第七話

善照寺砦ぜんしょうじとりでに籠もらせる織田の旗本勢は、我が軍を油断させるべく用いられたるおとりにござります。旗本勢は、善照寺砦から一歩も出ては参りませぬ。信長は善照寺砦に籠城すると見せかけて、自ら集めた傭兵ようへいにより、殿が司る前軍を総攻撃して参ります。三千に満たない歩兵と軽んじたりなさらずに、なにとぞ格別のご配慮を」

「傭兵、とは……」

 

 静の話を聞くうちに、喉も唇も干上がったようになっていた。

 訊ねた声も上擦って、しゃがれた老人の声になる。



「傭兵は尾張の土豪や、鉄砲の射術に長けた野武士等にございます。土豪の将は信長への忠誠も厚く、頭もきれ、勇猛果敢ゆうもうかかん強者つわものです。鉄砲衆をまとめる頭目とうもくも、戦にも長け、采配の器量もある男。両雄を従えた信長は、死すとも駆けて参りましょう」

「考えられぬ……」

 

 元康は衝撃のあまり足元がおぼつかなくなり、櫓の壁に手をついた。


「本陣同士の決戦に、そのような金で集めた傭兵のみで臨むなど……」

 

 諸国の大名家では傭兵は、あくまでも予備兵として用いられている。

 家来は決戦の場で功績を上げ、所領を増やさなければ、何の為に仕えているのか、わからない。


 譜代の家臣は、己のろくを増やさんが為に、戦に出るのだ。

 その機会と功労を、与えようともしない国主が存在するとは、にわかには信じ難かった。


「殿」


 静は惑乱する元康を、叱咤するような声を出す。


「今一度、お考えをお改め下さいませ。相手は一体誰なのか」

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