第59話 悪女、若人のデートに興奮する。
いざ、デート当日である。
(やだやだやだ。ノーラ代わってよ~っ)
(別に変わったっていいけど、今日中にチューかますけどいいのかな?)
(かますって、言い方……)
だってそこに私からの愛情や恋慕はないのだから、ロマンチックなものを期待されても困るかな。
けっきょく髪型から洋服まですべてアニータにコーディネートしてもらったシシリーは、本当に可愛かった。アイボリーの清楚ながらもレースが効いたワンピースもよく似合っているし、少し固めの髪も毛先を巻いてもらってより女の子らしくなった。
待ち合わせ場所は直接郊外の図書館の前だ。
本当なら五分くらい遅れていって「待った?」と序列を明確にしたほうがいいかと思ったが、シシリーとアニータに猛烈な却下を食らってしまった。いつの時代の女だよ、ということらしい。
……悪かったな、八百年前の女で。
というわけで、十五分前に待ち合わせ場所に着いてしまった私たちである。
どうしてこんな可愛い女の子が男を待たなきゃいけないのかと内心イライラしていると、シシリーが自分の手を撫でていた。その爪には、薄桃色のマニキュアが塗られている。当然アニータが塗ってくれたものだ。八百年前には爪に何かを塗るオシャレがあるなんて想像もしてなかったから、けっこう驚いたものだ。特殊なインクを生成すれば護衛魔術にも応用できそうだといったら、ものすごく興味深そうな反応をしながらも『今は無粋ですわよ』とごまかしていたアニータが可愛かった。
置き土産として、その試作品を今後一緒に使ったらいいかもしれない。
それを基に就職活動してもらったら、彼女の憧れの王立魔導研究所からだって邪険にはされないだろう。材料手配はアニータの伝手でなんとかできそうだから、三か月もあれば形にできると思うし。
だけど、今日にかぎってはたしかに無粋かな。
今から、うら若き乙女のデートなのだ。
私がするべきことは、ソワソワしている少女を励まし続けるだけ。
(どうしたの?)
そう問えば、シシリーが思いがけないことを言う。
(手が綺麗になったな、て思って)
(そうだね。マニキュア可愛いね)
(違うよ。手自体がすべすべになったなって思ってさ)
たしかに……手の手入れは、毎日私が行っていたけれど。
自分で作った簡易的な保湿クリームだ。最近は見るに見かけて、アニータが支援してくれたものも使っていた。私はただ、気付いた時にそれを塗っていただけ。
それなのに、シシリーが言う。
(ありがとうね、ノーラ)
(いきなりどうしたかな?)
(わたし、ノーラに出会えて本当に良かった!)
ちょっと、シシリー⁉
それを言うのは……もう少しあとでいいんじゃないかな……。
そんなこと言われたら……残りの楽しい青春が少し切なくなってしまうよ。
(……これからもよろしくね、シシリー)
(うん! よろしく、ノーラ!)
だけど、さすがは私が見込んだ男。きちんと待ち合わせ時間より早めに来てくれたらしい。
よかった。感傷に浸る時間がなくて。
デート前に泣くなんて失態を犯したら、シシリーに迷惑をかけるところだった。
カジュアルなシャツとカーデガンを着たマーク君は少し駆け足でやってくる。
「ごめん。そんな早く来ているだんて思わなかった」
「早起きしちゃっただけだから……おはよう、マークくん」
「あぁ、おはよう」
おぉ、シシリー。ちゃんとできているじゃない。
恥ずかしそうにはにかみながらも、きちんと話せている。
これは……私が出る幕がなさそうかな?
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
まだ手を繋ぐ仲ではないけれど、隣を歩く二人は紛れもなく青春をしている。
だけど、場所が図書館というのがまずかったかな?
図書館はいつの時代も、基本的には私語厳禁である。
二人とも真面目なゆえが、もくもくと研究資料を漁っていた。
八百歳のおばちゃんからしたら『もうそれ私がやっとくから、二人はオシャレなカフェでも行っておいでよ』と言いたくなるところである。
ようやく会話をしたと思っても、
「これ難しいかな?」
「予算的にカンパを募らないと厳しいかも」
「ごめん……言い出しっぺのわたしがカンパ出せないかも」
そりゃあシシリーパパは今監査官の指導中の元横領犯ものね⁉ 学費以上の援助は頼めないよね⁉
お金かぁ……。なんかできることないかなと考えていた時だった。
「あ、この本……」
シシリーが手を伸ばすのは、彼女の背からしたら少し高い位置に本だった。
「あぁ、これか?」
それをマーク君がとってあげようとして……。
おおおおおっと、二人の手が重なる!
その態勢のまま、二人は顔を見合わせて。同じタイミングで頬を赤く染める。
「あ……ごめんね」
「いや……どう、ぞ」
わあああああああ♡ これよ、これ! 私はこういうのを求めていた。
やるじゃない、図書館デート。ばかにしてすまなかった。
ああああもうっ、シシリーもとってもらった本を読んでいるフリをして、全然頭に入ってなああああいっ、かわいいっ。ほんとうにかわいいっ。
そんなシシリーの内心を知ってか知らずか、マーク君が首を伸ばしてくる。
「ずいぶん古い本のようだが、何が書いてあるんだ?」
「あ……えっと。ちょっとあっちで読み込んでくるね!」
そしてパタパタと走り去ってしまうシシリーがかわいい!
かわいいけど……もうちょっと頑張ってほしかった。
(外野うるさいよ)
(ふふ、ごめんて。)
そうしてふと目に入ったのが、シシリーが持ってきた本だ。
マーク君の言う通り、かなり古い装丁である。
だけど……だからこそか。私には見覚えがあった。
(あぁ、なつかしいね。それ私が書いたやつだ)
(へ?)
著者、ノリス=ノデラ。それは私が趣味で書いた論文で使っていた別名義である。
魔導教会の天才魔導士ノーラ=ノーズだと、何かと出しにくい論文もあったのだ。この場合だと『ママに怒られない☆ゼロ点テストを隠しきる方法』がそれにあたる。
(変なタイトルだなぁと思ったんだけど……どんなことが書いてあるの?)
(ようは隠密魔法の論文かな。当時の子供でも使えるようになるべく簡単にを目標に……最終的には擬態結界を鏡面化する魔法を提唱したと思うよ。我ながらおもしろいとは思ったんだけど、さすがにおもちゃみたいな発想だなぁと思って別名義にしたんだけど……)
ちなみに現在『ノーラ=ノーズ』名義の論文はすべて絶版されているようだった。
まぁ、私のことが大っ嫌いな国王陛下の仕業だろうね?
だけど『ノリス=ノデラ』の名義は誰にも教えたことがなかったから……こうしてひっそりと今に残っているのだろう。貸出明細を見ても、誰も利用した形跡はないけれど。
そんな昔の遺物はさておいて、私はシシリーに早くマーク君の元へ戻るように説得しようとした時だった。
(これ、使えるんじゃない?)
(えっ?)
(半分で鏡面化すれば、反対側にも同じ光が作れるっことだよね⁉ そうしたら材料も半分で済むから、経費の削減もできるかも!)
たしかに鏡面化の魔法は子供でもできるように定着のための材料も安価で、魔法イメージも見たままを想像するだけで簡単だから……なるほど。花火に応用するには最適な技法かもしれない。
「これならいける!」
シシリーは自ら走り出す。図書館の中は走ってもだめだと思うけど……職員に怒られなきゃいいだろう。これもまた青春だ。
だけど、シシリーがどんなに探しても。
図書館のどこにも彼の姿が見当たらなかった。
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