第十話 激突

第一話

 岡崎を出た元康は、大高城に夜更けに入城。

 その翌日の丑の刻(午前三時頃)には、元康自身を大将に、大高から丸根砦への進撃を開始した。


 未明といっても周囲は墨を流したような闇に覆われ、朝霧も濃く垂れこめている。どの隊も、松明を赤々と点しての進軍だ。

 

 大高城と丸根砦を隔てる黒末川は、干潮かんちょうで浅くなっている。このところの晴天で、幸い流れもゆるかった。

 元康は声を張り上げ、「進め! 進め!」と、横隊を叱咤した。

 人馬は水飛沫をあげながら、果敢かかんに川を渡り切り、そのまま丸根砦に突撃する。

 

 砦に猛進して行く軍勢を、静を連れた信長は、近くの山の中腹で物見ものみする。


 静も信長も、古びた単衣の浪人のていで馬に乗り、眼下の丸根砦を注視する。戦支度もしていない。


「時間の問題だな」

 

 木で鼻をくくるように静が呟く。


「落ちるだろう。陥落するのを、こうして待っているのだからな」

 

 信長も冷やかに同調した。

 元康の前衛軍は既に丸根砦の門を破り、迎え撃つ織田勢に、無数の矢を放っている。丸根に更に後詰めに向かう織田の本軍は、清須を出たばかりの頃合いだ。

 援軍が間に合うはずもない。


 程なく元康の後衛軍も突入し、丸根砦の辺りから無数の黒煙が立ち上る。

 信長は、織田家の縁戚や重臣が奮闘空しく死にゆく様を、近隣の山の中腹ちゅうふくで観戦した。


 文字通りの、高みの見物。

 やがて元康の諸隊が槍や刀を天に向け、咆えるような勝ちときが、山の峰々にこだました。


「落ちたな」

 

 信長は素っ気なく告げるなり、馬の手綱を手前に引き、馬の首を巡らせた。 

 静も言わずもがなで信長に続き、馬の頭を反転させた。


 二人は馬を並べ、百年杉の間に細々と続く林道を下り始めた。


「この戦が終わっても」

 

 ぎこちない沈黙を信長が破り、ぽつりと言う。前を向いたままだった。

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