第四話

 糸杉の大木が両脇にそそり立つ林道で、鹿が横倒れに倒れている。

 両袖を外した単衣ひとえの着物に、膝丈までの半袴はんこ姿の少年は、鹿の首を貫いた矢を引き抜いた。

 その矢を背負った矢筒に入れ、仕留めた鹿を放置したまま、きびすを返した時だった。


「捨てるの? それ」


 背後から、凛とした男児に問われて振り返す。

 見知らぬ子供が熊笹を、掻き分けながら林道まで出て、置き去りにしたしかばねと、撃ち取った少年の顔を交互に見た。


「いらないのなら、もらうけど」

「……やってもいいが、けがれだぞ?」


 少年は、穢れの語気だけ強くした。


 痩せた男児は七、八歳といったところか。

 着古した単衣姿で、ほこりまみれの乱れ髪を、麻縄で無造作に束ねている。

 男児は見ず知らずの相手にも、声をかける度量がある。


 また、男児の側には、放ち髪のわらわもいた。


 こちらの童は、四つか五つ。

 肩の長さの放ち髪は、灰でも被ったかのように、汚れて白くなっている。

 丸々と肥えた鹿の前にしゃがみ込み、童は無邪気に突ついていた。


 男児と童は吊り上った目尻といい、品よく通った鼻筋や、鷹のくちばしにも似た上唇など、よく似通った面立ちだ。おそらく兄弟に違いない。

 ただ、年少の童子の右目が、腐った魚の目のように銀色に鈍く濁っていた。


 生まれつきなのか、怪我か病で潰れたか。

 ただ、その童の左目の澄んだ瞳の輝きと、右目の曇った瞳の対比が不思議と脳裏に焼きついた。少年は、あらためて周囲を見渡した。

 けれども森閑とした林道には、親らしき者の姿はない。

 

 何はともあれ、この山で狩った鹿を欲しているのだ。自国の者とは思えない。

 おそらく親を亡くした他国の子供が、二人で流れて来たのだろう。


「売るなり食うなり、好きにしろ」

 

 少年は、兄らしき男児に言い捨てた。

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