閑話:親の苦悩、子未だ知らず


「よし、エンドも10歳になった事だし、狩りについておしえよう。」

そう言って、僕のお父さんは僕を家から連れ出した。

狩りはお父さんが肉を手に入れるためにやっている事だ。僕たちが生活を続けていられるために。

お父さんはいつ自分がいなくなってもいいように生きる術を身につけさせたいと思っていたんだと思う。

ということで、僕とお父さんはウェントルプ郊外の森へ向かった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


俺、ベイルは「剣聖」と呼ばれている。

かつて、この人間界を巻き込んだ大規模な魔族との戦争があった。その頃俺はラーラード国に属するただの騎士だった。

ある日、いつものように監視塔で魔族の侵攻を警戒していたら、数千...いや、数万の軍勢が一気に攻め込んできた。

その時のことはあまり覚えていないが、気付いた時には目の前に魔族の死体のカーペットが出来ており、手には身に覚えのない剣が握られていた。

その時から俺はただの騎士から「剣聖」になった。


今は、俺がいつ仕事でいなくなるか分からないので狩りの方法を教えにエンドと森に来ている。

そうは言ってもただ探知して殺すだけだけど。

エンドはしっかりと俺の後ろをついて来ていた。

深いところまで来ると、この森に入って始めて動物を見つけた。鹿だ。俺はエンドに短剣を手渡した。

「ほら、これであの鹿を狩ってみて。」

(さすがに、10歳の子供にやらせるのは酷か...?でも、この命を奪うという行為はあとのために慣れておかないといけないし...)

そんな思考は無意味だった。

エンドは迷わず短剣を鹿に向かって投げた。コントロールが出来てないので短剣は鹿の1メートル離れた木に当たって落ちた。それに驚いて鹿は逃げ出した。

「ごめんなさい...鹿、取り逃しちゃった...」

エンドはせっかくの食料を逃したことで落ち込んだ。一方、俺はというと、エンドの行動にただ驚いていた。

(こんなに迷わずに行動できるものなのか...?俺だって始めての狩りでは命をとる行為は躊躇っていたのに...。それで父さんに怒られたのに...。)

「うん、まあ最初だし。エンド、短剣を拾ってきなさい。」

「はーい」と返事をして、彼は木の根元に落ちた短剣を取りに行った。

(エンドはやはり異様だ...)

命を奪うことに躊躇いがない。まぁ、それは決して悪いことでは無いけれど、命の価値が分かってない。俺とは大違いだ。

(ほんと.....子供は何を考えてるかわからん...。)

ベイルは頭を抱えた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


父さんが頭を抱えていた。

(あぁ...きっと僕が鹿を取り逃したからだ.....。)

エンドは現状でどうやれば鹿を捕えられるかを考えた。手元にあるのは短剣のみ...足に自身はないし...。

(どうしようもないじゃん。)

僕は短剣を持ってお父さんの元へと戻った。

「おっどうした?そんなに鹿を逃がしたのが残念だったのか?まぁそんな気負うことじゃないけどね?」

お父さんが笑いながら僕の背中をバンバン叩いてくる。なんで笑ってるの。

「いや、今の僕じゃどうやっても鹿を捕まえられないなって思って。」

僕の背中を叩く手が止まった。急にお父さんが真顔になった。

「え...本気で殺ろうとしてる...?」

「...うん、でも、鹿の速さと僕の技量の無さを考慮したら...無理かなって...。」

「あ...コーリョ...ねぇ...そうだねぇ...うん、ひとまず今日は帰ろうか!うん、反省点も見つかったみたいだし。」

「え?見つかってないよ?ただ、確実に無理だって結論が出ただけだよ。」

「あぁ...そう。」

お父さんは何か諦めたのか知らないが、これ以上何かを言うことは無かった。

この日はそのまま家に帰った。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


(え.....コーリョ?コーリョってどういう意味?)

ベイルは帰宅後、それについて一日中考えていた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


「で、最近エンドを狩りに同行させたらしいけどどうだった?1人で生活出来そ?」

夜、子供たちが寝静まった後に、リビングでカーネーションとベイルが話をしていた。

「難しい.....現時点は難しい...かな...。あの子は自分の限界を知ってる、だから無茶なことは決してしない、けど...成長もしない...。だから、これ以上教えても...多分...。」

人は逆境に立たされた時にこそ真価を発揮するというのが彼の持論だった。エンドはその「逆境」というものと会敵するのを避けるだろうと思う。だから成長しないと彼は考えた。

「そう.....あの子、もっと小さい頃は活発だったのに...覚えてる?ダストで、私が買い物から帰ってきたらあの子が家の前に寝転がってたって話。」

「あぁ...覚えてる...6年くらい前だよね...あの子が4歳の頃の...あれは結局なんだったんだろうね。」

カーネーションはあの日の情景を思い出した。

「エンドと...ケイトもいたわ、あそこに。ケイトが寝てるエンドを叩いたら起き上がって...2人して家に戻っていった...。」

「...はぁ.....ほんと分からないなぁ...子供って...。あ、お酒ある?」

「...あんた...それで借金したのに...禁酒するって言ってたじゃない...。」

「あ、忘れてた。...でも、酒に頼んないと駄目な時もあるじゃん?」

カーネーションは呆れて、ベイルに眠らせる魔法シェイクをかけて黙らせた。眠ったベイルを飛行魔法スカイライドを使い、寝室まで運んだ。

寝室からリビングへと戻ると、カーネーションは気になっている点を洗い始めた。

(あの時...ケイトが使ったのは絶対蘇生魔法リビングデッドよね...。)

遠目からエンドが倒れているのを見つけた時、彼の頭から血が出ているように見えた。が、近づくと血を出していなかった。

いや、血が体内に戻っていた。一瞬だけ、血が体内に戻っていくのを見た。見間違いかもしれないが、おそらく.....。


彼女は、ベイルに隠して買った酒を床下から出して飲んだ。


「ほんとに...も〜...なんなのよ〜.....。」


彼女は一人、泣きながら夜を過ごした。

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