第4話:物語の始まり


「.....よし、行ったか。」

我が子らを見送ったベイルとその妻、カーネーションはウェントルプの外で立ち尽くしていた。


「さよなら、エンド、ケイト。いつかまた、会えれば良いな。」

「ねぇ、本当にやるの?」

「もうあいつらは送り出したんだし、ライベールにも頼んである。今更だよ。」

ベイルは普段から腰に身に付けている剣を抜いた。カーネーションはどこからともなく杖を取り出した。


「なんせ、この国の王様からの依頼だし。」


そして彼らはウェントルプへと向き直った。


「いっちょやるか、ゴミ掃除。」


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


馬車の中は快適ではなかった。椅子にクッションがないので舗装されてない道だとガタガタしておしりが痛い。ケイトはそれが嫌でテレーゼの膝の上に座っている。

「.....ケイト?テレーゼ、重そうだけど?」

「重くないもん。」

「妹ちゃん、重くないわよ。」

...僕ももう少し若かったら膝に乗せてもらえるのかな...。おしりが痛くてたまらないんだけど...。

「そのくらい我慢出来ないの?」

「あ、はい、我慢します。」

まったく、テレーゼは強いな。尊敬するよ。

「君たち!もう日が暮れてきたから今夜はここで野宿するよ!」

運転手が道路の路肩に馬車を停めた。

「...あのー、晩御飯とかは?」

「あぁ...これだよ。」

そう言われて、固いパンを差し出された。嘘だろ、トラッシュで生活してた頃はお父さんが狩りをしてお母さんが野菜やらを買ってきて肉も野菜もパンもあったのに。

ケイトも僕と同じで不満げだった。

そんなこんなで馬車の旅一日目が終了した。特に変なところはなかった。


2日目、おそらく今日で目的地に着く。

相変わらず馬車はガタガタだ。おしりが痛い。

今日はケイトは僕の膝の上に座っている。

「ケイト?あのお姉ちゃんなんかよりお兄ちゃんの方がやっぱり落ち着くよね?」

「変わんない!」

「ふっ」

「そこ、笑わないで」

しかし、馬車の旅も2日目となると飽きてくる。そろそろ何かスパイスが欲しい。

「暇だなぁ...誰か、歌ってくれないかなぁ...?」

「何よあんた、私がそう簡単に歌うわけないでしょ?高いわよ?私の歌声は。」

「お姉ちゃん、歌って?」

「もー!ほんとにしょうがないなぁ!そこまで言うなら歌ってあげるわよ!」

これが差か。くそ。まぁいいや、ケイトのおかげで旅の退屈しのぎができた。ケイトは歌を聞くと安心したのか僕の膝の上で寝てしまった。かわいいやつめ。

急に運転手が話しかけてきた。

「おっいい歌だねぇ!リアーナ・マクリナの「変わる夜」だっけ?」

「え?そんな名前なんだ。」

「知らなかったわ。」

「嬢ちゃんも知らないのかい...。」

「1回聞いたことがあるのよ。だから歌えるの。」


「えぇ.....すごいねぇお嬢ちゃん...。これは高く買ってもらえるんじゃないの?」


「「え?」」


高く買ってもらえる...?なんだ?それ。まるで僕達が今から売られるような言い方...

「おじさん!この馬車どこに向かってんの!?」

「えぇ?そんな事知っても君たちはどうしようも出来ないよ?売られることは確定事項だし...。」

「おい!ケイト起きろ!」

そう言って僕はケイトの頬を痛くないようにぺちぺちする。眠りが深すぎて起きる様子がない。

「ちょっと、なんでそんなことするの?可哀想じゃない。」

「この状況で呑気だな!僕達売られたんだよ!?」

「え?あっ。」

馬鹿すぎる、やっと気づくなんて。

「とにかく早く出ないと.....おじさん!馬車停めて!」

「いやぁ...それは出来ないよ?私だって君のお父さんにチップまで貰ってるんだから。無事に届けろって。」

...売られたのか、僕達は親に。.....あぁ、そうか、うん。


...........あ


「あぁぁあぁぁああぁあぁあぁあ!!!!!!!!」


僕は1人、馬車の中で発狂した。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、前世の僕。僕は「今世が最後」という言葉で十分気を付けてたはずなのに...それなのに.....。


(だめだ。終わった。僕の人生。)


いくら考えてもここから僕が立ち直れる未来が見えない。


ケイトはおそらく魔法の才能で売られた後に重宝される。

ついでに顔もいいから金持ちに買われる。


テレーゼは声がいい。歌が上手いからきっと金持ちに買われる。


じゃあ僕は?魔法も上手に出来ない。歌も上手く歌えない。剣も.....。


僕だけが何も無い。


僕は、彼女たちの才能を支える手伝いをして、言い方は悪いけど、そのコネで生きていくつもりだった。


バラバラになったら僕の人生は終わりだ。


「おい...おい!起きろ!ケイトぉ!!」

「ちょっ、なにやってんの!?」

僕は必死にケイトを揺さぶった。これでも起きそうにない。



僕は思い切り振りかぶって━━━━━━━━



ぱちん。


軽い音がした。


僕は思い切り、ケイトを叩いて起こそうとしたのに。


テレーゼは優しく僕を叩いた。


「私はね、魔力はないし、あんたみたいに頭も良くなくて、1人で悩むことなんか出来ないの。悩みなんか全然無くって、あると思うけど馬鹿だから...わかんない。でもね、友達が悩んでたら私も一緒に悩んであげたいって思ってる。共有したら少しは楽になれるでしょ...?」


「だからさ、私に話してよ。エンドは何を悩んでいるの?」



僕は泣いていた。自分の将来が不安だからじゃない。



彼女の優しさが心に深く染み込んだからだ。



僕は涙を拭った。


ケイトは未だ、呑気に寝たままだ。


まったく、テレーゼは強いな。尊敬するよ。


僕は、彼女に悩みを打ち明け始めた。


✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤


時は少し前に遡る。


魔道国家ウェントルプの一角、トラッシュの町で1人の剣士が暴れようとしていた。

「カーちゃん、範囲ちゃんと設定出来てる?」

カーちゃんと呼ばれた女性は、杖を構えて色々な術式を展開し、観察している。

「...たぶんね。」

「たぶんか...。まぁいいか、1回振れば分かるよね。」

剣を持った男は空にむかって剣を振った。

彼の持った剣は特定の範囲内で無限に伸長し、延長線上にいた鳥を切り捨てた。

「うん、いいね。じゃあやるぞ〜」

男は剣を横に構えた。


「一閃。」


その剣の一振で、進路上の家屋を次々になぎ倒した。

「あーやっぱ腕が鈍ってるな。切れないわ。」

「早めに終わらせてよね?」

「分かってる分かってる。」

もう一度、男は剣を構えた。


「いっせ━━━━━」


全てをなぎ払おうとしたその剣は、1人の剣士によって止められた。

いや、剣士として呼べるかも分からない。


なぜなら、彼が持っているのはただの木の棒だったからだ。


「おまっお前らぁ!エンドの家の両親だろ!!」

木の棒でベイルの一閃を止めたまま、リュウジは言った。

ベイルらはというと、まぁ、唖然としている。木の棒で剣を止めたことでは無い。


「うわぁ...目覚めさせちゃったよ...。」


「なんでシェルターの中にいないのよ...。」


今は、いつも子供達が秘密基地の中で遊んでいる時間だ。普通外に出ているはずがないとカーネーションは思っていた。


「俺、運ねぇなぁ...。いや、幸運か。あいつらがいないから死んでないってことは分かる。問題は他の奴らか...。テレーゼがいないからって急に集まらなくなるとかなんだよ...これで死んでたら承知しねぇぞ...。」


そう言うと、リュウジはベイルの剣を弾いた。


「とりあえずお前らがなんでこんなことしてんのか説明してもらうからなぁ!!」

激昂し、突撃してくる彼に対して、ベイルはただ呆然としていた。



「勇者に覚醒するなんて.....。」

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