第8話:これは僕の人生だ
「声を.....なんで...そんなこと...。」
僕が聞いたら、彼女はハッとして無理に笑った。
「あははっ...なんて、冗談よジョーダン...。そう、冗談...。ごめんね?変なこと言って.........。」
彼女はそう言うと、僕の座っている壁の反対側に座った。
薄暗くて顔は見えないが、彼女が泣いてるように感じた。
「テレーゼ、大丈━━━」
「話しかけないで!!」
勢いでそう言ったが、彼女は再びハッとして、
「あ、ご、ごめん...なさい。」
と言った。彼女には、貧民街で子供をまとめていた頃の面影が全く残っていない。覇気がない。
「.............」
数分の間、二人の間に沈黙が流れた。
それに耐えきれなくなったのか、彼女は重い口を開いた。
「もう.....あたし、強がりやめる。ねぇ、エンド。」
「な、なに?」
もう、僕は聞きたくなかった。でも、聞かないことが出来なかった。
「あたしの声を殺して...?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は鍵も開けられない無力な僕を恨んだ。真意は知らないけど僕達を売った親を恨んだ。未だに呑気に寝ているケイトに苛立った。あの太った男を殺してやりたいと思った。
(なんでそんな.....傷ついて...。)
そこで、僕もハッとする。
(ケイトがこうなったの、僕のせいじゃん。あの時、「歌って」なんて言わなきゃ良かった。ついて来るって言った時に断っておけば良かった。なんでついて来たかったのかも知らないし。そもそも、)
彼女と、出会わなければ良かった。そうすれば、僕はこんなに苦しまなくて済んだ。彼女がこんなに苦しまなくて済んだ。
牢屋の中には聞こえない悲鳴が鳴り響いていた。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「.....考えておく...。」
僕はそんな言葉しか返せなかった。
そんな僕を見た彼女は、何故か微笑んでいた。どうしてだ。どうして僕にそんな優しく笑いかける?
「そう...。」
この期に及んで僕は、テレーゼのことを、歌が上手いということ以外何も知らなかった。彼女が僕のことをどう思ってるかなんて、考えたこともなかった。
今更、彼女の事を気にかける僕がいる一方で、彼女の声の殺し方を黙々と考えている僕がいた。
(なんで...なんで僕はこんなに残酷になれるんだ...。)
考え始めると、誰かの声が僕の頭に響いた。
(「なんで」.....ねぇ?俺は気づいてるよな?)
(...知らない、僕は知らない。)
(現実から目を背けるなよ。俺は元々転生者、ほら、頭のいい俺ならこれだけで分かるよな?)
嫌だ、なんなんだこの感覚は。何かが絡みつくような...へばりついてくる感覚。
(僕は...僕だ...。俺じゃない...。全部僕なんだ...。)
(最近、俺を近くに感じてただろ?前世の俺を。もう兆候は出てるんだよ。)
最近、前世の何かしらの記憶が戻ることがあった。それはキンギョやシェルターという言葉だったり
あれは、前世の記憶がだんだん定着してきたからなのか。
(そうだ..."僕"はもうすぐ"俺"になる。だから、お前のその残酷な選択ができるのは..."俺"の意思だ。でもな?俺は最善手を取ってるんだぞ?)
(最善手...?この状況まで来て何が最善だよ...。)
"俺"は呆れたように言う。
(あいつの、テレーゼ?だっけ、の声を殺せば少なくともあいつは売られない。誰かの所有物にならなくて済むんだぞ?)
あぁ、そうか。と思った。
こいつは、"俺"はどこまでも周りに優しい。あいつの願いを叶えたいという気持ちが、あいつの意志を尊重したいという気持ちが伝わってくる。
でも、だからこそいけない。彼女は歌い続ければ良い。彼女は僕より、ケイトより、リュウジや子供たちより歌の方が好きなんだから。それに、彼女歌はまだ聞いていたいんだ......。
死の危険を犯してまでやることじゃない。
(前世の僕は黙っててくれ.....!これは...これは僕の人生だ。僕はここで生き抜くんだ...!)
"俺"はため息をついた。
(ああ、そう。)
そして、僕の中から"俺"の気配が薄くなった。
これでいい、前世の僕なら絶対声だけを殺せるけど、これは僕の人生だから。
そして、夜になった。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
牢屋の三人が寝静まった後、一人、テレーゼに近づく者がいた。
"彼"は、彼女の喉に手を当てて何かの呪文を唱えた。
すると、彼女の喉から何かが取り出された。一瞬だけだが喉を切らなければいけなかったのか、彼が手を退けた所には傷跡が残っていた。
彼は取り出したそれを潰した。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
朝になった。今日は売られる日だ。
目が覚めると、目の前にテレーゼがいた。彼女の首には何かの傷跡があった。
「あ、おはよう...テレーゼ。」
彼女は応えない。ただ、泣き腫らした目は優しく僕のことを見つめていた。
「...?おはよう、テレーゼ。」
懲りずにまた僕は返答を待つ。
「.............」
(あ、これ、僕がやったのか...?え、でも...記憶にないし...悪い嘘だよね...?)
「お、おはよう!!テレーゼ!!!」
彼女は微笑んで応えなかった。
(なんでそんな優しそうな目で見てくるんだよ......絶対"俺"がやったんだろ...そんな、ありがとうとでも言いたげな顔すんなよ...。)
最初にエンドが彼女の願いをつっぱねたとき、彼女は、エンドが自分のことを大事に思ってくれているのかと思い、嬉しくなるのと同時に自分の運命を受け止めた。
そして今日、朝起きたら声が出せなくなっていた。「やっぱりエンドは私の願いを叶えてくれるんだ...。」と思ってまた嬉しい気持ちになったが、とてつもない喪失感で泣き喚いた。
しかし彼女は、これでも幸せだった。誰かが自分のことを思ってくれていることが、何より幸せだった。
「なぁ....?返事してくれよ...」
「無駄だよ、お兄ちゃん。お姉ちゃんからはもう声が無くなってる。」
唐突に、ケイトが話しかけてきた。
「昨日の夜、お兄ちゃんの魔力が動くのを感じた。やったのはお兄ちゃんだよ?」
「は...なんだよ...僕の知らないところで何が起きてんの...?」
「お兄ちゃんがやったんだから、知らないわけないでしょ?」
「お前は何様なんだよ!」
ムキになった僕がケイトを怒鳴りつけるとテレーゼがなだめようとしてきた。
「お兄ちゃん、自分でやったんじゃん...。」
ケイトは怒鳴られて泣きそうになっていた。
「はぁ......落ち着け...俺...ちがう!僕...。」
自分がどっちか分からない。
.....もう、何も考えていたくない。
...上から何か音がする。戦闘音だ。
(僕は.......僕はどうすれば...)
そのことについてずっと考えていた。でも、僕の思考はずっと何かが詰まったみたいですっきりしなかった。
戦闘音が止んだ。
誰かがこっちに来る。
「えーっと「助けに来たよ!みんな!」かな?いや、ちょっとなぁ...「もう大丈夫、私が来た。」かな?うーん...どう言うべきかな.....。」
男は、独り言を呟きながら降りてきた。
彼は、僕達の入った檻を通り過ぎ、横の檻の前で止まった。
「えっと...助けに来たよ!エンド!ケイト!テレーゼ!」
その言葉を聞いた瞬間、僕とテレーゼは泣いた。
(今さらかよ...。)
助けが来るのが遅すぎた。もう後戻りは出来ない。
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