第5話:無駄


「落ち着いた?」

テレーゼがパニック状態になった僕を気にかけてくれた。ありがとう、やっぱ優しいね。

「あんたがうるさいと妹ちゃんが寝れないじゃない。」

あ、そうですか。やっぱ僕のことなんかどうでもいいんですか。

「あと、あんた、自分には何も無いとか言ってたけどそんなことないんだからね?」

「?」

彼女から発せられた意外な言葉に少し驚いた。

馬車は相変わらずガタガタ揺れながら目的地へと進んでいる。ケイトも相変わらず寝てる。

ここで、改めて僕の目的をおさらいしよう。

僕はケイトに魔法に興味を持って欲しいから、ダストで故犬であるジェン・バートンを彼女の目の前で生き返らせようと考えている.....。

問題は本当にジェン・バートンが死んでいるのか...どこにいるのか、だ。どこにいるかに関しては探索魔法サーチで分かる。もし、ジェンが死んでなかったらどうしよう。僕が殺す...?殺せるわけないじゃん...。




.....あれ?待てよ...?

ケイトは既に魔法を使ってるよな?秘密基地(シェルター)を作る時に。魔法に対しての興味は元からあったってこと?

え?ガチで無駄じゃん...。

僕がダストに行きたいなんて言わなきゃ売られもしなかったってこと?全部僕のせいじゃん。


いや、それは無いよな?だってあの日...お父さんは「準備ができた」と言っていたような気がする。つまり元から売るつもりだったって訳か。

また、泣きそうになってきた。


うーん...難しい...。


とりあえず、ここから出るか。


「テレーゼ、ここから逃げるから、準備して。」

「え?でもどうやって逃げるの?」

「ドアがあるんだからそっから逃げる。」

「あ...。」

馬鹿すぎる...。僕はケイトをお姫様抱っこして、出る準備をした。

「開けて!」

テレーゼが扉の取っ手に手をかけて引いた。が、扉はビクともしなかった。

「引き戸なわけないじゃん!なんで引いてんの!?」

「間違えたの!そんな責めないでよ!」

改めて、彼女がドアを開こうとした。しかし、開かなかった。

「.......魔法?」

「君達、出ようたって外から鍵かかってんだから開くわけないよ。潔く諦めな。」

くっそこのジジイ...。そういえば1日目の夜も鍵を開けてもらってから出てたわ。忘れてた。

「じゃあ、ケイトを起こすしか...」

テレーゼが睨んできた。

「うーん...」

打つ手がない。というかこの馬車から出たとして、僕ら(テレーゼ以外)の帰るところは無い。親に売られたんだし。

というか、なんでケイトはこんなぐっすり寝てるんだ。そんなに疲れてたのかな?でも、そんな素振り全く見せなかったし。


「あっ。」

「ん?何?なんか思いついた?」

おもむろにケイトの服を漁る。

「え!?ちょっ何してんの!?」

咄嗟にテレーゼが止めにかかるが、そんなのお構い無しだ。どっかに持ってるよな...?

ケイトの服の内ポケットから袋を見つけて取り出した。秘密基地で見たあれだ。

「あ、袋を探してたのね...。」

「この中にたしか...」

かさばるものは全部ケイトの袋に入れてある。自分で持ち運ぶのがめんどくさいからだ。

「よし、あった!」

その袋から取り出したのは、僕がゴミの中から拾った魔導書だ。この中から使える魔法があれば.....。

僕は一心不乱にページをめくった。

(炎を操る魔法...空を飛ぶ魔法...金属になる魔法...金属を発生させる魔法...扉の鍵を開ける魔法...。)

これだ!扉の鍵を開ける魔法!

「テレーゼ!ここから出れるかもしれない!」

「ほんと?なんて書いてあるの?それ。」

「扉の鍵を開ける魔法って書いてある。」

「まんまじゃん。」

よし、これを使えば外に出れるんだな。

僕は片手を扉に向け、呪文を唱えた。

扉の鍵を開ける魔法ロック・オープン!!」



✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「驚いた、2日も俺と木の棒如きで打ち合えるなんて。まぁ、勇者なんだから当然か。」

場面は打って変わってトラッシュの町。2人の剣士がそこで熱戦を繰り広げて2日目に突入した。

さすがに11歳に徹夜は厳しく、リュウジは疲れ果てていた。

(こいつを止めないと.....あいつらの帰る場所が...。)

ぼやけた頭では何も考えられない。2人はずっと剣を振り続けている。片方は木の棒だが。

「...ねぇ君、後ろを見てみなよ。」

唐突に斬撃の嵐が止み、使い物にならない脳みそはその言葉の言いなりになった。寝ぼけてるような状態だ。

ベイルに言われた通り、後ろを見た。


すると、そこには何も無い土地が広がっていた。後ろには建物があったはずなのに。


「.....君は何のために戦ってるんだい?」


「...お、俺は.....あいつらの帰る場所を...守るために...。」


「ないじゃん、もう。」


何かが壊れる音がした。


俺がしてきたことは無駄だった。

俺は膝から崩れ落ちた。先程まで振るっていた木の棒も、地面に落ちた。その木の棒からはもう何の力も感じない。


「勇者の覚醒のノウハウその4、勇者は自らが守りたいものを守るためにその力を振るいます。守るものがあれば強くなることが出来ます...か。」


ベイルが近づいてくる。とどめを刺す気だ。

「まぁ、面白いもん見せてくれてありがとね。」

彼は剣を振り上げた。


「「「待てーーー!!!!」」」


ドタドタと大勢が走ってくる音がした。なんだ...誰だ?

「リュウジ兄ちゃん!大丈夫!?」

ごみ溜の子供達だ。

「お前ら...早く逃げろ.....死ぬぞ...。」

「いやだ!にいちゃんを守るんだ!」

そう言ってベイルの前に子供達が立ち塞がる。

(やめろよ.....お前ら...お前ら.....ありがとうな...。)


俺は、最後の力を振り絞って立ち上がった。

そして、子供達の前に歩みを進める。


「お前ら、全員秘密基地に行け。すぐそこにある。そこなら安全だ。」

「兄ちゃんはどうすんだよ!」

俺は、落ちている木の棒に手のひらを向けた。すると木の棒は自動的に俺の手に収まった。

俺は、手に持った木の棒を構えた。その木の棒は先程よりも強い気を纏っていた。


「こいつを倒してから行く。」



✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「開いてねーじゃん」

テレーゼが扉をガチャガチャしながら言った。

まぁ、無理かなとは思っていたけど。

「やっぱ駄目かぁ...イメージが上手くできないんだよなぁ...。」

「でも少しは使えるんじゃないの?魔法。」

犬より遥かに少ない魔力量の人間だ。舐めてもらっちゃ困るね。

「僕が鍵を開けるにはこの鍵の構造を紐解かないといけないんだよ。なるべく魔力を使わないために。」

「なんでそんなもったいぶるの...?」

「.......後で魔法が使えないと困るかなーって。」

「ふーん...。」

本当はそうしないと自分の魔力がすぐ尽きるからなのに、なぜだか本音が言えなかった。ついさっき、僕は彼女に悩みを聞いてもらったのに。

僕が魔法を使えなくてテレーゼは魔力がほとんどなくてケイトは寝てる。


「.....................................」


2人の間に沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは馬車の運転手だった。

「ほら、見えてきたよ。ラーラード国だ。」

僕たちがいたウェントルプという国より遥かに大きい。

僕は直感で、1度入ったら出られそうにないな、と思った。


舗装された道路に入った馬車は揺れなくなった。

「何ここ!すごい!」

おいテレーゼ、都会を見て盛り上がるな。お前は今から売られるんだぞ。...僕もそうだけど。

ラーラード国の街道は綺麗に舗装されていて、その道に沿って屋台や店が連なっており、スラムとは大違いだ。当たり前だけど。


そんな賑やかな大通りを背に、僕達を乗せた馬車は人気のない路地裏に入って行った。

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