閑話:忘れられた男


一人、ウェントルプにて朝っぱらから修練に励む者がいた。彼の手には木の棒が握られている。

「すう...」と息を吸う。そして、

「はぁ!!」

目の前の大岩に向かって棒を横に振った。

岩に少しだけ傷ができた。

彼は岩の前に仰向けに倒れた。

(父さんは一刀両断できるのに...俺はなんで傷しかつけらんねぇんだ...これじゃ...これじゃあいつを...)

その時、後ろから肩をポンと叩かれた。父さんだ。

「力みすぎだ。もっとこう、肩の力を抜いてなぁ...?」

「いや、今の俺は技術よりまず筋力だと思うんだ。こんな子供の、筋肉が全然足りてない体じゃ切れるものも切れねぇ。」

そう言って、リュウジは先程まで棒を振るっていた大岩を持ち上げ、スクワットを始めた。

(いや...普通に筋力あるよなぁ...やっぱり技術が圧倒的に足りねぇ...)

ケンはおもむろにある本を取り出した。タイトルは「勇者覚醒のノウハウ」だ。著者はグレイン・グレイドールという女性、人々は彼女のことを「英雄」と呼んでいる。現在、彼女は世界中を旅していると言われている。

ぺらぺらとページをめくると、そこにちょうど「勇者の力を増幅させる方法」とあった。彼は、リュウジに技術を教えることより、勇者としての力を高め、「剣聖」に対抗しうる戦力にしようと考えた。

(勇者の力を増幅させる方法...まず守りたいものとの絆を深める...これは自然に生活してたらできるしな...)

次のページをめくろうとした時、リュウジがケンの手を掴んだ。

「...?なんだ?お前もこれに興味あるのか?」

「んなわけ、無いだろ!?」

そう言って、リュウジはケンが手に持っている本を奪い、投げ、棒で刻んだ。その本は紙切れになった。

「ちょ、はぁぁぁぁぁ!?な、何やってんだお前ぇ!?!?」

「俺はこんなのに頼らないといけないほど弱くねぇ!!これを教えるくらいなら俺に技術を教えてくれ!!!」

(さっきと言ってること...ちがぁう...)

あの本は英雄の直筆で、ファンにものすごい高値で売れるのに...。

(まぁいいかぁ、金より息子だなぁ。)

「よし、わかった。じゃあまず.....」

ケンはリュウジに技を教え始めた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


現在、目の前にあの英雄、グレイン・グレイドールがいる

「...ねぇ、あんたさ、私の本ダメにしたよね?」

「.......」

(まさかバレるなんて...)

わざわざ呼び出された。ここはウェントルプの郊外にある高原だ。といっても首都からかなり離れていて、隣の国の国境と近い。

ここまで来るのに5時間かかった。

「なんで黙ってるの?ねぇ?」

「...いやー...あれは息子がやっちゃってねぇ...」

「いや、止めなさいよ。」

ぐうの音も出ない。

「...まあいいわ、そもそもあれはいらない物だし。」

「え?あれいらねぇの?」

「どこまでいっても私達は世界のルールには逆らえないの。勇者は超自然的な条件下でのみ生まれ、成長する。外野が手を出しても意味ないの。」

「ほへ〜...ってじゃあなんで俺を呼び出したんだよ。」

彼女は、急に顔をしかめて俺を見た。


「金になるからに決まってるじゃない...あれ、今どんだけ高価になってるか知らなかったでしょ?」

「あぁ、どんくらい?」

彼女はウェントルプの方向を指した。

「あの国の半分が買える。」

「.......すいませんでした!」


彼女は、謝罪が聞けたからもういいと言い、また旅に出た。


.....背中に巨大な鉄板のような剣を担いで。

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