第61話 悪女、ひきずられる。

 マーク君がこの国の王子様だった。

 なんてこったい、どのみちこのまま放っておくわけにはいかない。

 ……なーんて、私が偽善者ぶる必要があるのかな?


「つまり、あのクズ王の親戚はやっぱりクズだったってことだね!」


 両手を打った私がくるっと帰ろうとすると、それを止めようとしてくる両名である。


「待って待って待って。殿下はむしろクズ王の被害者だから。もうちょっと慈悲を持って?」

(だったらなおのこと追いかけてビンタの一つもしなきゃだよ!)


 まさか、同時に面白いことを言われるとは思わなかった。

 とりあえず、私はアイヴィンに聞いてみる。


「あのクズの被害者って?」

「きみは前から殿下のこと『魔力がきれいだ』って目を付けていただろう? クズ王も同じだってこと。……ま、俺が現れたから鞍替えしたんだけどね」


 えーっと、つまりあれかな?

 従来は今まで通り、近親から次の肉体を選ぼうとしていたということだろうか。第三王子ということは、第一、第二王子もいるということだけど。その中で一番良質な魔力と身体を持っていたのがマーク君こと、マクシミリアン王子だったのだろう。


 だけど、どこかで……おそらくアイヴィンが故郷から連れて来られた十年前に、近親の間で憑依してきた副作用もあって、ターゲットをアイヴィンに変更。そして今に至る――ということかな。


「じゃあマーク君にとってアイヴィンは命の恩人?」

「そうだったらかえって俺もやりやすかったんだけど……元からマクシミリアン王子は愛妾の息子ということで立場が弱かったらしくてさ。それでも幼少期は国王の庇護があったから王宮でも平穏に暮らしていたんだけど、俺が連れて来られてからは、国王は一切目にかけなくなったから……」


 なるほど。アイヴィンが口を濁すほどに災難にあってきたというわけか。

 私がふむふむしていると、今度はアイヴィンが眉根を寄せてくる。


「てか、殿下がクズってどういうこと?」

「だってこの誘拐、狂言でしょ?」

「どういうこと?」

「マーク君が自ら仕組んだ誘拐劇じゃないかって言いたいの」

(ど、どうして⁉)


 私の断言に、心の中のシシリーがとても驚いている。

 だから彼女の後学のためにも、私は丁寧に解説した。


「そもそも正直、急にシシリーをデートに誘ったというのも疑惑的だったよね。そして案の定、マーク君はわざと迷子防止のバングルを落として私たちに追わせ、これ見よがしなタイミングで誘拐されていった。私たちを目撃者にすることで、作為的な逃亡であることを否定してもらいたかったんじゃないかな?」


 その説明に、シシリーは息を呑んでいて。

 対して、アイヴィンは呆れがにじみ出ていた。


「いや、きみヘルゲ嬢とノリノリで準備してなかったっけ?」

「それはそれ。本当にピュアな青春の一ページだった場合に備えただけで」

「俺、今一番シシリー嬢に同情している」


 失敬な! 私だって、ただのピュアな青春であってほしかったさ!

 まぁ、ここでようやく初手のシシリーの提案に戻れそうである。


 よし、シシリーを誑し込んだ男をぶっ飛ばしに行こう!


 私はさっそく魔法の式を描きながらも、アイヴィンに聞いた。


「ちなみに誘拐犯ならびに協力者は、信用できそうな相手なのかな?」

「そうだったら俺がこんなに慌てていないと思うけど?」

「たしかにー。マーク君の独断でお金を使って実行したけど、いつ逆に本当に誘拐されるかわからないってところだね!」


 私がニッコニコで答えると、いつも以上にアイヴィンが半眼で睨んでくる。


「そうまでわかっているなら、早く連れ戻すのに協力してくれないか! どうせわかっているだろうから言っておくけど、俺が学校に派遣が許されたのはマクシミリアン王子の護衛って大義名分があるからだからね! それを失敗したとなれば、すぐさま国王に呼び戻されて――」

「あ~、それはまだちょっと早いねぇ……」


 これでも王宮に乗り込む準備は着々と進めているのだが、まだ時期尚早なのだ。

 ともなれば、私も必然的にマーク君の家出奪還に協力する必要がある。


「なら、しょうがないかな」


 私はちゃちゃっと式を完成させる。そしてマーク君の落としたバングルに絡ませた。すると、まるでバングルが犬の首輪にでもなったかのように、私も魔力の手綱をついつい引っ張っていく。


「なに、その魔術?」

「このバングルに刻まれていた迷子防止の魔法があったでしょ? その先駆けとなった魔法がこれなの。バングルに染みついたマーク君の魔力を辿ってくれるってやつ」


 バングルに本来刻まれていた式は、使い切りなのだ。対して、今使っている魔法は道具関係なく、相手の魔力の痕跡さえ残っていればハンカチでも鼻紙でもなんでもいいもの。


 その魔力の持ち主に向かって猛ダッシュする手綱に引っ張られるがまま足を進めるも――忘れちゃいけない私の足の遅さ。


「ひゃわわわわわわわわわわっ」

「うわぁ、こんな不格好な稀代の悪女はレアだねー」

(犬に散歩させられている人みたいだねー)


 直接会話しているわけじゃないとはいえ、最近のアイヴィンとシシリーが仲良く辛辣なのがとても悔しい。しかし無理やり引きずられながらも、あと一つだけアイヴィンに確認しなくては……。


「私たちに、マーク君の正体とか教えてよかったのかなっ⁉」


 だって身分を隠しての通学+護衛付きなんて、それ絶対の機密事項。

 アイヴィンの話術ならば、いくらでも誤魔化すことができただろうに。

 だけど優雅に走ってついてくる彼は、とても爽やかな笑みを浮かべていた。


「信用してるよ?」

「信用が重いっ!」


 ともあれ、私が息をぜえはあしながら辿り着いたのは、これまたお決まりの街はずれの倉庫街。街に輸入された物品が一度保管されるような場所だね。そこで案の定、馬車を乗り換えるつもりだったのだろう、マーク君が自らおんぼろな荷馬車に乗り込もうとしていた時だった。


「誘拐の手筈って八百年経っても変わらないものだね」

「原始的な方法のほうが、魔術師からしたら追跡しづらいものだからね」

「それはたしかに」


 そんなことを大声で話していれば、さすがの当人も気づかないはずがない。

 こちらを向いて固まるマーク君に、一発迷惑料を払おうとした時だった。


 マーク君の協力者であろう業者(の恰好をした誰か)が、背後から彼の首元にナイフを突きつけた。そして、声高々に叫ぶ。


「第三王子の身柄はもらった! 助けたければ、身代金を用意しろっ!」


 わかりやすい手のひら返しに、私はにっこりである。

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