8章 決死のインターン

第64話 悪女、800年前を思い出す


 ◆


 私は、自分を生んだ女の顔を知らない。

 気が付いたら魔法協会で生活していた。乳児の時に計測した魔力の量が常人の域を超えていたから、英才教育として物心つく前から協会に囲われていたらしい。『おまえは賢者になる人間だ』なんて言われて、会長でもあった侯爵家の養女ということになっていた。


 養女といっても、それは肩書きだけ。

 ただ稀代の魔導士を他国に奪われないためには、王族と婚姻を結ばせてしまうのが一番だ。だけど王族入りさせるのが、素性も知れない私生児というわけにもいかない。


 そのための“ノーズ”という侯爵位。


『はじめまして。僕はお前の夫になる男だ』


 そんな婚約者と出会ったのは、たしか八歳くらいの時か。

 偉そうな男だな、と思った。

 でもまぁ、これで王太子殿下だし。二つか三つ年上だし。


 それでも、私は知っていた――多少の無礼をしたとて、八歳にして一般魔導士の証とされる試験に合格した天才少女はそう簡単に処罰されないことを。


 だから、私はお辞儀カーテシーなんかせず、握手のための手を差し出す。


『はじめまして。あなたの妻になる女だよ』


 当然、私の言動にまわりの大人たちは騒然となる。


 だけど、目の前の王子様は違った。

 笑って、『よろしく』と私の手を握り返してくれたんだ。




 だから、私は夢を見た。

 この男と結婚したら、私にも本当の『家族』ができるかもって。

 そんな、淡い無駄な夢を見たんだ。




 そんな私の婚約者スエル=フォン=ノーウェン殿下もまた魔法の『秀才』だった。帝王学のみならず、魔法に関しても勢力的に勉強していた。


 その結果、齢十二歳で魔導士の試験に合格して、たいそう賑やかなお祝いのパーティーが開かれていた。そんなパーティーに、私も婚約者として招かれる。


 でも本当は、私はこんなパーティーに来たくなかった。

 だって、試験合格史上最年少は八歳――私が四年前に記録更新したのだ。


 ――私が『おめでとう』て、嫌みなのでは?


 だから、お父様の言いつけも聞かずに隅っこで美味しい食事を楽しんでいると、大股で近づいてくる少年がひとり。無論、鼻息荒くしたスエル殿下だった。


『お前、どうして僕に祝いの言葉を言いに来ない!』

『いやぁ、お腹が空いていたもので』


 これ以外、なんて言い訳をすればいいのかな。

 これでも私なりに配慮したつもりなのに。


 すると、彼は私が食べようとしていたケーキを手づかみで奪っては食べてしまう。


『それ、最後の一個だったのに!』

『うるさい! これが祝いで勘弁してやると言っているんだ!』


 そうして彼は私の手を引いて『お前ずっとケーキばかり食べすぎだろう! 肉も食えっ‼』と強制的に場所移動をさせられてしまう。


 私はもっとケーキを食べたかったけれど、そのあとの肉料理もそれなりに美味しかったんだ。




 そうして、彼と一緒に働く機会が増えた。

 王太子とて、正式に王位を継承するまでは見聞を広めるために、様々なことを勉強するらしい。


『そのわりに、協会来すぎじゃない?』

『魔法が好きなんだ。悪いか?』

『別に。好きにすればいいんじゃないかな』


 実際、彼はいち研究者としても十二分な成果を出している。特に、既存のものをよりよく改良するアイデアに長けていた。あと、報告書がとてもわかりやすい。よく私の書いたレポートをより詳細に、そして誰が読んでもわかるような情報の取捨選択をして書き直してくれる。別に頼んでいるわけじゃないんだけどね。彼曰く、せっかくいいものを作っても、他の人に伝わらなければ意味がないということだ。


 なので、後処理はいつも彼に任せて、その日も私は私で開発に勤しんでいたのだ。


『お前、今何の研究しているんだ?』

『マナで動く義手開発』

『会長から極大魔法の研究をしろと言われていただろう!』


 たしかにそんな命令は受けていた気がする。

 でも、私は知っているのだ。別に他の仕事をしていようが、それできっちり成果を出せばそれ以上何も言われないということを。


『私、攻撃魔法って嫌いでさ』

『こないだ巨大な魔物を一発で消し炭にしていたやつが?』

『だからだよ。私ができることを、わざわざ他の人もできるようにするために時間を割くって……なんか無駄じゃない? 私がやればすぐだもの』


 この時代、瘴気というエネルギーにより動植物が巨大化する事案が多々あった。

 自警団や騎士団で手に負えない場合、協会から魔導士が派遣されて討伐を手伝うことが多々あるのだが――私としては観光ついでのおいしい仕事である。


 だからいつでも行くのになぁ、とか思いながらカチャカチャと義手をいじっていると、ぼそりと聞こえる声があった。


『……この、天才が』

『え、なんか言った?』

『別に』


 短く答えて、彼も再びレポートへ向かうものだから……。

 その時の私は、特に何も気にしていなかったのだ。

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