11話 ルーシーの病室にて
アジュをエクレアへ送り届けた後、ジオは信仰領ヴァルハラの偵察事項を報告書にまとめ、南方ギルド集会所へ提出し、その日を死んだように寝て過ごした。
その翌日、ジオはルーシーの療養しているロギムの街の病院へ足を運んだ。
ロギムの街。病院の病室にて。
そこにはベッドを頭部挙上し、座位となっているルーシーと、腐食症状ステージ3で倒れたばかりである少年エイトの姿があった。
「ルー先輩、聞いてよー! ジオ先輩ね、俺様が穴に落っこちたらさ、自分も一緒に落っこちて来たんだぜ。しかも、俺様の剣片方奪われてさ、それすらも取り返してくれなかったんだぜ。頼りにならねぇと思わねー?」
「エイト、お前ちょっと黙れ!」
「ひゃー」
ジオの手をかわしながら、病室内をちょこまかと逃げ回るエイト。
驚くことに、エイトはステージ3まで進行したにも関わらず、1日の浄化治療で小走りできるまでに回復していた。
エイトは昔から腐食症状を受けても回復速度が異常に速いのだ。
それでも、体内に瘴気は残っているため、医師からは一週間は病院に通わせるようにと言われている。
「く、随分元気なようじゃない。それなら、明日からは僕がわざわざ連れて行かなくても、ひとりで病院に通えるね。ちゃんと行けよ。子供じゃないんだから」
「えー、やだよー。元気なのにどうして通わないといけないのさ。ジオ先輩知らねぇの? 病院はさ、元気なやつじゃなくて、病人が行くところなんだぜ」
「だからお前が病人なんだよおおお!!」
病室で走り回るジオとエイト。
その追いかけっこは、まるまると太った看護婦から怒りの鉄槌をくらうまで続いた。
「いててて。酷い目に遭った。ジオ先輩、俺様に謝れよ」
「なんでだよ。というか、エイトはなんでエクレアから脱退してたんだ?」
「えー、だって、アサヒ団長もジオ先輩も消えたら、決闘する相手いなくてつまんねぇじゃん」
「いやいや、僕らがいなくてもギルドに貢献してくれよ……頼むから」
ギルドのことを全く考えないエイトに呆れ果てていると、ルーシーがくすくすと笑う。
「ふふ、君達がいると賑やかだな。ねぇ、エイト。君は何故信仰領にいたんだい?」
「山で修行をしてたら昔一緒に修行してた豚がやってきてさ、ジオ先輩のてーさつを手伝ってほしいと頼まれたんだ。行ってみたら、その日に胸糞悪いイベント見ちまってさ、盛大にぶち壊してやったんだぜ! あ、ちなみに信仰領の周りにあった壁はテキトーによじ登ったよ」
悪戯な顔で笑うエイトを前にジオの足元がふらつく。ジオの2週間のヴァルハラ偵察は、エイトの1日によって瓦解したのだ。
「僕の苦労って一体……」
絶望している場合ではない。この問題児を自由にさせていたら、後にもっと大きな危機がやってくるかもしれない。そんな予感がしてならなかった。
その気持ちをルーシーも察したのだろう。
「エイト、行く場所がないなら、エクレアに戻って来ないかい? ボクが抜けるから、人手が足りなくなると思うんだ」
「えー、まー、ジオ先輩すっげくなったし別に良いけどさー。って、え、ルー先輩抜けんの?」
「え」と、ジオも振り返る。
エクレアの幹部である青年は、切なげに微笑んだ。
「両足に壊死が進んでいてね。膝と膝から下の足が腐ってしまって感覚がないんだ。もうボクは歩けない。冒険は終わりだよ」
「そんな……」
膝から下であればパイプ状の義足があるが、膝関節の代わりとなるパーツが実力領にはない。ルーシーは切断しても義足の適応ではないのだ。
自分がもっと強ければ、自分がもっと早くに気づいていれば、ルーシーはこんなことにならなかったはずだ。
悔しさから、視界が滲んでいく。
「……僕のせいだ」
「ジオ、それは違うよ。腐食症状がなかなか起きないから、もう少しいけると思ったのだけれど、どうやら引き際を間違えてしまったらしい。ボクが要領良くできなかった故に起きてしまったことさ」
本当はグールの群れを前にひとりで戦わせないようにと、ルーシーは自分の背中を守り続けてくれていたのだろう。
相変わらず下手くそな言い訳だ、とジオは目元を拭いながら思う。
「……ルーはエクレアをやめたら、その後どうするの?」
「君のおかげで両手は軽度の麻痺で済んでいてね。実家には以前から戻ってくるように言われていたから、専業しようと思う。貴族のくせに弟に父のサポートを任せて、ボクは冒険にかまけてばかりでいたからね。これも良い機会さ」
「良い機会って……」
「悪いけれど、ボクが決めたことだ。ここにはもう来ないでくれたまえ。決心が鈍るからね」
「……っ」
「気持ちだけで十分だよ。ありがとう。二人とも、エクレアをよろしくね」
ルーシーはそれ以上何も話さない。病室から出ていくようにと、無言で促しているのだとわかる。
「エイト、ほら、行くぞっ……」
「待ってよ、ジオ先輩。俺様、まだルー先輩に勝ってない。俺様より強いルー先輩が、冒険を諦めるはずがないよ」
「良いから、行くぞ!」
エイトの首根っこを引っ張り病室を出た後、ジオは扉の前にしゃがみ込み、涙をボロボロと流した。
「……っ」
「ひぶううう、ジオ先輩、ルー先輩が、ルー先輩があああ」
「ああもう、エイト、ほら、帰るぞっ……」
涙と鼻水を滝のように流すエイトと二人でここにいたら、いつまでも泣いて前に進めそうにない。自分達はルーシーにエクレアを託されたのだ。
二人は肩を支え合い、泣きながら病院を退出した。
◆
病室に残されたひとりの青年がいた。
「やれやれ、ようやく静かになったね。さて、同意書にサインするとしよう」
棚から取り出されたのは、両足の切断に同意する書類である。
同意書を前にペンを持つが、それ以上手が動かない。両手に麻痺が残っているからだろう。
その手が拳を握り、両膝を包帯の上から強く叩いた。
痛みはない。
「クソ」
「クソ、クソッ!」と何度も叩いてつねって、しまいにはペンを刺してみるが、両足には何の感覚もない。
血まみれになったペンを置いて、白い天井を仰ぐ。脳裏を過ぎ去っていったのは、冒険者ギルドエクレアの騒がし過ぎる日々だった。
「はぁ、滅茶苦茶……」
「楽しかったなぁ」と、青年の頬から雫が落ちていった。
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