閑話:それまでは凡人でいてやるよ
ここに、1人の夢見る男児がいた。彼の名はハセクラ・リュウジ。物心着く前から母親しかいない。
彼の父親はかつて、とても名の知れた冒険者で、今はある国の王からの勅命を受け、任務にあたっている。1回、母親に「父さんが有名な冒険者ならこんなところじゃなくて住宅街とかもっと良い所に住めるんじゃないの?」と聞いたら、「私達はここにいなきゃいけないの。一応、国を守ってるのよ?」と言われた。
「俺は将来騎士になる。この国を守れるような、勇敢な騎士に。」
テレーゼとは幼なじみで同い年だ。彼女はいつも明るくて、みんなを照らしている。
ある日、ゴミ山に通りすがった時に彼女の歌を聞いた。
正直、俺は音楽なんか分からない。なんか上手いな〜としか思えなかった。でも、テレーゼの正面にいた男の子、最近引っ越してきたエンドとかいうやつは泣いていた。
何がそこまでさせる?俺は彼女にとても興味をもった。
「俺は将来騎士になる。彼女の歌声を守れるような、豪傑な騎士に。」
ある日、俺とテレーゼがまとめてるグループにエンドとその妹のケイトがやってきた。
エンドは頭が回って、文字の読み書きが出来て、簡単な魔法なら使える。でも、あいつは凡人だ。型にはまった考えしか出来ない。一方、妹の方はまだ幼いから賢くないし読み書きも出来ない。けれど、何かがズレている。
「何してんだ?ケイト。」
道にうずくまっている彼女を見かけたから声をかけてみた。
「あのね、わんちゃんがね...。」
そう言われて見渡してみるが、犬なんて見当たらない。
「何言ってんだ?犬なんかいねぇぞ?」
「これ!ほら、わんちゃんの!」
ケイトが指さしたところを見てみるが、そこには大きな円しか描かれていなかった。
「ほんと、なんだよ。それはな、"まる"って言うんだ。」
「...えっとね、わたしのお兄ちゃんがこんくらいで〜、わたしがこんくらい?もっと大きいかも」
そう言うと、犬の円より小さい円と、遥かに大きい円を地面に描いた。
「ん〜〜?なんだそれ?」
「...わかんないなら、いい。」
何かを諦めたように言うと、ケイトはさっさと家に帰ってしまった。
「なんなんだよ...ほんとに。」
ケイトはここ数日、道行く人に全く同じ質問を投げかけていた。
「これ、わんちゃんの!」
声をかけてきた若い男に地面に描いた丸を示す。
「え?これ犬なの?」
「わたしがこんくらいで〜おにいさんはこんくらい?」
そう言って、ケイトは犬の円と同じ大きさの円と、それより遥かに大きな円を描いた。
「は?なんだそれ?」
「これ、わんちゃんの!」
老婆に地面に描いた丸を示す。
「あら、可愛いわねぇ。上手く描けてるわ。」
ケイトは少し期待した。この人は分かるのでは無いか、と。
「あのね、わたしがこんくらいで〜、おばちゃんはこんくらい!」
そう言って、ケイトは犬の円より少し小さい円と、それより遥かに大きな円を描いた。
「.....あら、上手ねぇ〜...。」
お世辞だと分かった瞬間は絶望した。
「お兄ちゃん!これ、わんちゃんの!」
実の兄、エンドに地面に描いた円を示す。
「ん?何の話?」
ケイトは少し、泣きそうになった。
「.....えっとね〜わたしがこんくらいで〜お兄ちゃんはこんくらい?」
そう言って、ケイトは犬の円より小さい円と、それより遥かに大きな円を描いた。
「...これって大きい方がケイトのなんだよね?」
「そう!分かる?」
「ん〜〜〜...魔力量のこと.....かな?」
ケイトは兄に抱きついた。
まさか、こんな身近にいるなんて。
わたしの世界を共有できる人が.....!
私と同じ世界を見てる人が.....!
「おっ?どうした?ケイト。正解したご褒美か何かか?」
「...そう!ありがとう、お兄ちゃん!」
わたしが1人じゃないと教えてくれて。
ケイトは小さな頃から相手の魔力量を見ることができた。魔法も使うことが出来た。同年代でそんな事出来る者はいない。
彼女は、孤独だった。
だから、自分と同じ境遇の人を探して友達になりたかった。
なんだ、お兄ちゃんもそうなんだ。
「いや、ちょっと待てよお前ら。」
物陰で彼らの会話を聞いていた者がいた。
「なんでエンド、お前分かったんだよ!」
リュウジだった。彼はその質問の答えを知りたいからという理由でずっとケイトのことを観察していた。
ケイトは咄嗟にエンドの後ろに隠れた。
「あーーーっと、誰だっけ?キンギョフン?」
「違う!リュウジだ!」
エンドは彼が片手に持っている木の棒を見た。
「あぁ、いつもテレーゼの後ろにいるやつ。」
「背中を守ってるやつ、な?」
「で?どうしたんだ?僕達に何か用?」
「いや、質問しただろ...なんでその円が魔力量ってわかったのかって。」
「お兄ちゃんはわたしと同じで見えるんだもん!」
エンドの後ろから声がした。ケイトだ。
「お兄ちゃんは見えるから、分かったんだもん!」
「そうそう、僕は見えるからね〜。」
あ、こいつ嘘ついてる。絶対見えてない。
俺は頭を掻いた。
「バレたくないんならいいよ...ケイトを家に入れろ、そしたら本当のこと言うだろ?」
「.......リュウジも頭が回るんだな。ケイト、もう寒いから家に入ってな。」
「はーい」と返事をして、彼女は家の中に入って行った。
「リュウジの考えてる通り、僕は魔力量は見えない。でも、こう.....感覚で分かるんだ。」
「それって結構すごくないか?」
「いや、ケイトは魔力量をはっきりと見れるから、そっちの方がすごい。」
僕くらいのは世界に数人はいる、とエンドは言った。
こいつは自分より優れた者を間近で見すぎて感覚がおかしくなってるんじゃないか?
「過去の偉人で...魔法を術式にして分かりやすくするっていう結構凄いことをした人がいるけど、その人は僕と同じ感覚だったらしいんだ。」
「じゃあ、お前もすごいじゃ━━━━」
「ケイトは僕より遥かにすごい。魔力量が犬以下の僕より遥かに。僕がいくら頑張ってもケイトには決して届かない。目的地まで行くのにケイトは地面を走ってて僕は水の中を泳いでるのと同じだよ.....。」
「僕なんか、すごくもなんともない。」
なんだろう、俺にはこの話が全く理解出来なかった。
ただ、一つだけ分かったことがある。
真に凡人なのは俺だ。
俺にはその先天的な特権がない。何も無い。
何も無いならどうする?
手に入れるしかないだろ。
「俺は将来騎士になる。お前らみたいな天才を凌駕する、勇敢で豪傑な最強の騎士になる。」
それまではまだ凡人でいてやるよ。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤
俺はこれまで鍛錬を続けてきた。誰にも見えないところで。
家に帰ったらすぐ筋トレしてた。親にもバレたくなかった。
この夢は俺だけのものだ。
俺は最強になる。なってやる。なってアイツらを守ってやる。
なのに.......。
「なんでお前らが...エンドの両親がこんなことしてんだよ...。」
町は最初の一振で半壊していた。どこからか悲鳴が聞こえる。泣き声も。
俺は怖い。こういう時は怖くないってなるのが普通だろ?俺も驚いてる。ただの木の棒で相手の剣を受け止めれるなんて。
"感覚"で、受け止められる気がしたんだ。
これがエンドの言ってた事なのか?
「えーっと?勇者の覚醒のノウハウその1、たゆまぬ努力と研鑽を積む。その2、自分の力ではどうしようもない程の状況に直面する.....その3、自分が昔から大切にしている武器がある...あいつの武器って木の棒?かわいそうだな。」
エンドの父親が何か読みながら言っている。だが、緊張で全く聞こえない。
「一つ、アドバイスをやる。俺の剣は紙のように軽いから弾くことはとても簡単。けれども、軽いので単純に早い。」
ベイルが再び剣を振る。リーチが長いので、1回振ると瓦礫を思い切り巻き込む。その瓦礫と砂埃に紛れて、リュウジはベイルの首を取ろうとした。
間近に迫る木の棒を、ベイルは振ったはずの剣を用いて受け止めた。
「言っただろ?俺の剣は紙のように軽い。お前の木の棒で俺の剣のスピードについては来れない。」
「一つ、アドバイスをやるよ、クズ野郎。」
「紙の原料は木だから大して変わんねぇよ!!!」
「.......いや、変わるだろ!?」
2人は戦い始めた。1人は帰ってくる人のためにこの町を守るため。もう1人は、━━の━━と━━━の━のために。
そして、リュウジは失念していた。もう1人いたという事を。
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