第7話:残酷な選択


「んぁ.....ふぁ〜あ...!ふぅ...ん?お兄ちゃん?私、どのくらい寝てた?」

「3日だよ、ねぼすけ。」

やっとケイトが起きた。僕たちがここに入れられてから2日が経った。何度か脱獄しようとしたけれど無理だった。

僕たちがいるこの牢屋はかなり質素で、トイレと水道、1枚の毛布しかない。食事はなぜか必ず3食出てくる。栄養バランスもちゃんとしている。たぶん、良い状態で売れば高値がつくとかそんな理由からだ。

「じゃ、脱獄しよう。」

「まって...ここどこ?」

「牢屋だけど?」

「え?なんで...?」

「あっ」

そういえばケイトはあの時寝ていたから事情を知らないのか。

(え、1から僕が話すの?)そうテレーゼに視線を送る

(あんたが話しなさいよ)彼女の視線はそう訴えかけてきた。

「えっとねー...」

僕はケイトに事情を説明し始めた。あぁ...心苦しい。



「売られた……ってなぁに?」

「だから、僕達はお父さんとお母さんに売られちゃったの!もう3回目!そろそろ分かって!で、いまオークションにかけられかけてるから早く脱獄しないといけないの!」

「え...ふぅん。」

ふぅんて...取り乱してた僕が馬鹿みたいじゃないか。おそらくまだ幼いから事の重大さが分かってないんだ。僕たちが守ってやらないといけないんだ。

「だからさ、こう、魔法で檻を壊してさ...?」

「え?魔法はあと1ヶ月使えないよ?」

「「え...。」」


「「えぇぇぇ!?!?!?」」


僕とテレーゼは思いっきり取り乱した。

「えぇ!?そんな、どうして?」

「なんで使えないの!?」

そう聞かれた彼女は歯切れを悪そうにする...。

それを見たテレーゼが彼女に優しく声をかけた。

「あたしたち、怒らないから、言ってみな?」

その言葉を聞いたケイトはテレーゼを見た。ほんとに?と言ってるみたいだった。

ケイトが口を開いた。

「あのね...魔法って1回使うことより続けて使い続けるのが難しいの...。秘密基地に貼った"札"とかの維持で...魔力がどんどん無くなっちゃうの...。」

「もう解除していい!解除していいから!」

「そこに行かないと解除出来ないし......」

「.......」

ケイト曰く、1ヶ月も経てば自然とその魔法の効果が切れるらしい。というか、ケイトは秘密基地を作るのにどんだけの魔力を使ったんだ...。

既にトラッシュの町は崩壊しており、秘密基地がどこにあるかすら分からなくなっているが、そんな事を彼らは知らない。

「魔力がどんどん使われて...それで疲れて寝ちゃって...また眠くなってきちゃった...」

ケイトはそう言って欠伸をすると、横になった。

「...まずいわね...。このままじゃ本当に売られちゃうわよ?」

「そう.....だね...。でも、まだ諦める時じゃないよ。」

そう言って立ち上がった僕をテレーゼが見上げた。

「この牢屋の鍵...開けてみる...。」

「馬車のは失敗したのに!?」

(痛いとこついてくるな...。)

「何事もやってみなきゃわかんないでしょ?幸い、ここには好きなだけ調べる時間があるし。」

そう言って、僕は解錠に取り掛かった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


牢屋に入れられて5日目、今日の朝ごはんはパン、牛乳、コーンスープ、なんか焼いた肉、だ。やっぱりなんかおかしい、ここで出されるパンは馬車で出された時のと違って硬くないし.....考えるだけ無駄かな...?いや、考えよう。


まず、僕はそもそも里帰りのつもりでお父さんとお母さんに相談した。その時お母さんは最初に駄目と言ったけどお父さんは少し考えた後にいいよと言った...。これだけで違和感がある。まず、僕達を本当に売るつもりならお母さんは駄目なんて言わない、どうぞどうぞってなる。育ててるうちに愛情が湧いて売りたくなくなったのかもしれない...。

いや、それは無いな。だってお父さん、準備が出来たみたいな事言ってたし。愛着が湧いたんなら準備してるのを取りやめさせれば良かっただけだ。ついでに止めようとしなかった。これらから、最初っから売る気だったってことが分かる...。でも、それは本気じゃない。

それが何を意味しているかは分からないけど。

そこで僕は思考をやめ、また解錠作業を始めた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


10日目、相変わらず食事は豪勢だ。

「ねぇ......あたしさ...。」

解錠作業をしていたらテレーゼが話しかけてきた。ちなみにケイトは寝ている。

「何?」

「あたし...う、売られたら...さ、ど、どうなっちゃうのかな...。」

ここの明かりは暗いので、はっきり見えないが、彼女が震えているのが分かった。

「寒いの?」

そう言うと、彼女は笑った。

「はっ「寒いの?」だって...。あんたは落ち着きすぎよ...もっと取り乱してくれたら冷静になれるのに...まったく...。」

何を言っているのか分からない。僕が落ち着いてる?そんなわけない。一刻も早く脱出するために一生懸命解錠しようとしてるから慌てる暇が無いだけだ。

「テレーゼ姉、歌ってよ。そうすれば落ち着くよ。」

「は?何変なこと.....はぁ...分かったわよ。」

彼女は歌った。その歌には歌詞がなかった。これまで聞いたことがなかった。けれども、その歌はこの薄暗い牢屋を明るく照らしていた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


20日目、ついに変化が訪れた。食事は豪勢だけど。

今日も僕は解錠作業をして、テレーゼは気を紛らわすために歌を歌っていた。

すると、上から誰かが降りてくる音がした。

僕は解錠の手を止め、テレーゼに歌をやめるよう指示した。

「ん〜良い歌だ...。ここの牢屋かい?」

「はい、そうです。ここの...年が高い方です。」

2人の男が牢屋の前に立っていた。1人は小太りで年齢が高い、もう1人は若く、痩せた兵士のようだった。

太った方の男が牢屋の鍵を開けて入ってきた。この隙に逃げようかと考えたが、すぐに捕まるだろうからやめた。

太った男はテレーゼの頭を掴んで顔を見た。

「んー...顔は普通...か。まぁ、君のような綺麗な歌声があれば高く売れるだろうよ。」

テレーゼは男と目を合わせないようにしていた。

次に、男は寝ているケイトの頭を掴んで顔を見た。

「ん〜いい顔だ...。これは高く売れるねぇ...。」

最後に、男は僕の前に立った。

「男か...男は見た目より労働力だからねぇ...。こんな子供じゃ売れるかどうか...。」


「これからに期待しといてくださいよ。」


つい、口が滑った。なぜ僕がこんなことを言ったのか分からない。分からないけれど、この場にいる、寝ているケイト以外は全員驚愕の表情を浮かべていた。

太った男が、僕の頭を掴んで顔を見た。

「君、実の親に売られたんだよね...?.....うん...胆力は...あるようだ...。」

ケイトやテレーゼの顔を見た時とは違う、まるで奇妙なものを見るようだった。

「.....帰る。」

そう言って男は檻の外に出て行った。

「ねぇ...あんた、なんでそんな余裕なの...?」


「.....よ、」



「余裕なわけないでしょ!?!?!?」

ただ単に精神が落ち着かないだけだ。

それを聞いた彼女は「そう...。」とだけ言って部屋の隅に丸まった。


以降、彼女はここで歌うことはなかった。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


29日目、いよいよ明日がオークションだと奴隷商に言われた。

ケイトは寝ている。僕は相変わらず解錠しようとしている。テレーゼは、ずっと何かを考えこんでいるみたいだった。

(僕がしっかりしないといけない。売られる前に逃げるんだ。)

そう改めて決意して、解錠作業に熱を入れた。ていうか、なんで1ヶ月も解錠作業してるのに開かないんだこの扉...さすがにおかしいでしょ。


(...もう助からない...?僕らは売られるしかない...?)


(いや、そんな事考えちゃだめだ...僕がみんなを助けないと...)


(助けて...助けて...その後は?僕らはどこに行く?まず、牢から出られても逃げ切れるとも限らないし。)


(僕はなんのためにこんなに頑張ってるの?)


(エンド...なんでそんなに頑張ってるんだ...。)


思考していると、誰かの声が聞こえた。


(俺のために...)


急に、解錠をしている手を掴まれた。テレーゼだ。考え事は終わったらしい。しかし、とても暗い顔をしている。

次に彼女の口から出た言葉は、あの町で子供たちを率いていた強気な彼女が言うはずのない言葉だった。


「ねぇ...エンド...」


彼女は疲弊しきっていた。この環境だし、最近は水くらいしか口にしていないからだと思う。


「あたしの...」


彼女の目からは既に生気が失われていた。

(あぁ...もう、テレーゼ姉は死ぬ気なんだ...。)

僕は覚悟した。彼女の口から出る次の言葉...それを受け止めるために。受け止めた後は...僕はどうしたらいいんだろう。

もう、何も考えたくない。


「喉を.....」


切るのか...切らないといけないのか...。そう...か。

神様...なんでこんなに現実は残酷なんだ...。

僕はつい力んで拳を強く握った。血が滲み出た。


「声を...出せなくして欲しいの...。」


(.......は?)

彼女は決して生きることを諦めた訳では無かった。誰かに買われて、一生を音楽再生機器として生きたくないだけだった。


でも.....


(いっそ死んだ方がマシだよ...テレーゼ...それは...)


それは...僕には残酷な選択すぎる。

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