21話 南門の戦い②
エイトのいきなり教主を狙った初手が、副官のナタリによって剣であっさりと阻まれるのを、ジオは遠目に見て呆れていた。
「作戦ガン無視か……」
エイトはその後もナタリに抑え込まれ、それ以上の動きは期待できない状態だ。
ターン、終了である。
耳元でバハムートが話しかけてくる。
「目立ちたがりのあの小僧のことだ。ある程度予測できてはいた。開始早々飛んでいくとは思わなかったが……。まぁいい。目立ちたがり小僧が教主とあの女の目を引いている間に、我々は当初の作戦通り大砲の破壊に努めるとしよう」
「了解した。それじゃ、行ってくる」
トカゲを頭に乗せたまま戦う訳にはいかないため、バハムートを手で掬い、後ろに乗っているアジュへ差し出した。
トカゲは彼女の肩へとしゅるりと移動する。
その際に、アジュの不安げな目と目が合った。
「……ジオさん、いってらっしゃい。気をつけてね」
アジュが笑顔をつくる。
彼女はこんな不安げな笑顔で、大陸の外へ旅立つ母親を見送ったのだろうか。
ついその髪に触れたくなる衝動を、今ではない、と拳を握り堪えた。
「大丈夫。そう簡単には負けないさ。もしそれでも心配だと言うのなら、君が僕を守ってよ」
少女の瞳が嬉しそうに輝く。
「うん、勿論だよ。今度は病室で待ってるだけじゃない。ジオさんのことは私が守るよ」
「……僕を射たないでね」
「私がジオさんを射つはずがないじゃない」
笑顔のまま言い切る少女に一抹の不安を感じながらも、「よろしく」ととりあえず任せ、ジオはリヴァイアタンから降りていった。
シバ達が考えた作戦とは、南門の前にいる信仰領へ地下からの不意打ちを仕掛け、混乱が収まる前に大砲を破壊し撤退するといったものだった。
リヴァイアタンがその巨大な体格で大砲の破壊に動くため、ジオは敵を撹乱しながらそれを援護する必要がある。
未だ状況がわからずにいる300人の信者達を前に、青年はファルシオンを抜き、そして叫んだ。
「おい! お前らの崇拝する神は人間をゴミ同然に扱うくそったれだ! 自分達が薬で利用されているだけだとわからないのか!」
自分達の神を愚弄する青年に、信者達は血走った目を向ける。
直ぐさまそれぞれ持っている武器を振り翳し、攻撃を仕掛けてきた。
ジオはそれを冷静に観察する。
(武器の構えも足捌きもなってない。鍛錬をしていないんだ。素人の付け焼き刃なら、エクレア万年2番手の僕が負けるはずもない!)
振り上げられた斧に対し、ガラ空きとなった懐を剣で素早く振り抜く。突かれた槍を切断し、その信者の肩から腰にかけて斜めに振るう。
すかさず頭上に降りかかる鉈を重心の移動で横に避け、その腕をファルシオンで分断した。
片腕を無くした信者が怯む様子もなく首筋に食らいつこうと組みついてきたため、仕方がなくその胸を深く斬り命を断った。
人肉を掻き斬る不快感。
人形の魔物とは異なる感触に、ジオは眉を顰めた。
(理性があるだけ、人間の方がグールよりよっぽどタチが悪くて、難儀だな……)
前方の敵を相手取っていると、すとん、と不意に後方で音が鳴る。
振り向くと、剣を持っていた腕に矢を受け唸る信者がいた。
リヴァイアタンに乗る、アジュからの矢の援護のようだ。
「心強い限りだ、と!」
息つく間もなく、もう片方の腕に持ち替えられ振るわれた剣を一歩後退し避ける。
ジオは次から次へと襲いかかってくる信者達を相手に、戦場の真ん中で戦い続けた。
◆
ジオが敵の気を引いている間に、リヴァイアタンが3台目の大砲を頭突きで突き飛ばす。
それを眼前に、桃色の子豚ベヒーモスは自分に与えられた使命に燃えていた。
「よし。これであと大砲は残り2台。ジオ氏もリヴァイア氏も今のところ順調でござるな。それでは、拙者は拙者の役目を果たすとするでござる」
役目とはシバ個人から与えられたものである。
『信者達の中にも聞き分けのできる者がいるかもしれない。無用な犠牲を出さないように、彼らと会話をし投降を促して欲しい。大丈夫。ベヒーモスは豚じゃないから問題ないワン。あ、弓兵からよろしくワン』
シバはようやく答えを得たようだ。
そう、ベヒーモスは豚は豚でも豚ではないのだ。(自称)
ベヒーモスがトコトコと武装した信者達に歩み寄る。
「拙者の有難い話を聞くでござる」
「ん? 足元から声が……」と、ベヒーモスを視界に収めた信者達の瞳孔が、次々に散大していく。
豚だ。豚がいるぞ。
「この戦いにおいて、貴公らに勝ち目はないでござる。大人しく投降を……」
話し終える前に、至近距離に矢が番られた。
「プピーーーー!?」
「豚がそっちに行ったぞー!」
「穢れた豚め! 今直ぐに浄化してくれる!」
一斉に自分に向けられ降り注ぐ矢から、豚は必死に逃げ惑う。
逃げた先でも、剣やら槍やらでガツガツに突かれるため、豚は甲高く鳴きながら走り続けるしかない。
ベヒーモスはエイトと共に山で修行した身。その短足小幅の足を活かした速さたるや、足元を突風でも吹き抜けたのかと思わせる程の快足であった。
そんな韋駄天の豚に、人間の目で追いながら放った攻撃が当たることはない。
しかし、豚は内心で泣き叫んでいた。
(何故でござる!? 拙者は投降を促しただけなのに! 拙者は豚ではないというのにッ!!)
全ては犬の計らいの内であることを、咽び泣く豚は気づかない。
そうして、ベヒーモスは敵の目を最も撹拌するという重要な役目を果たしたのである。
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