【終わり】仕組まれた贈り物

 そして冒頭へと戻り、現在。


 俺の部屋にはアオイちゃんがソファーに座っている。

 キョロキョロと室内を見渡して、ライトブルーの瞳は俺を捉えた。


「意外ときれいだね?」

「まあ、一人暮らしもそれなりに長いですからね」

「確かに、勝手に留学に行ったもんね」

「……」

 

 えーこの人、まだ留学のことを言いますか。

 もうこれは粘着質を通り越して面倒な女だろ。


「それで、その格好はなんですか?」

「サンタクロースだよ」

「はあ……そうですか。てか屋上から入り込もうとするなんて何の用です?」

「ふふふ、プレゼントを渡しに来たの」


 なぜかアオイちゃんは立ち上がった。

 フワッと青い髪が舞った。


 アオイちゃんは頬を朱色に染めて、俺へと近づいてくる。

 ライトブルーの瞳がスッと細められた。


 色白い右手を俺の前へと差し出した。

 

 どうやら手を差し出せ、と言うことなのだろうか。

 もしかして本当に宝石をくれるとでも言うのか。


 俺はとりあえず右手を差し出すと——視界が青白く発光した。


「——っ!!」

「『私の奴隷となれ』」

「——っ!?」


 使役魔術を使われた!?

 くっそ、咄嗟のことで対抗することができなかった。


 頭がぼんやりとし始める。

 視界が微かにぼやけている。


 手足が痺れたように動かない。


「アオイちゃん……なんでこんなことを……」

「ふふふ、油断したらダメだよ?」

「何を……言っているんだ」

「本当は最終日に結ばれる予定だったんけど……もうムリっ!」


 アオイちゃんの桜色の唇が近づいてきて——唇に触れた。

 

 一度軽く触れた唇が離れて、うっとりした表情が俺を見つめている。


 そして——もう一度唇が触れた。


「——っ!?」


 ザラザラと舌が俺の口をこじ開けるように侵入して、口内を弄る。

 くちょくちょと唾液が絡み合い、俺の舌に吸い付く。


「あっ……ん」


 甘い喘ぎ声が俺の思考を奪っていく。

 それになぜかたまらなくアオイちゃんのことを抱きしめたくなった。


 アオイちゃんは俺の膝の上に乗っかり、俺を見下ろした。

 サディスティックに口元を歪めて、上着を脱ぎ始めた。


 色白い肌を朱色に染めて、アオイちゃんは今までに見たことのない低い声で言った。


「ヤト……私のことを犯しなさい」


 そして——俺は一線を超えてしまった。


♡♡❤︎♡♡


 私——アオイ・ヒーリアムには幼馴染の男の子がいる。

 ヤト・シュバインシュタイン。


 少しクセのある前髪、切長の瞳に、少し猫背の背中だからどこか覇気を感じさせないところ、全てが愛おしい。


 私には両親がいなかった。

 ある日、孤児院の前に名札とともに置き去りにされていたらしい。

 ご丁寧に姓名を載せておくなんて、なんて心優しい両親だったのでしょう!……最後の置き土産とでも言うのでしょうか!


 ……なんてことはなくて、偽名だったらしい。


 馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 私の両親は、誰が捨てたのか詮索された時を想定して、時間でも稼ぎたかったのかもしれない。


 そんなよくわからない状況を知ったのは12歳くらいだった。

 

 でも彼がいたから、全然さみしくなかった。


 当初、孤児院では、私と彼が浮いていた。


 彼は魔術の素養があって、どこかみんなから怖がられていた。


 私の方は自分で言うのはアレだが……その当時から可愛いらしい。

 女の子たちから仲間外れにされ、男の子たちからは遠目で観察される対象だった。


 だからひどくつまらなく、退屈な時間が続いていた。

 

 でも、ある日のことだった。


 ヤトくんはいつも孤児院の庭の端っこで幾何学模様を描いていた。

 そしてなんだかよくわからない魔術の勉強をしていた。


 そんな彼——ヤトくんが何を思ったのか、私の元へと近づいてきた。


『……あのさ、この布、持っていてくれない?』

『……?』

『だから、この布を持っていればいいから』

『いや』

『なんで?ひまでしょ?』 

『……ひまじゃないっ』

『あっそ……じゃあいい』


 そう言ってヤトくんはめんどくさそうに、別の女の子のところへと行った。


 ふん、女の子だったら誰でもよかったんじゃない。

 これだから、男の子はきらいっ!


 あの時、私は本へと視線を戻して、ヤトくんのことなんて無視した。


 次の日もまたヤトくんが私の元へと来た。


『なあ——』

『やだ』

『まだ何も言っていないけど?』

『ふん、じゃあ何?』

『その黒い髪さわってもいい?』

『な、なんで?』

『いま実験している——』


 ヤトくんは楽しそうに魔術のことを話し始めた。

 ほんの虫だった私は好奇心に駆られて、気がついた時にはあれやこれやを質問していた。

 

『ふ、ふーん、じゃあいいよ?』

『まじかっ!』


 それから時々、ヤトくんの実験とやらに付き合う関係になった。

 そして気がついた時には、彼のことを好きになっていた。

 別に何かがあったわけではない。

 ただ一緒にいろんな魔術の実験をした。

 それだけ。


 一緒にいるだけでもすごく楽しかった。

 だって彼によって、私の退屈な世界は色で満ちたのだもの。


 しばらくして、私はなぜか院長の推薦で王都で寄宿学校に入学することになった。

 どうやら私が国王と愛人との子ということで最低限の教養は身につけさせようと学校に入れたかったらしい。


 ヤトくんに会えないのは寂しかったけど、休みの日には孤児院に帰ることができたから、それでよかった。


 しかし、ある日、私の目の前は灰色になった。


 ヤトくんが、私の前からいなくなった。

 前から隣国に留学することになっていたらしい。

 ヤトくんから留学するなんて話は一度も聞いたことがなかったから悲しかった。


 彼は肝心ところでいっつも言葉にしてくれない。

 

 でも彼を諦めるつもりなんてなかった。

 

 だって——王宮内の混乱によって、私にまで継承権がまわってきたんだもの。

 正直、自分が愛人の子なんて聞いた時は驚いけど、これはチャンスだと思った。


 うまく王女としての立場を利用すれば、ヤトくんを手に入れることができるかもしれない。


 そこからの私は、必死になって勉強をした。

 幸い、運も味方してくれた。

 偶然にも宝物庫にかつて存在したという勇者の文献を発見した。


『勇者の国の文化』

 

 私とヤトが結ばれるためには、少なくとも国民から祝福されなければならないだろう。


 文化施策だったら、うまく私の存在をアピールできるかもしれない。

 そして、色々と民間の商会や王国の認可したギルド、時には闇ギルドを巻き込んで、さまざまな文化施策を実施した。


 そのおかげで国民からの支持を得ることができた。


 結局、数年間もかかってしまったが、どれでもヤトくんと結ばれるだけの人望は集めることができたはずだ。

 

 だから、ヤトくんを手に入れるための計画を実行した。


 だって早くしないと泥棒猫に奪われてしまうかもしれないから——私はヤトくんに再会することにした。


♡♡❤︎♡♡

 

 何度も身体を重ねて、乱れたベッド。

 そんなベッドの上で、アオイちゃんは俺の顔を覗き込んでいた。


 アオイちゃんは……さらに使役魔術を重ねて付与したようだ。

 先ほどよりも身体が不自由だ。


「実は、私、前国王の隠し子だったんだって」

「……」

「うん、なんか前国王は、東方のジャポンからの留学生と道ならぬ恋に落ちた末に——」


 どうやら前国王が懇意にしていた孤児院の院長セバスは、元々は前国王の右腕だったらしい。

 現役を退いてからは、孤児院で優秀な人材を登用するために育成をしていたらしい。

 

 そのような王宮とは離れた安全な場所で暮らしてほしい。

 少なくともアオイちゃんが成人になるまでは匿って欲しい。


 前国王はそんな願いを込めてアオイちゃんを孤児院に預けることにしたのだと言う。


 ほお、そのような事情があったのか。

 だから時々、このポンコツ具合を発揮して備品を壊しても全く怒られるような素振りもなく孤児院内を闊歩していたのか。


 そりゃあ王女様だ。

 備品の一つや二つ壊したところで咎められることもないが——いやいや、待てよ。


「……」

「——ん?『ちょっと待って』とでも言いたげな表情だね?」

 

 アオイちゃんは不思議そうにキョトンと首を傾げた。


 そんなサラッとカミングアウトできるような軽い話題じゃないだろう。

 

 最悪だ。

 王族の秘密を知ってしまった。


 てか、絶対に知ったらまずい話だろ!?


「……」

「え、だって?私たち……エッチしちゃったし、付き合うのは当然でしょ?」

「……っ!?」

「ふふふ」


 ポッと朱色に頬を染めて、アオイちゃんは口元で色白い手をもじもじと動かした。

 

 いやいや、どうしてそうなる?


 このポンコツの脳内では、エッチしたら付き合うということらしい。


 どうしよう。

 留学先で出会った恋人——マリアがいるのに、王女様に手を出してしまった。

 まずい。

 非常にまずいだろう。


 いつの間にか、じーっとライトブルーの視線が向けられていた。

 でもなぜだろう。

 いつもであれば綺麗なライトブルーの瞳が濁っている。


 先ほどよりも使役魔術の効果が薄れた。

 わざと魔術を解除したのか?


 口を動かすことができそうだ。


「ねえ……ヤトくん?」

「……なんだよ」

「あの子と別れてくれるよね?」

「あの子……?」

「うん、そうだよ。あのマリアとかいう女のこと」

「……」

「ふふ、私が彼女のことなんて忘れさせてあ・げ・る♡」


 アオイちゃんは俺に絡みつくように腰に腕をまわした。


 きっとアオイちゃんは全てわかっていて俺と肉体関係を持ったんだ。

 だから王族としての血筋を受け継いでいることも今、告白したのか。


 俺から逃げ出すという選択肢を奪うために——既成事実を作ったのか。

 

「ふふふ、本当は最後までおバカでドジっ子なアオイ・ヒーリアムという女の子を演じ続けたかったんだよ?でも、ヤトくん、全然、反応してくれないんだもの……だから、方針変更したの。ずっとずっと好きだったんだよ、ヤトくんのこと」


「ごめん……気が付かなかった」


「それは別にいいの。だからね、ヤトくんが留学している間に、いいこと思いついちゃったんだよね。ほら、メイちゃん。あの雌猫もヤトくんのこと好きみたいだったから、だかね。ちょっとチャラ男くんをそそのかしたら、あらまあ、お二人とも相思相愛になっちゃったみたい……ふふふ。やっと遠ざけることができた。だから、ヤトくんを帰国させるように命令したのだけれども……今度は女狐がいるなんて……私、困ったんだよ?」


「アオイちゃん……何を言っているんだ?」


「ふふふ、最近、マリアちゃんからのお手紙届かないでしょ?」


「……何をした?」


「ふふ、何もしていないよ?ただ私とヤトくんの関係性について噂を流してあげただけ」


「関係性?……それに噂ってなんだよ」


「うん、私とヤトくんは同じ孤児院で育って、一緒の時間を過ごして、将来は結婚する約束をしている……だからヤトくんは帰国することになった。そんな噂」


「……狂っている。そんな昔のことをいつまでも引きづっていたのかよ」


「えーひどい。私は本気だったんだよ。それに今も本気だから、わざわざ同じ職場にしてもらったんだよ?」


「……」


 だから新人なのに二人しかいないような窓際部署に左遷されていたのか!

 てか、王族としての権力をそんなことに使うなよ。


 アオイちゃんはわざとらしい驚きの声を上げた。


「あ、それと——私、避妊魔術使うの忘れちゃったから——」

「——っ!?」

「赤ちゃんできちゃったかもしれない♡」


 どこまでが計画だったのか。

 どこからがポンコツだったのか。


 今ではわからない。


 ただ一つだけわかることといえば——俺は一生、アオイ・ヒーリアム・ローシル第二王女の隣に居続けることだろう。


                (終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】聖なる夜にサンタクロース(美少女)が夜空から降ってきて、性なる夜を過ごすことになった。ただし、とんでもないヤンデレだった。 渡月鏡花 @togetsu_kyouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ