第63話 悪女、少女の成長に唖然とする。

「は……?」


 マーク君が目を丸くしていた。

 そんな驚くことかな? れっきとした王位継承者なんだから、彼を持ち上げる一派が現れたって何もおかしくないでしょうに。それこそ今までストレートに決まっていたほうが、歪んだ営みだと思うのだけど。


 だけど、現代の平和な為政の元に生きる彼にとっては不思議な話だったのかもしれない。だから私は優しい対応を心掛ける。


「ま、卒業するまでにゆっくり覚悟を決めておいてね」


 さて、言いたいことも言ったし。このままシシリーとのデートを再開というわけにもいかないだろう。適当に美味しいケーキでもアイヴィンに奢ってもらって帰ろうと踵を返した時、大きな舌打ちが聞こえた。


「またお前のせいで……お前が、変な女とつるむから!」


 変な女って、まさか私のこと?

 だけど振り返れば、マーク君はアイヴィンに掴みかかっていて。


 おーおー、男同士の喧嘩か。八つ当たりというのが美しくないけど、まーこれも青春だね。

 これから殴り合いするのかなーとわくわく観察させてもらおうと思っていた時だった。


 シシリーがどこか固い声で話しかけてくる。


(ちょっとノーラ、変わってもらえる?)

(え、いいけど……)


 もちろんシシリーからの申し出に断る権利なんてない。

 すぐさま身体を明け渡して、私は観察を決め込むと。


「マークくん」


 シシリーは臆することなくマーク君の腕に触れる。

 そして「邪魔するな!」と振り払われるよりも、前に。


 パシーンッ――と。


 シシリーがマーク君の頬を思いっきり引っ叩いていた。


 お?

 おおお?

 おおおおおおお⁉


 これには私もアイヴィンも、叩かれたマーク君本人もビックリである。

 しかもすぐさまシシリーは声を張るのだ。


「あなたの事情はどうでもいいけど、わたし心配したんだから! それを謝る方が先じゃないの⁉」

「え、あぁ……君を利用しようとしたことはとてもすまないと思って……」

「そうじゃないから。わたしは、マークくんがいなくなったことに心配したの!」


 あまりに優しい怒りに、マーク君も呆気に取られてしまった様子。

 だけど鼻息荒いシシリーは「ほら、帰ろう!」とマーク君の手を引っぱっていってしまった。マーク君もついつい着いて行っちゃっている。


 その後ろで、アイヴィンが呟いた。


「トラバスタ嬢、強すぎない?」


 私もそう思う。

 ちょっと強く育てすぎたかもしれない。


 私たちの違いをすぐ気付いた彼に同意が届けられないことが、ひどく嘆かわしい。




 そして翌日。シシリーとマーク君は、なんやかんやと花火の基礎術式を完成させることができた。あとは後輩たちの研究結果と合わせて、アイヴィンが仕上げの調整をするだけである。


 すると、アイヴィンは授業の休み時間にこっそり私に確認してきた。


「あれ、文化祭までに仕上げればいいんだよね?」

「なんか忙しいの?」


 私が何気なく問えば、アイヴィンは「こう見えて俺、かなり忙しいって話したことなかったけ?」と呆れ顔。しかし、今回は他の思惑がある様子だ。


就業訓練インターン生への課題に使わせてもらおうと思ってね」


 就業訓練インターンは卒業を控えた三年生にとって、とても大事な行事と聞いている。実際の就職とは違い、どんな職場も二週間だけ学生を受け入れてくれるというのだ。当然、その態度や成績次第で、正式な入職が決まる場合も多い。


 アイヴィンも王立魔導研究所の正職員だから、学生の面倒をみるということなのだろう。その題材に、この花火の仕上げを使いたいのだという。


「今どきはそんな簡単でいいの?」

「稀代の大賢者を基準にしないでくれる?」


 もちろん、この会話はアイヴィンとのナイショだ。絶対にアニータに聞かれるわけにはいかない。

 だって王立魔導研究所の就業訓練インターンに、彼女が申し込まないわけがないのだから。


「……そんなことよりさ、文化祭って恋愛にまつわる伝承があるって本当?」

「え、あぁ……最終日の夜に時計塔の屋上で告白すると成功するってやつ?」

「そう、それ! 絶対に協力してよね⁉」

「まじで?」


 誰をとなんて言うまでもない。シシリーとマーク君である。

 だって昨日、あの後もプンプン怒るシシリーにタジタジのマーク君がいい感じに尻に敷かれながら研究を完成させてたんだから。もうねー、マーク君の目の色が今までと違っていたよ。二人一緒に同じビーカーに触れた時なんかも……うん、あれは絶対にいけるって!


(ノーラ、昨日からうるさいから……)

(シシリーも将来は王妃様かー‼ 枯草令嬢からの成り上がりサイコーだね!)

(わたし、全然そんなこと望んでないからね⁉)


 何言っているのかな? 私は最初にしっかり言ったじゃないか。

 友人に恋人、優しい家族に最高の進路――全部私が用意してあげるって。

 その一番大事であろう恋人がしっかり用意できそうで、私はほっと一安心である。


「あー、学園祭楽しみだなぁ」



 だけど、その前に。

 みんなにとって。そして、私にとっても。


 とても大事な就業訓練インターンが始まる。



::::::::::::::

これにて七章完結です。

長い作品となってきましたが、お付き合いありがとうございます!

次章はいよいよクズ王との決戦になりますので、どうぞお楽しみに。


また、最近カクヨムで他連載を始めています。

『天才悪役女優が、弱虫すぎる伯爵夫人に転生したら~悪魔伯爵と作る劇場飛空艇で、今度こそ華麗なハッピーエンドを見せてやるわ!~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330661041260857


タイトル通りの話なのですが、日本で「天才悪役女優」とハリウッドからも依頼がきていた女優が、ひょんなことから異世界の弱虫令嬢に転生して、前世で培った技術や演技力を使って、目的に向かってまっしぐら突き進むお話です。


こちらもつよつよヒロインです。


『800年悪女』が好きなら、こちらも楽しく読めるかと思いますので、ぜひお試しくださいませ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る