第五話

 北麓に居を構える山を含め、一帯の集落を治める深作平兵衛ふかさくへいべいは、報せに来た百姓に先導させつつ、山の林道を上り出す。

 深作の周りは、弓と槍も装備した側近達が固めている。

 全員顔を強ばらせ、くだんやからの正体と目的を探るべく、慎重に歩を進めていた。


 すると、深作の脇から小柄な男が前に出て、道の真ん中で屈み込む。


「どうした? 市松いちまつ

「ご覧下さい。やはり血です。人のものか獣のものかは、わかりませんが」


 市松が指した場所には、真新しい血溜まりの跡がある。

 しかし、肝心の死骸が見当たらない。

 これでは獣が他の獣に食われただけかもしれないと、深作は無言で眉をしかめたが、憶測だけでは決めかねる。


「……で、ですが、わしは、この目でちゃんと見たんです。この一帯では禁忌きんきのはずが、狩りをしている小僧がいて……」


 たばかったのではないのだと、案内役の百姓が必死の形相で言い募り、釈明しようとした時だ。血溜りを囲む深作達の頭上をかすめ、一本の矢が唸るように、くうを飛んで横切った。


「な……っ!」


 一同は顔をめぐらせ、矢の方向を見送った。

 直後に、大木の枝葉が重なりから甲高い鳥の奇声が上がり、彼らの足元に落ちてきた。


「……ひえっ!」


 市松が、声を発して飛び退いた。

 林道に落下したのは、胴を矢で射抜かれたキジだった。


 そのキジの死骸をおずおずと深作達が取り囲み、おそおののき絶句した。


 これで、ようやく見間違いではなかったことが明かされた。

 百姓が見た少年は、確かに山の中にいる。

 単独なのか、集団なのかは分からない。


 だが、その穢れには深作でさえ躊躇して、どうすることもできずにいた。

 さらに林道脇から下草を、掻き分けるような葉音が徐々に近づいて、深作達は身構える。

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