第66話 悪女、勘違いする。
「トラバスタ嬢、もうちょっと声張って大丈夫だ!」
「はいっ!」
今日は楽しい演劇部の活動だ。
魔導解析クラブのみならず、こちらもきちんと文化祭準備は進んでいる。
私が指示通りに台詞を読み上げれば、部長が「よし!」とカットをかけた。
「だいぶいい感じに仕上がってきたな。トラバスタ嬢もあんまり遠慮しなくていいからな。観客にインパクトと恐怖を与えてやれ!」
「任せやがれですわっ!」
そう、なんと今回は私にも役を与えてもらったのだ。
役名は取り巻きA。ヒロインに敵対する令嬢の取り巻きの一人である。台詞は三つ。いわゆる端役だけど……台詞も三つあるし、本番にはドレス風衣装も用意してもらえるという。
嬉しいな。みんなと一緒に、今度こそ舞台を作ることができる。
私のボス役である悪女役を、新入生披露会で歌姫役を務めた新入生が担当する。彼女を引き立てる様な名脇役を、八百年前の稀代の悪女が見事務めてみせますとも!
「次、私の番だから」
そうやる気に満ちた私に、暗に「どけ」と言ってくるのが今回の主役。ハナ=フィールドちゃん。
そう、とうとう彼女は演劇部の主役まで上り詰めたのである。相変わらず眼鏡は分厚いし、制服も野暮ったいままの彼女。だけど相変わらず歌も上手ければ、演技にも深みがある。
正直、可憐なヒロインが一年生ちゃんで、敵対する悪役令嬢役をハナちゃんがやるのかと思いきや……なんとハナちゃん。恋する乙女の演技がめちゃくちゃ上手かった。もうオーディション時に、見ているこっちが泣けてきてしまうほど。
この題目もやっぱり恋愛もので、前世で結ばれなかった青年が神様になっており、波乱万丈の今世では彼が背後霊となってヒロインを指南、そして「来世ではあなたと恋がしたいですわ!」とハッピーエンドを迎える時を駆けた恋愛ストーリーなのだが……その台詞を口にした時のハナちゃんは、本当に可愛かった。嬉しさと、恥ずかしさが入り混じった様子が本当に可愛かったのだ。
「でもハナちゃん。やっぱり眼鏡外さないの?」
「あなたには関係ないでしょ」
やっぱりハナちゃん、私に対してだけ異様に冷たいのだけど。
いやー、クラスも部活も一緒なんだし、そろそろ心を開いてくれていい頃合いだと思うんだけどね。
(ほんと、ハナちゃんは何者なんだろうね)
(相変わらずノーラの片思いなのが面白いよね)
(シシリー、言うようになったね……)
思わず心の中でシシリーに半眼を向ければ、彼女は小さく口を尖らせた。
(だってノーラにはわたしがいるでしょ?)
……は?
え、ちょっと何?
シシリー、もしかしてハナちゃんに対してヤキモチ焼いていたの?
アニータではなく、シシリーが?
(もちろん、私にとってシシリーは特別は――)
(あ、そろそろ職員室行かなくていいの? インターンの書類出さなくっちゃ)
(これからがいいところだったのに!)
だけど大事な書類を提出しないと、インターンには参加できないわけで。
その〆切が今日なのだ。私は部長に断りを入れてから、職員室へと向かう。
(本当に、王立魔導研究所にしなくていいんだよね?)
(何度も言ってるでしょ。今回はノーラに任せるから)
(……うん)
そうして職員室の前まで着くと、廊下で思わぬ光景に出くわす。
私の親友アニータが、アイヴィン=ダールに向かって頭を下げているのだ。
は? これは許すまじかな。
「ちょっとアイヴィン! 私のアニータに何したの⁉」
「待って? 今の光景を見て何をどう勘違いしたの?」
何をどう勘違いと言われても、なぜ私のアニータがアイヴィンごときに頭を下げなきゃいけないのだ。ムッとしている私に、嘆息を返すのはアニータだった。
「早とちりはやめてちょうだい。あたくしはただ、正式に王立研究所へインターン申請書を提出したから、お世話になる指導係の方にご挨拶していたまででしてよ」
「そういうこと。インターン生の面倒は俺が見ることになっていてね」
あー、そういうことか。
それならそうと、先に言っておいてほしいかな。
(少し考えればわかりそうなことではあったけどね)
ほんと最近、シシリーちゃんが辛辣で複雑……。
そんな成長著しい共同人はおいておいて、「それはすみませんでしたねー」と降伏印に両手をあげれば、アイヴィンは改めてアニータに偉そうだった。
「ま、顔見知りだからって容赦しないから。ヘルゲ嬢、覚悟しておいてね」
「もちろんですわ! ビシバシご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
アニータのやる気はひとしおだった。
だってね、このインターンはある意味入職試験のようになるらしい。この結果次第では、実際の入職試験で書類審査も通らないと有名だとか。
アニータは夢に破れたら、家のために結婚しなければならないという。
そんな一世一代の大勝負に、私は「がんばれ」と応援することしかできない。
すると、アニータとアイヴィンは目を丸くしてきた。
「何を他人事みたいに。あなたも一緒なのでしょう?」
「さっきマークからも言われたよ。シシリー嬢と一緒なのが楽しみだって」
ふむふむ。シシリー♡マーク君の恋愛が着々と進行しているのは是非ともそばで応援したいのだが。今回ばかりは、そう言ってられないのだ。
「言ってなかったっけ? 私は王宮メイドのインターンに行こうと思って」
すると、二人は揃って口をあんぐりと開ける。
「あなたがメイド⁉」
「きみがメイド⁉」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます