第58話 悪女、友達に髪を梳いてもらう。
◆
さて、いよいよ念願かなってシシリーが魔力の綺麗な彼とデートである。
(いや、ノーラ! もう研究はいいわけ⁉)
(女の子の青春といえば、研究よりもデートなんでしょ?)
(今までどんなに話しかけても聞いてくれなかった人が言う⁉)
ちゃんと聞こえてましたとも。
あれでしょ? アイヴィンとハナちゃんが異様に親密って話でしょ?
とってもいいことじゃないかな。だって私と仲良くしてたって……どうせあと半年もしないでお別れなんだし。学校を卒業した後も続く付き合いを大切にしたほうがいいに決まっている。
ともあれ身体の主導権を預り受けて、デートの準備である。
心の中のシシリーがうるさいけど、今だけはごめんね?
(こんな緊急事態は仕方ないでしょ。もちろんデート当日はシシリーに返すけど、ちゃんと自分でオシャレできるの?)
(別に学校での知り合いと会うだけなんだし、制服でいいんじゃないの⁉)
(ダメだと思うよ?)
というわけで、私が向かったのはもちろんアニータの元である。
もし仮にアニータが『制服のままでいいよ』と言ったなら、それで良しとしよう。
だけど当然アニータにそれを問えば、
「馬鹿じゃありませんの」
一蹴である。
部屋で自習中だったアニータ。ペンなんか即座に置いて、侍女にやれ洋服を持ってこいだの、浴槽の予約をしろだの指示を飛ばしている。
それがひと段落した後、のんびりお茶菓子をもらっていた私の手から、彼女がクッキーを奪っていた。
「何を無駄な間食をしてますの。少しでもボディラインを引き締めようという気はなくて?」
「いや、これアニータが出してくれたやつ……」
「週末にデートなんて相談を受けていたら出しませんわよ! いいですか、決戦の日まであと二日。徹底的にすべてを磨き上げますわよっ!」
アニータの熱意は見るからに燃え滾っている。そして今までで一番楽しそうでもある。
そんな彼女に一応、私は確認してみる。
「……私は可愛らしい洋服と香水なんかをお借りできたら満足だったんだけど」
それでも、いつもいつも迷惑をかけている自覚はあるのだ。
いくら友人とて、いやだからこそ、頼りきりというのもおかしかろう。正直、私は彼女のために何かしてあげられていることはない。
だけどアニータはやっぱり私の想像を超えてくるのだ。
「わたくしの友人の初デートですのよ⁉ わたくしの意地と矜持にかけまして、いつも以上に愛らしい姿で送り出すことこそ友人の務めではありまして⁉」
最近は『友』と言ってもあまり恥ずかしがらなくなったアニータである。
そこが少し寂しく感じつつも、やっぱり私の友人は今日もとても愛い。
しかし案の定、心の中のシシリーはアニータの熱量にのぼせ上っていた。
そしてさっそく、アニータの手づから髪にトリートメントをしてもらっている時だった。
「……え、お相手はアイヴィン=ダールではありませんの?」
「うん。その友達のマークくんだ――」
ぱしゃんっと、言葉の途中でお湯をかけられたものだから、問答無用で薬湯が口の中に入ってくる。まぁ身体に害があるものでないからいいとしても……不快なものは不快だ。
そういや協力を願い出た時に、デートの相手は話していなかったな?
誘われた経緯やデートする場所など、聞かれるがままに答えていった結果が『ぱしゃん』である。
(そりゃそうだろうね)
心の中のシシリーまでもが冷たい。
シシリーはともかく……アニータの気持ちはわからないでもないかな。
私だって、アイヴィンとなかなかいい雰囲気だった自覚はある。それが急にその友達に鞍替えしたとなったら……私の友達だからこそ、アニータは怒っているのだろう。
「見損ないましたわ。まさかあなたがそんなふしだらだったとは」
「さっき熱い友情を確認したばかりなのに?」
「それはそれ、これはこれです。しかし友達が誤った道を歩まないように助言することも友の役目でしてよ!」
ぶれない私の友人アニータ、だからこそ愛い。
(わたしはいつかアニータさんが誰かに騙されちゃうんじゃないかと心配になるよ)
(もしそんなことがあろうもんなら、絶対に私が許しちゃおかないけどね)
思わず今日も可愛いアニータにニマニマしていると、アニータが私の顔を覗き込んできては、赤い唇を尖らせた。
「シシリーの本命はどちらなんですの?」
「マークくんです」
(違うでしょ⁉)
違くないかな。だってアニータは『シシリー』に聞いているんだもの。
するとアニータは堪忍したようにため息を吐いてから「終わりましたわよ」と私の髪の毛を丁寧に拭き始める。はぁ~極楽だった。アニータは本当に令嬢とは思えないほど多才だな。魔導の研究に進まなくても、その才能を生かす道はたくさんありそうに思える。
少し羨ましく眺めていると、アニータが「わたくしの顔に何かついていますの?」と尋ねてきた。私が「今日もアニータが可愛いな、と思って」と素直に述べれば、彼女の顔が赤く染まる。
「知ってますわっ!」
「知っているんだ⁉」
何度だって言おう。今日も私の友達がとても愛い。
そんな彼女に……『
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