第68話 悪女、洗濯物をひっくり返す。


 王宮メイドのインターン生ができることなんて、ただの雑用だけである。


 掃除に洗濯、調理の下準備を数日頃にローテーションしていく。

 メイド長のありがたいお話によれば、二人一組で各仕事をこなしていくことになるらしい。


 なので当然、ずーっとお姉ちゃんにひっついていた私の相手は決まっている。


「わーい、お姉ちゃんとペアだ。嬉しいなぁ♡」

「あんまりだわ……。わたくし、ここから新しい人生を始めようかと思ったのに……」


 正直、この場所にお姉ちゃんがいることは思っていなかった。

 だから。私はじゃぶじゃぶとお洗濯をしながら聞いてみる。


「どういう心境の変化?」

「やっぱりわたくし、勉強苦手なんだもの。だけど、どのみち誰かと結婚するしか生きる手立てがないのよ。だから、王宮で働きながら出入りする有力貴族とお近づきになろうかと……」


 二学期に入ってから、シシリーの部屋にこっそり勉強を教わりに来ていたお姉ちゃんである。たしかに、私の見立てでも今から学問の道に進むのは難しいだろうと思う。卒業試験も危ういんじゃないかな。だから……ネリアの腹黒い算段も崖っぷちの手段なのだろう。


「このまま、爪をかじってトラバスタ家が没落していくなんて嫌だもの」


 学のないネリアでは自分が領主になるのは絶望的。ならばイイ跡取り男を捕まえるために狩りに出るというのは……それはそれでたくましいのかもしれない。


 ただ結婚して、相手の財力とステータスに乗らないと夢が叶えられないってのが辛いね。

 しかし、なんか既視感があるような?


(ノーラが私の結婚相手を探しているのと似ているね)

(ほっといて)


 それはそうと、今や私もメイドさんである。

 おしとやかに、シシリーの長い髪を二つのみつあみにしてみた。白と黒のメイド服に、そんな緑の三つ編みがとてもよく似合っている。元から清楚な顔つきだからね。より献身さが引き立って、男性ウケをするのではなかろうか。


 大ダライに映るそんなシシリーの顔。もとい、シシリー本人とは少しだけ違う表情。

 あれ……なんか、誰かに似ているような?


「ぼんやりしてどうしたのよ?」

「あ、別になんでもないかな」


 隣で同じ作業をしているネリアの動きはちゃぷちゃぷと控えめだ。

 そんなでは汚れが落ちないだろうと私はじゃぶじゃぶしていると、お姉ちゃんがボソリと呟いた。


「でも、あんたも似たようなこと考えているとは思わなかった」

「えっ?」

「てっきり、もう家を捨てるつもりなんじゃないかと思っていたから」


 そこのところ、実際シシリーはどうなんだろう。

 心の中のシシリーは、何も答えない。

 だけど、ネリアはどこか嬉しそうにしていて。


 またすれ違っちゃうのかな。でもそんなことにはならないと思うんだよね。


(だってシシリーは将来マーク君と結婚して王妃様になるんだから、生家の名前が残らないはずがないし!)

(ノーラっ⁉)


 やっぱり私の計画には隙がない。完璧だね。

 だからこの姉妹の将来のためにも……。


「よし、お洗濯もこんな感じかな!」


 すすぎ終えた水をジャーッと捨てて、私は押し付けるように絞ってから桶を持つ。


「ちょっとシシリー、待ちなさいよ!」


 相変わらず口調が偉そうだけど、『わたくしの分も持ちなさい』と言わないだけだいぶマシになったのだろう。だからこそ「お姉ちゃんおそーい!」と振り返りながら意地悪く笑ってみせた時だった。


「あら?」


 私は石かなにかに躓いて転んでしまう。当然だが、桶の中の洗濯物はひっくり返っていた。


 ……当然、真っ白になったはずのシーツが土で汚れているよね。うん。


「何してるの! 怪我はない⁉」

「あー、少し膝を擦りむいたっぽいけど、大したことは……」


 どうせ魔法ですぐに治せるし。

 だけど覗き込んできたネリアに「あーあ、バカねぇ」と目視されてしまうから。これはすぐに治したら怪しまれてしまうかも。治療魔術は学生には禁止されている高位魔術だからね。運動会の時に人前でやらかしているけど……一応ね。


 まぁ、こんなにシシリーの心配をするお姉ちゃんの顔が見られたなら良しとしようか。

 実際、心の中のシシリーも満更じゃないみたいだし。


 その中で、唯一の問題は――


「それじゃあお姉ちゃん、汚れちゃった洗濯物を洗い直すの、一緒に手伝ってくれる?」

「え、嫌よ。なんでわたくしが」


 いや、ここは断るんだ? と思わないでもないけれど。

 残念ながら、今のシシリーには稀代の悪女が憑依している。


「でも私たちペアだから、連帯責任になるんじゃないの?」


 その事実をにっこにっこと告げると、お姉ちゃんが頭を抱えた。


「も~~、だからあなたはわたくしがいないとダメなんだから~~っ‼」

「あはは~、お姉ちゃんは頼りになるな~」


 そして、私たちは洗い場に戻るべく立ち上がる。

 私が転んだ場所でひっそり光っていた魔法陣は、しっかりなりを潜めていた。


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