
「グレイ!来て!」
彼がそう言って手を振り下ろした。
その瞬間、エネーギの頭に手を振り下ろしている者がいた。灰色の髪をした女性で、20代くらいにみえる。というか、それより気になるのは彼女が背負っている鉄板のようなものだ。
「え?何?なんで呼んだの?」
「この、女性が君たちに教えてくれるよ!」
彼女は困惑してエネーギを見た。
「え、何を?」
エネーギは彼女の方を見た。
「エクスタ」
「あんたが教えなよ。」
「いやー...国王だし...ね?」
「はぁ。」
彼女は僕たちの方を見た。
「どうも、グレイン・グレイドールです。こいつに頼まれて、みんなに魔法を教える羽目になりました。よろしく。」
エネーギに対して横柄な態度をとる彼女の姿に、ライベールは驚愕を隠せていなかった。なぜなら彼女は、世間では"英雄"と呼ばれている女性だったからだ。
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