第13話:ディスペル


魔封じの腕輪、というものがある。嵌めると魔法が一切使えなくなってしまう効果をもつ魔道具だ。

ラーラード国の奴隷商ラーガンは、魔法使いの奴隷を捕まえるためにそれを数個調達していた。

彼はとある奴隷達に逃げられた数日後、王都で散策をしていた時に、数日前まで奴隷として捕らえていた少女を見つけた。

唐突だが、彼は大陸中でとても有名な商人であり、数々の商品たちを見てきたその目は、とても特異な審美眼となっていた。彼の目はあらゆる情報を見る。才能も、魔力量も全てを見抜く。

一か月前は魔力がほとんどなかった少女が、目の前にいる少女が、強大な魔力を持っていることを、彼は見抜いた。

咄嗟に、彼はたまたま鞄に入っていた腕輪に手をかけた。


彼女を売れば、大金になる。


彼女はまだこちらに気づいていない。立ち止まって街を眺めている。隙だらけだ。

片手に腕輪を持ち、気配を殺して彼女に忍び寄る。


「みつけた」


その一言が聞こえた時、ラーガンは既に口と手足を封じられていた。

「...!?.....!...!」

「おじさんの魔力、どこかで感じたことがあるって思ったら、牢屋の...」

彼は、必死に逃げようとした。私は、とんでもないものに手を出してしまったのだと、後悔した。

そこで彼の意識は途切れた。

「まったく、逃げようとしないでよ。」

彼女は、その身からは想像できない力で彼を持ち上げた。身体を強化する魔法を使っている。

彼女は、彼を持ち上げたまま、王宮へ向かった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


「お嬢ちゃん、ちょっとそこまで来てくれないかな?」

大通りを歩いていたら二人組の兵士に捕まった。少女が、気絶した成人済みの小太りの男性を抱えながら歩いているのだからまぁ当然ではある。

「なんで?私、急いでるんだけど。」

「それ、お父さん?飲み潰れちゃったのかな?」

「ちがう、気絶させた。」

二人が顔を見合わせた。彼らは笑みを作り、

「ちょっとそこの駐在所まで来てくれるかな?少しだけだから。」

と言った。

ケイトは「少しくらいなら...」と言って、駐在所まで向かった。



「お嬢ちゃん、名前は?」

駐在所で二人組の兵士の一人に質問された。簡単な質問に答えて欲しいと言われたのだ。

「お兄ちゃんに自分の名前は言うなって言われてる。」

「...じゃあ、お兄ちゃんの名前は?」

「エンド。」

質問をしている兵士のもう片方がメモを取った。

「年齢は?」

「...?ねんれい?」

「何歳?」

「教えるなってお兄ちゃんに言われてる。」

「...じゃあ、お兄ちゃんの歳は?」

「10歳。」

質問をしている兵士のもう片方がメモを取った。そして、思った(お兄ちゃんのことは言っていいの!?)と。

「じゃあ、君の保護者の名前は?」

「.....ほごしゃ?」

「お父さんとお母さんの名前は分かる?」

「えーっと...お父さんがベイル...?で、お母さんがカーネーションだったかな?」

そう言った時、メモを取っていた方の兵士が椅子をガタッと揺らし、立ち上がった。

「ベイルとカーネーションって...あの...!」

「落ち着け、まだ確定はしてない。というかそもそもありえない。」

動揺した兵士を、もう片方がなだめた。そもそも剣聖と賢者の間に子供がいるという情報は一般に公開されていない。剣聖と賢者と同名の二人の間の子供というだけだと考えられる。


「お父さんは剣聖って呼ばれててお母さんは賢者って呼ばれてるみたい。」

「.......」


メモを取っている方の兵士が質問をする方の兵士を見た。質問をする方の兵士もメモを取っている方の兵士を見た。そして、質問をする方の兵士がケイトを見た。

「...ところでなんだけど、君が担いでたあの人はだれ?」

「え?私とお兄ちゃんとお姉ちゃんを閉じ込めてたおじさんだけど?」

「五人家族か...いや、違う。そうなんだ、悪い人だったんだね。」

「うん、その人はいまどこにいるの?」

「一応、治療館まで運んで様子を診てるところだと思うよ?」

治療館というのは、病気などの回復魔法で治療できないような症状をもつ患者のための施設で、病院とほとんど変わらない。

「ふーん...それってどこにあるの?」

「えー...少なくともこの近くにはないよ?5kmくらい離れた場所にあるけど。」

ケイトは少し考えた。

(あの人を探すのはめんどくさいな...なるべく近くで済ませたいな...あ、)

目の前にいた。私にとって死んでも死ななくても変わらない人間が。

拘束する魔法バインディング

たちまち、目の前の兵士が簀巻き状態になる。

「あー...もう片方はいらないな...でも見られちゃったからな...。」

拘束されていない方の兵士は、咄嗟に壁にあるボタンを押した。緊急通報用のボタンだ。

その兵士はその数瞬後に簀巻きにされた。

が、彼の判断に間違いはなかった。

緊急通報に十何名かの兵士が転移する魔法テレポートで駆けつけていた。

(あ...まずいかも...?)

彼女は迂闊に行動したことを後悔した。しかし、これくらいは空を飛んで逃げればなんとかなる。

魔法を妨害する魔法ディスペル

兵士の一人がケイトに向かって唱えた。これにより、彼女の魔法は封じられてしまった。

万事休す、だ。

眠らせる魔法シェイク

彼女は兵士に連れられ、軍の取り調べ室まで連れて行かれた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


取り調べ室には机と椅子しか無かった。ケイトには大した拘束はされず、魔封じの腕輪などのアイテムも付けられなかった。が、取り調べ室全体に魔法を妨害する魔法ディスペルがかけられているので、魔法が使えないということには変わり無かった。

「えーっと、今から少し質問をするから、それに答えてね〜。」

中年の兵士がそう言った。魔力は無いが相当強そうだ。

「えー...まず、君と剣聖の関係は何かな?」

「親子ですけど...?」

「......ちょっと?これちゃんと作動してる?」

男が、後ろに控えていた若い兵士に話しかけた。

「はい、ちゃんと作動してるはずですが...。」

「...じゃあ本当にこの子が剣聖の子ってこと?」

「.....」

若い兵士が確認に、部屋から出てどこかへ向かった。その時、一瞬だけ魔法を妨害する魔法ディスペルがきれた気がした。

(扉が開けば魔法が使えるんだ...)

彼女は、若い兵士の帰還のタイミングで逃げられるように構えた。

それを見た中年の兵士が言った。

「おい、逃げようなんて考えちゃダメだからな?今は誰も怪我人が居ないし、君が若いから罪には問わないつもりなんだ。下手に動いたらそれこそ監獄行きだからね?」

「別に...逃げようなんて考えてる。」

(!?)

自然と口から本音が出ていた。なるほど、あの若い兵士が確認しに行ったのはこれか。おそらく本当の事しか話せなくなる魔法...。

「驚いたかい?この部屋にはね、魔法を妨害する魔法と真実しか話せなくなる魔法がかけられてるんだ。嘘なんてつけないからね?」

(ま、ここで嘘をついても意味ないし...)

すると、若い兵士が取り調べ室の扉を開けた。急いでいたのか息が切れている。

「はぁ、あの、その子が、あのっ」

「なんだ?落ち着いて喋れ。」

若い男は深呼吸して息を整えた。

「あの、その子が最初に捕まえてたっていう小太りの男が、奴隷商のラーガンらしくて...」

中年の男がケイトを見た。

「で、その人に現在取り調べをしてる人曰く、その人が「逃げた商品を取り戻そうとしただけだ」って言ってて...」

中年の男が、ため息をついた。

「あのな、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが奴隷なら、ラーガンさんの所に返さなきゃいけないんだけど...」

ケイトは、魔法を使う準備をした。幸い、若い兵士はドアを開けたまま立っている。今なら魔法を使える。

(この2人を倒して逃げよう。)

そう思ったのだが、彼女はあることに気づいた。


「私は、奴隷じゃない。」


2人の兵士が顔を見合わせた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


彼女は、取り調べを行った兵士事務所から出た。

「くっっっら!?」

外はもう日が落ちていた。

(お兄ちゃん、怒ってるかな...。)

彼女は、暗い街道を歩き始めた。

(眠い...)

彼女は6歳の少女だ。夜遅くまで起きては居られない。

彼女は、目の前にあった建物の屋根の上まで登った。ここなら誰も来ない。いつも持ち歩いている袋から毛布を出し、屋根の上に横になった。

(よかった...扉を開けたままにしてくれて...)

扉が空いた状態では魔法を妨害する魔法がきれる。これは真実しか話せなくなる魔法にもいえると考えたのだ。

幸い、彼らに魔力がなかったので、魔力を感知することも出来なかったのだ。

彼女は安心して眠った。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


「ケイト?朝までどこをほっつき歩いてたの?」

「.....ごめんなさい。」

彼女は泣きながら言った。

「はぁ...まぁいいよ、生きてるんだし。」

「やったぁ!」

「ちょっとは反省して!?」

エンドは彼女の泣き顔に弱いのだ。

ライベールが彼女に問いかけた。

「で、どこに行ってたの?」

「うーん...王都で散歩してた〜。」

「嘘でしょ絶対。」

彼らは呆れてため息をついた。

「ま、無事帰れたしご飯にしようか。」

「わぁい!」

彼らは家の中へと入っていった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


「はぁーあ、本当に剣聖と賢者の娘なんてな...。」

「ですね...」

兵士事務所で2人の兵士が話していた。

あの時、魔法はしっかりと作動していた。つまり、彼女の言葉が全て真実であるということだ。

「俺たち、とんでもないこと知っちまったな...」

「そうですね...」

すると、2人が会話している間に誰かが現れた。

「...!?誰だ!?」

彼らは手元にある武器を構えた。

記憶を消す魔法エクスタ

瞬時に、その誰かはいなくなった。

彼らは何の話をしていたか、今日の出来事をすっかり忘れてしまった。


(世の中には、知っちゃいけないことってもんがあるんだよね。.....あと、あの駐在所の子達の記憶も消さないと...)


彼は、そう頭の中で考え、夜の街へと向かった。

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