32話 つれてって


 アサヒとの話が終わった後、ジオは重たい気持ちを引きずるようにして、シバとアジュのいる個室へ向かった。


 ディアに教えてもらった通り、シバを静かな個室で休ませ、アジュに付いてもらっていたのだ。


 ジオは個室の前に着くと、音がしないようにそうっと扉を開け入室した。


 ベッドの端にアジュが座っており、その膝の上ではシバが体を丸くして眠っていた。


「あ、ジオさん。アサヒさんとの話は終わったの?」

「……うん。シバを見ててくれてありがとね、アジュ」


 シバを起こさないように、アジュと小声でやり取りをする。


「シバの様子はどう?」

「一時間くらい前に寝たところだよ。疲れてたんだね。全然起きないの」


 アジュがシバの頭を触れるか触れないかくらいの力加減で優しく撫でる。

 シバは気持ち良さそうに目をきゅっと結び、ぷーぷーと鼻を鳴らし眠ったままだ。


「シバちゃんかわいいね。なかなか寝ないからしばらく撫でてたらね、よたよた〜って膝の上に登ってきて、こてんって寝始めたの。人の温もりが好きなんだね」

「ずっとこのまま見てくれてたの? 膝痺れてない?」

「これくらい大丈夫だよ。なんだか懐かしいなぁって思ってたの。こう甘えん坊なところとかまるでお母さんの、あっ」

「ガネットさんの?」

「……」

「ガネットさんの何?」

「……」


 アジュが「あ」の口を開けたまま時を止める。

 かなり不思議な沈黙が流れた。


「アジュ、どうしたの?」

「……よし。シバちゃんも寝たことだし、私もそろそろ寝るねっ」

「待って。アジュ、今何か言いかけたよね?」

「気のせいだよ。おやすみジオさん」

「ちょっと待って」


 アジュがシバをベッドに下ろし、早足に部屋を出ようとしたため、彼女の腕を掴み引き止める。


「ジ、ジジジジジオさん? ご、ごめん、私お買い物したいものがあって」

「こんな夜中じゃどこもやってないだろ。明日一緒に行こう。それよりも、君に聞きたいことがあるんだ」

「な、なにかな?」

「アジュはもし僕がステージ5で倒れたまま目を覚まさなかったとしたら、どうしてた?」

「え」


 アジュは「うーん」と悩む。


「どうしてたかなぁ。ごめんね。私もしもの話ってうまく想像できないの。でも、ジオさんはいつも自力で立ち上がる人だったから、ジオさんが自分で起きるまで待ってたと思うよ」

「……そっか」


 改めてアジュを見る。

 一見おっとりとした気の弱い少女。

 その内にブレることのない強い芯を持っている。

 アジュはどんな時も自分を信じ支えてくれた。

 ジオは何度も彼女のそれに助けられてきた。


「ジオさん、もう大丈夫かな。その、手……」

「アジュ、エクレアに入団してくれて、あの日目覚めた僕に一番に声を掛けてくれてありがとう」

「え!?」


 びっくりしている彼女の細い腕を、名残惜しく思いながら解放する。


「君と出会えて心から良かったなと思うんだ。それを伝えたかった。引き止めてごめんな。おやすみ、アジュ」

「う、ん。おや、すみ、ジオさ……」


 アジュは煙が出るのではないかと思う程に顔を真っ赤にして、去っていった。



 ジオはシバと一人と一匹個室に残された。

 アジュと話してから、鉛のように重かった気分がいつのまにか晴れてすっきりとしている。

 

(さて、寝れるかわからないけど、僕もそろそろ横になろうかな。きっとシバなら僕の右腕が悪さしても、不吉な気配とやらを察して逃げてくれるよね)


 そう都合よく考え、ベッドに横になりシバを抱き寄せる。

 シバの小柄な体は、ジオの懐にすっぽりと収まった。


 もふもふで暖かい。

 ぷーぷーと可愛らしい寝息がすぐ傍で聞こえる。

 それらがとても心地よく、ああ、やっと寝れそうだと目を閉じた。


「おやすみ、シバ……」




 暖かな気配とにおいに包まれる中、シバが寝言を言う。


「ジオ……シバやくにたつから……エクレアをきっとまもるから……だから……いつか……」


 いつかジオのぼうけんにシバを……。





⭐︎作者より


 2章ジオ編までお読み頂きありがとうございます!

 「書いてみたい」とずっと思っていた物語でしたので、それを形にする機会を頂けて嬉しいです。瘴気に溶けずに書き続けられたのも皆様の応援のおかげ。重ねてお礼申し上げます!


 さて、1章2章と努力の主人公ジオをとても酷使してしまいました。3章はジオはお休みして、器用な最強キャラが主人公となります。

 どうぞよろしくお願いします!

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