第69話 悪女、包帯を巻かれる。


 その後も、私は失敗続きだった。

 お掃除用のバケツを蹴り飛ばした拍子に、花瓶を落としたりとか。

 料理なんてしたことがないから、お芋の皮ではなく自分の指を切る始末。

 すれ違った人に挨拶すれば、声が大きすぎて会議の邪魔だと怒られたり。


 そんなことを散々繰り返せば、さすがの私もボロボロになるわけで。


「ほら、じっとしていなさい!」

「えぇ~。お姉ちゃんもドライフルーツ食べる?」


 私がチマチマ食べているのは、もちろん「餞別に」とアイヴィンが渡してくれたおやつである。もちろん夕食もきちんと食べたよ。ネリアお姉ちゃんは周りの視線の痛さに辞退しようとしていたけど、私が無理やり引っ張っていった。八百年前には『お腹が減ったら戦えない』なんて格言もあったからね。


 なので、このドライフルーツはデザートである。

 それをお姉ちゃんに分けてあげようとする私はとっても優しいと思うのだけど……私の傷だらけの手に一生懸命包帯を巻いてくれているお姉ちゃんは目くじらを立てていた。


「初日からこんな怪我するじゃじゃ馬がどこにいるのよ⁉️ 顔にでも傷を作ってごらんなさい! 誰も近づいてなんか来ないわよ⁉︎」

「いやぁ、ブレないお姉ちゃんほんと好きだわ〜」


「でも包帯巻くの下手すぎない?」

「うるさいわよ、姉からの愛情がこもっているんだから早く治るわ!」

「どんな理屈?」


 たとえ魔力と精神力に相関性があろうとも、残念ながらお姉ちゃんは普通に包帯を巻いてくれているだけである。ま、ほんとにそうだったらいいなって私も思うけどね。


 何はともあれ、ここは宿舎の一室である。

 どんな名家の令嬢とて、寝るのは六人一部屋の大部屋。

 こんなかしましく姉妹のやりとりに他の研修生たちの視線は冷たくて。


 完全に今日ばかりは私のせいだからさ。

 これでも悪いなと思っているわけなのだ。


「……お姉ちゃん、ごめんね?」

「ふんっ、おかげさま・・・・・で陰口にも慣れたわよ」


 プイっとそっぽを向いてしまうお姉ちゃん。

 でも強調した部分は自業自得だと思うけどなぁ? 今まで全部シシリーにさせてたツケが回ってきている説を主張したいところだけど。


 拗ねている顔があんがい可愛く見えたから、私の友人に免じて今日のところはそういうことにしておいてあげた。アニータは元気にやっているかなぁ?




 そして翌日。

 もちろん今日も全力のメイド仕事である。


「ほら、この洗濯物も持っていきなさいよ」

「え、これはあなたのでしょ?」

「わたくしは他の仕事を頼まれているのよ!」


 なんて他の研修生に余計なシーツを押し付けられたり。


「あなたたちの午後の仕事は草むしりに代わっての聞いておりませんの?」

「聞いてないなぁ……」


 なんてことを言われて草むしりをしていたところ、教育係の人に「何をサボっているんですか!」と怒られたり。


 これはすなわち、アレだよね?

 私たちは同じ研修生にいじめられてしまっているわけだ?


「ほう、私たちを敵に回すとはいい度胸しているねぇ」

「もう少し落ち込みなさいよ……可愛げのない」


 悠々と顎を上げている私に対して、ネリアお姉ちゃんはせっせかトイレ掃除に勤しみながらため息を吐いているけれど。そういうお姉ちゃんもまたなかなかにへこたれていないのでは?


 そもそも……あのお姉ちゃんが便座を磨くようになるとは。


(これは私の教育の賜物なのでは?)

(全面的に同意しづらいのはなんでだろうね?)


 まぁ、心の中のシシリーとそう話しながらも、お姉ちゃんがやっているくらいなら私もゴシゴシ頑張りますとも。でも、お仕事はお仕事。いじめはいじめです。


 一応、お姉ちゃんの将来がかかっているので、私も慎重に事を運ぶ。


「すみません、私たちあの子とあの子とあの子たちに虐められているんですけどー!」

「ちょっ、シシリー⁉」


 担当の教育係が食事中の場所におしかけて、その他大勢の職員にも聞こえるようになるべく大きな声で訴えてみる。以前、アニータがこの手の復讐は大人や法律を使うようにと教えてくれたからね。真似してみたわけだ。


 すると、教育係の人は特に驚くこともなく、ゆっくりと食器を置いた。


「そのくらいの嫌がらせ、王宮ではよくあることよ。嫌なら今すぐ学校に帰りなさい。卒業に影響のない程度の評価にしておいてあげるわ」


 おー、すごい。

 それを堂々といじめっ子本人の前でも、他の偉い……といっても、大それた役職の付いたお貴族様はさすがに食堂なんか使ってないけど、でもそれを言ってしまいますか。


 そして、その教育係さんが「どうするの?」と視線で聞いてくる。

 私の後ろに隠れたネリアは一生懸命私の背中を引っ張っているけれど……私はニヤリと口角をあげた。


「いいえ、そういうことなら最後まで頑張らせていただきますとも!」




 さらに翌日。


「どうするのよ。あんたがあんなこと堂々聞くから、私たちもっと――」

「いや、あの教育係の人はとっても良いアドバイスをくれたと思うよ?」


 悔しそうに今日もトイレ掃除に勤しむネリアお姉ちゃん。

 出会いもなくて、一番汚い仕事がトイレ掃除だからね。私たちが押し付けられてしまっているわけだけど。トイレって利便性のよい場所にあることが多いから、あんがい悪くないんだよね。


 だから「どういうこと?」と小首を傾げてくるお姉ちゃんに対して、私は見本を見せてあげることにした。


「つまり――やり返すのも合法ってことだ!」


 私は汚水の溜まったバケツを持ち上げて、窓からバッシャーンッ。

 もちろん、下で洗濯物に勤しんでいた研修生がいることは確認済みである。


 そんないじめっ子たちが文句を言ってくる。


「ちょっと、あなたたち一体どういうつもり⁉」

「ごめ~ん、私とってもドジだから~」


 てへっと舌を出した私はとっても可愛かったんだと思う。

 下に居た子たちは顔を真っ赤にしてくれたんだもの。


 それに対して、ネリアは真っ青な顔で言ってくる。


「あんた、そんなことしたら評価が――」 

「大丈夫。私、本気で王宮メイドになりたいわけじゃないから。だからこそお姉ちゃん。本当に働きだしたら、もうはいないんだからね?」


 おそらく私の見立てでは、いじめをするような子たちも評価は下げられるのだろう。きちんと把握しているからこそ、あの教育係の発言なんだと思うけど。


 それでも、黙っていじめられているだけの人間に王宮勤めが務まるとも思えない。その覚悟を問えば、お姉ちゃんは「わかっているわよ」と小さく頷いた。


 だから私は心の中にも聞く。


(ねぇ、それはシシリーも一緒なんだよ?)


 それに、今日もやっぱり双子の妹は答えない。

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