30話 木箱


 城の赤い屋根の上にて、フェニックス(雀)は羽を休めていた。


 アサヒの帰還にはじめに気づいたのは、南方護衛団に所属する一羽の鳩であった。


 鳩から話を聞いたフェニックスは直ぐにアサヒの元へ急行する。

 ゼフィールの城へ向かうように伝え、状況を報告しつつ城まで着いてきたのである。


 信仰領の襲撃が始まり今に至るまで、フェニックスはほぼ不眠不休で働いている。

 羽は痛いし、体は寝不足と疲労で困憊だ。


「借りは返したわ。アイリスを助けてくれてありがとね。ジオ君、シバっち」


 「もうだめ眠い寝る〜」と、雀はべたりと屋根で突っ伏し、そのまましばらくの間爆睡したのだった。



 玉座の間にて。

 実力領最強の剣士アサヒと赫眼の魔術師ゼフィール王が相対する。


 ゼフィールはこのまま話を終わらせるつもりはないようで、アサヒを鋭く睨み続けている。


 それを意に介した様子もなく、アサヒはくるっと王に背を向け、ジオへ手を差し出した。


「ジオ、立て」

「う、うん……」


 ゼフィールを無視して大丈夫かと内心不安に思いながらも、ジオはアサヒの手を取り、強張っていた足に力を入れ何とか立ち上がった。


「本当に、ステージ5から目覚めたんだな……」


 アサヒが一瞬苦笑する。


「俺はこのままゼフィールと話をつける。お前はシバを連れて城の外で待ってろ。俺の荷物も頼む」

「……わかった。って、重!」


 アサヒが軽々と片手で持っていたため油断したが、木箱には存外に重量があった。

 両腕に抱えるように持ち直し、上下に大きく振ってみる。ゴットンゴットンと中のものが跳ねた。


「これ、結構大きい物じゃない? 何入ってんの?」

「おい、あまりゆすってやるな……。なるべく丁重に頼む」

 

 アサヒは振り返り、ゼフィールへ再び向き直った。

 ゼフィールも殺気立っているものの、何も言わない。

 この地獄のような空間から脱出するのなら今の内だ。


「シバ、歩ける? 歩けないなら抱っこするね」

「……」


 呼び掛けるが、シバは見事な待てをしたまま固まり返事をしない。

  右腕で木箱を肩の上に担ぎ、左腕をシバのお腹に通すようにして持ち上げる。

 シバの下にあった絨毯には、水で濡れた跡ができていた。


(あ、シバ、おしっこちびってる。高そうな絨毯汚しちゃったな)


 ま、いいか、とジオはそれ以上気にせず、シバと木箱を抱えて出口へと向かった。


 自分達がやられたことと比べれば、こんな程度なんてこともないのだ。



 城の外にある庭園に出る。

 庭園は広く誰もいない。白、ピンク、赤等の色彩豊かな花々で華やかに彩られている。


 木箱を置き、ベンチに座って膝の上でシバをしばらく撫でてみるが、シバは反応を示さない。


 少しでも気休めになればと、シバを抱っこし、白い花弁の花に近づけた。


「シバ、ほら見てごらん。綺麗な花だよ。何の花だろうね」

「ユリ科の花ユリ。根、茎、花弁、花粉等全ての部位に毒性を持っています。シバさんには近づけない方が良いですよ。腎不全や嘔吐等の中毒症状が出る可能性がありますから」

「うわあ!?」


 突然掛けられた少女の声色に振り向くも、辺りには木箱以外何もない。


「何者だ!?」


 ジオは木箱の蓋を一気に開け放った。


 中で膝を抱えてこちらを見ていたのは、幼ない顔立ちをしている茶髪の少女であった。


 背格好からして、年齢は10くらいだろうか。

 少女は研究者のような白衣を纏い、首にはゴツいゴーグルを巻いている。


「え、木箱の中に、女の子? というか、その目……」


 その少女の瞳には特徴があった。

 両の瞳が『赤い』のである。


「……」


 迷惑そうにジトっと睨んでいる少女に気づくことなく、ジオは少女の瞳を夢中で観察した。


(これは、赫眼かくがん? でも、赫眼なら、ゼフィールのみたいに本態的な恐怖が湧いてくるはず。この子の瞳からは何も感じないな)


 ゼフィールの瞳と比べれば、少女のものは薄明るく見える。緋色というべきだろうか。

 それが日の光に反射し様々な色が含まれているように輝く。まるでそこに一つの世界があるようだ。


「滅茶苦茶綺麗」

「!?」

「あ、ごめ、つい夢中になって」

「いきなりナンパ!?」

「へ?」


 何の事、と聞き返す間も無く、「人間怖いです」と少女が木箱の蓋をパタンと閉め、中に閉じこもってしまった。


「な、ナン……!? ち、違うって! 思ったことがついそのまま口に出てしまっただけで」

「感情論は嫌いです」


 木箱の蓋だけでなく心までシャットダウンする少女。

 「君も人間だろう」とか「君だって感情的になってるじゃないか」とか、諸々と突っ込みたいことはあったのだが、ジオは堪えて謝罪することにした。


「ごめん。君はシバのために声をかけてくれただけなのに。驚かせてしまったよね」

「さっき箱をゆすられた時、頭とお尻を打って大変でした」

「……それも、ごめん」

「わかって頂けたら良いです。それよりも、シバさんは恐怖に当てられ心身喪失状態にあります。今日一日はリラックスできる静かな環境で休ませてあげてください」


 素直に謝罪したことで気を許してくれたのか、少女が閉じこもったまま話をしてくれる。


「わかった。そうしてみる。ありがとう。それで君は」


 少女のことを尋ねようとした時、ゼフィールとの話が終わったのか、アサヒが歩いてくる。


「ジオ、何をしている」

「あ、アサヒ。木箱にいる女の子が声を掛けてくれて、今色々と教えてもらおうとしているところだよ」

「ディアが自分からお前に話しかけたのか?」

「そうだけど」


 少女の名前はディアというらしい。

「ふーん」と、アサヒが意外そうに木箱を見る。


「それで、ディアちゃん、でいいのかな。この子は何者なの?」

「それはここで話すことじゃない。見ての通り、こいつは赫眼を持っている。ゼフィールに知られたら面倒だ」

「そうかもしれないけど、でも……」

「ギルドに帰るぞ」


 有無を言わせずにアサヒは木箱を肩の上に担ぎ歩き始める。


「アサヒ、僕、君に聞きたいことがいっぱいあるんだけど」

「ギルドに帰ったら、俺の答えられる範囲で答えよう」


 アサヒはここでは何も話すつもりはないらしい。

 自分の昏睡、アサヒの不在の理由、木箱少女について、そして、ゼフィールとの話合いの結果。ジオはそれらを今すぐにでも問いただしたい衝動をグッと飲み込み、アサヒの後に続いた。


「帰ったら全部話してもらうからな!」




 




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