第二話

「お前は俺の側にいろ。これからは鉄砲が主力になるだろう。織田の鉄砲衆の目となって、死ぬまで働け。禄高ろくだかも与えてやる」

「なんだよ、急に」

 

 静は忍び笑った。本気にしていない言い方だ。


「それじゃあ、俺は爺になって、夜目も遠目もきかなくなったら放逐か?」

「馬鹿を言え。どの家来も齢をとれば隠居する。隠居して、俺の茶の湯の相手をしろ」

「茶の湯なんか知らねえよ」

「知らぬのならば、教えてやる」

 

 信長は、懸命に引きとめようとしている自分いぶかしむ。戦が終われば、静は御役御免といわんばかりに姿を消してしまうだろう。

 最初から、そういう話になっている。どこへ行こうと静の自由だ。

 だからだろうか。

 戦が終わった後の事を、考えないではいられない。


「茶の湯の何がいいんだよ。ただ座ってるだけじゃねえのかよ」

「茶の奥行を知らぬ者は同じ文句を言うものだ」

 

 何を告げても静には、ぶつぶつ念仏でも唱えるように、言い返された。茶の湯が嫌だ、退屈だと言うのなら、鷹狩でも教えてやる。踊りが好きだと言うのなら、能楽だって仕込んでやる。

 静は何でも飲み込みが早い。

 その気になればすぐに身につけ、楽しむようになるだろう。


 友垣ともがきというものがあるとするのなら、このような相手を指すのだろうかと、信長は漠然と考える。


 これまでの自分には、上か下か、敵しか存在しなかった。

 静のように誰にでも、平気で減らず口をたたく男は初めてだ。


 そして、こんな奴にはもう二度と巡り合えない気がしていた。

 

 静は信長の隣で馬を歩かせ、喉の奥で押し殺すように笑っていた。心に気鬱を抱えたような、どこかしら締まりないような口元だ。


 信長は伏し目がちに笑んでいる、静の品の良い横顔を、じっと見た。

 それきり信長も黙り込む。

 森閑とした雑木林に、足並みの揃ったひづめの音が穏やかに響いていた。


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