第62話 悪女、王子を踏む。
「それじゃあ、こちらも容赦なくやらせてもらおうかな」
正直言おう。私はシシリーに憑依してから、結構鬱憤が溜まっている。
憑依早々の
新入生披露会の密室事件の時は、アニータがすべての制裁の手筈を整えてくれたね。
体育祭の時は、婚約者くんをぶっ飛ばしたような気もするけど、アイヴィンが怪我をしちゃってナアナアになったというか。そのあとの要らぬ再会でそれどころじゃなくなったというか。
シシリーの里帰りに付き合った時は……まぁ、元から家族の問題だったから、私には関係ないっちゃ関係なかったし。
その後のアイヴィンのお母さん事件も……まぁ、あれ以上派手に動くのもねぇ?
そして今である。
ようやく、ようやく私の目の前に悪者らしい悪者がやってきた!
「いやぁ、魔力が訛っていたんだよねぇ⁉」
私が手を振るたびに、爆発が巻き起こる。
私が高笑いをあげるたびに、雷鳴が轟く。
私が足を踏み鳴らすたびに、地面が裂け、石礫が噴き上がる。
私が何かするたびに、周囲から恐怖と絶望の悲鳴が湧き上がる。
あぁ、なんたる快感。爽快感。心が洗われるとは、まさにこのこと。
愉快? ……ううん、愉悦だね。
「いや待って⁉ 被害者思いっきり巻き込んでいるから一旦止まろう?」
「何のためにいるのかな、次代の賢者アイヴィン=ダール!」
「断じて悪女の尻拭いじゃないことを願いたいよね⁉」
そんなこと叫びながらも、ちゃんと馬は先んじて逃がしつつ、マーク君の周りに結界を張りつつ、倉庫に飛び火する前にすべて鎮火させている気遣いはとてもカッコいいと思うよ。
だけど、私もただ憂さ晴らしのためだけに暴れているわけではない。
すべては、これを教えるためなのだ。
(これ、全部シシリーの魔力でやってるからね?)
(えっ?)
私の中で完全にビビり散らかしていたシシリーに告げると、彼女はきょとんとしているけれど。
これで少しは伝わったかな?
もうシシリーにとって『
もうあなたはただの『枯草』なんかじゃない。
立派なひとりの魔導士なんだよって。
私なんかいなくても、もう十分強い女なんだよって。
それでも、まだあなたの中に居させてもらいたいと願う私は、なんて悪い女なのだろうか。
「ま、そんなことより!」
しんみりするのは後回し。
とりあえず私はすっかり静かになった焦土を、足取り軽く進み始める。
そして腰を抜かしている王子の腹に、私は足を載せるのだ。
「ご無事で何よりだね、マクシミリアン王子様?」
そばでアイヴィンが「一番物騒なやつが何言ってるの⁉」と喚いているけど、ひとまず無視。現に、私の足の下で王子様が唾を飛ばしてくる。
「ど、どうして僕のことを助けたんだ⁉」
その語気の強い疑問に、私は笑みを崩さぬまま小首を傾げる。
「私が助けたいと思ったから?」
「絶対に僕を助けるだけなら他に方法があっただろう⁉」
えー、なにこいつ。助けてもらってわがまますぎないかな?
いくら魔力が綺麗とはいえ、まだまだ子供。
おいたをしたらお灸を据えられるってことが、まだわからないのかな?
私はマーク君に少し体重をかけながら、にたりを笑う。
「あなたの半生を誰かから聞いたわけじゃないけど、どっかのクズ王から身体を寄越せとかって言われてたことなーい?」
すると、彼が長い前髪の下で目を見開いたようだ。
「なっ、それを誰に聞いた⁉」
「誰にも聞いてないよ。ごめんね、私、天才なんだ」
現代の天才が「こんな嫌みのない自称天才を初めて見たよ」なんてぼやいているけど、ぼやいているだけなので。ここは私に任せてもらえるということなのだろう。
うん、やっぱり信用が重いね?
まぁ、友人として応えてみせますけれど。
「それだけ魔力が綺麗なら、あいつが目を付けるのもわかるよね。でもアイヴィンが現れて、お役御免にされちゃって立場なくなっちゃった? だから誘拐でもされたことにして、新しい場所で新しい人生でも送るつもりだった? 自死を選ばないだけ前向きと褒めてあげるべきなのかもしれないけど……悪いけど、それを容認することはできないかな?」
私の話はどうやら的を得ていたようである。
わかりやすくむくれるマーク君が、年相応でとても愛い。
「なんだよ……僕を助けるって、ただ綺麗ごとを吐きたいだけか?」
「あれ、なにか勘違いしてる? 私は私のためにあなたを助けただけだよ?」
私は決して足をどけないまま、マーク君に顔を寄せる。その際、さらに体重がかかってしまうのは仕方ないだろう。実際、彼のお腹はなかなか固くて、きちんと鍛えているようである。
「いやぁ、あのクズの後にまともな後継者がいないなら、それも困ったもんだと思っていたんだけど……ちゃんと王位継承権を持つまともな子がいて良かったよ」
これはシシリーの旦那様として及第点な肉体だね、とも満足しながら。
私は彼の邪魔な前髪を無理やり上げて、まっすぐ彼の青い瞳に向かって微笑んだ。
「だからマーク君には、ちゃんと普通に次の王様になってもらおうと思って」
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