第60話 悪女、誘拐現場を傍観する。


(私、なにか怒らせるようなことしちゃったのかな)

(そんなわけないでしょ)


 落ち込むシシリーを一蹴する。

 だけど、シシリーの気持ちもわからないでもない。デートの途中で無断で帰られてしまって落ち込まない人間はいないだろう。こんなことになるなら位置判別の魔法でもかけておけばよかった。そうしたらすぐさま転移して、今すぐマーク君をぶん殴ってやれたのに。


 図書館を一周しても、マーク君の姿はない。

 目的の本を抱えてしょんぼりするシシリーが見ていられなくて……素敵なカフェでお茶でもして、気分をあげさせようかと考えていた時だった。


「あれ……」


 途端、シシリーが端に飾られていた植木に近づく。彼女が拾ったのは皮のバングルだった。


(これ、マークさんのじゃない?)

(えっ?)


 彼の着けていた装飾品なんてまるで気にしていなかった私である。

 だけどシシリーが言うのなら間違いないだろう、と確信して、私はバングルの魔力痕跡を見る。すると案の定、そのバングルにはマーク君の綺麗な魔力が沁みついていた。どうやらいつも身に着いていたような逸品だったようである。


(ちょっと身体を借りてもいい?)


 身体の所有権を譲ってもらい、私はバングルを観察した。金具が緩んでいる様子はない。故意に外したものだろう。そして案の定、裏側に小さな魔術式が刻まれていた。


(簡略化しすぎてわからないね)

(今の子からしたらそうだろうね)


 だってこれは八百年前に私が開発した式だもの。魔法の解釈でいえばそう難しいものではなく、幼子につけるような迷子防止の式である。だけど八百年前の式を使った魔法道具なんて、たとえ貴族だろうとおいそれ手に入れられるものではないだろう。たとえ使い切りの安物だったとしても。


 そんな前文明の道具を手に入れる立場なんて――


(ま、これが残っているなら話は早いね)


 私はバングルの式を展開させ、残っていた魔力を解放させる。

 すると薄っすらの伸びていく魔力の道。この道は、持ち主の元まで続いているはずである。


(それじゃあ、デートマナーを守れない野郎をぶん殴りに行きましょうか)

(こんなものが落とされているんだから、何か危ない目に遭っているんじゃなくて⁉)


 私は走りながら、シシリーのナイスな指摘を聞く。

 いや、まあね……物的証拠からして、まるで誘拐でもされそうになり、マーク君が目印代わりにわざと落としたと考えるのが必然なのかもしれないけれど。正直、それだと私が面白くないのだ。


(だって男が誘拐されるとか。ロマンスなら逆であるべきじゃないかな?)

(もうそれどころじゃないでしょ!)


 あら、シシリーに怒られちゃった。

 この半年でずいぶんと逞しくなったなぁと嬉しく思いつつも、辿り着いた先は図書館の裏。業者が使う搬入口的な場所である。そこでわかりやすいタイミングで馬車に乗せられようとしているマーク君。猿ぐつわに腕も背中で固定されて、なんとも見事な誘拐タイミングである。


 思わず、腰に手を当てて観察しちゃうくらいには。


「ふむ……」

(いや、早く助けてあげてよ!)


 まぁ、シシリーがそう言うなら、やってあげるべきだよね。

 シシリーにやらせるという手もあるけど……実践経験などゼロに等しいだろう子には少々難易度が高いかと、私が魔力を練り始めた時だった。


「なに物騒な魔術を使おうとしてるの⁉」


 そう私を押しのけて魔法妨害をしてくるのは、アイヴィン=ダールである。

 失敬な。ちゃんと図書館には引火しないよう控えめな爆発魔法にしておいたのに。


 だけど私服のアイヴィンは躊躇うことなく誘拐現場へと突っ込んでいく。どうやら魔術は極力使わない方針での鎮圧を試みているらしい。手足に込めた魔力で威力をあげたパンチやキックで、誘拐犯を三人は鎮圧できたようだ。


 だけど犯人は五人。残る二人がそそくさとマーク君を積み込み、馬車はあっという間に発進されてしまう。アイヴィンもすぐさまタイヤを撃ち抜こうと魔術を放つも、どうやら防護壁が用意されていたらしい。いくら若きエリートの魔術とて、加減された魔術の威力はたかが知れているらしい。


 大きく舌打ちするアイヴィンがくしゃっと髪を掻きあげる。

 彼なりに必死だったのだろう。珍しく男らしい彼を、私は下から見上げて笑う。


「あーあ。カッコ悪」

「それは馬車ごと爆散させれば良かったって意味? マクリミリアン王子の安否を厭わず」

「どういうこと?」


 私が疑問符を返せば、アイヴィン=ダールが低い声音で告げた。


「彼はマクシミリアン=フォン=ノーウェン。このノーウェン王国の第三王子だ」

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