第57話 少女、デートに誘われる。

 

 それから、数日後。

 わたしはお昼休みにこっそりアイヴィンさんに相談していた。


「どどどど、どうしましょう⁉」

「あはは。たしかに必ず手を貸すとは言ったけど、毎日切羽詰まるとは思わなかったな」

「笑わないでくださいっ!」


 酷い! やっぱり酷い男だアイヴィン=ダールさん⁉


 人気の少ない階段裏。薄暗いところでアイヴィンさんに相談していた内容は、今日の放課後の勉強会のことだった。


 そう――アニータさんとの勉強会である。いつもノーラが授業の内容やアニータさんの習得状況に合わせて魔術の指導をしていたやつ。それも理論的なことだったらわたしも予習をたっぷりして望むという体当たり攻略ができるものの……いつもノーラが施しているのは、すごく感覚的な指導ばかり。


『ほら、そこはもっとふわっとさせて』

『いやいや、もっとビューとビヤッて感じで』


 ……まぁ、そんな指導に当然アニータさんも文句ばかりなんだけどね。 


 それでもなんやかんやで日に日に魔術の精度が向上しているのだから、やっぱりアニータさんは凄いと思う。こないだの実技テストではクラス三位の好成績を収めていた。当然一位はアイヴィン=ダールさんで、二位がシシリー=トラバスタ(という身体の八百年前の大賢者ノーラ=ノーズ)。なので実質クラス一位の人に……万年ビリだったわたしが何を教えればいいのやら?


 と、わたしがこんな真剣なのに対して、アイヴィンさんはずっと笑いっぱなしだった。


「でも、昨日の相談事よりはマシかな。さすがの俺も、どうしたら演劇部で何事もなく一日過ごせるかって……いつも見ていたなら、適当に練習参加してきたらいいじゃん。どうしても嫌なら休むとか」

「だって、ノーラが毎回あんな楽しみにしてるんですよ! わたしが一回サボったせいで悪評ついて、今後ノーラが楽しめなくなったら申し訳ないじゃないですか⁉」


 わたしが小声なりに叫んでみせれば、アイヴィンさんは壁に背を預けたままくつくつと笑う。


「まじめだなぁ。きみがその身体の持ち主なんだから、もっとデンッと構えていればいいのに」


 そうは言われても……。

 わたしがむくれていると、アイヴィンさんが疑問を投げてきた。


「ノーラは全然起きてくれないの?」

「起きてはいるんですけど、どんなに呼んでも『今研究のいいところだから用があるなら箇条書きにして置いておいて』って……心の中にどうやって手紙を置けばいいのかと」

「ははっ、根っからの研究者なんだねぇ」


 そう再び笑い飛ばされた時だった。


「……アイヴィン=ダール」


 ぼそっと低い声で、彼のことを呼ぶ声がして。

 わたしも振り返ってみれば、そこには春に転校してきたハナ=フィールドさんがいた。ノーラが何度友達になろうと声をかけても軽くあしらわれていた彼女である。


 どうも夏休み中はお母さんがお世話になったようだから、わたしからもお礼を……でもノーラも一応お礼を言っていたから、またわたしから言うのもおかしいかな?


 わたしがひとりでわたわたしていると、ハナさんが短く訊いてくる。


「もう用は終わった?」

「えっ……」

「そいつ、借りていい?」


 かのアイヴィン=ダールを『そいつ』呼ばわり⁉


 驚くしかない。だって縁あって話す機会をいただいているが、本来なら王立魔術研究所の若き正職員なんて、本来ならわたしも含めていち学生が気軽に話せるレベルでないエリートである。


 まぁ、ノーラなら平気で呼びそうな気はするけれど。


 だけど肝心のアイヴィンさんは何も気にしていないようで。

 無言でわたしににっこり微笑んでくるから、まぁそういうことなのだろう。


 わたしが「それじゃあ」とおずおず立ち去ろうとすれば、アイヴィンさんが「まぁ放課後は俺も顔を出すから」と心強い支援をくれるのだけど。


 わたしはそのまま物陰で話し出そうとする二人を尻目にノーラに話しかける。


(ねぇ、ノーラ。アイヴィンさんとられちゃうよ?)


 だけど彼女は、今も熱心に研究に集中している様子で。


 アイヴィンさん、けっこう一途だと思っていたのになぁ。

 見た目通り、遊び人だったのかな。

 やっぱりノーラを任せるにはダメな相手かも?


 だけど、そうはいってもアイヴィン=ダール卿。

 有言実行でわたしたちの勉強会へ来ては、わたしの代わりにごく自然にアニータさんへ助言をしてくれていた。しかし「こんな感じでどうかな?」と言わんばかりに片目を閉じてきても、わたしはプイっと顔を背ける。


 恩を仇で返すなんて言わないでほしい。

 将来ノーラを傷つけそうな人を、わたしが看過できるはずないじゃないか!




 ――と、そんなことがありつつ、勉強会のあとにわたしは魔導解析クラブにも顔を出す。


 文化祭への発表に向けて、けっこう佳境なのだ。

 実際はまたひと月以上時間があるのだけれども、もうじき三年生は職業研修期間に入る。その間はそれぞれ各企業や施設に派遣されて実地で仕事や訓練をこなすので、文化祭の準備には参加できないのである。


 だからわたしとマークさんは前倒しで作業をしなければと、空いた時間を見つけては議論を交わしているのだけど……突然マークさんが言った。


「最近のトラバスタ嬢、変わったね?」

「へ?」


 隣に座るマークさんの顔が近い。わたしが素っ頓狂な声をあげるも、マークさんは引かなかった。


「正直、今までの君は図々しくて苦手だったんだけど、最近のトラバスタ嬢は話しやすい気がする」


 そりゃあ、変わったかと言われたら、中身がまるで別人ですが何か?


 マークさんの顔は長い前髪でやっぱりよく見えないけれど、この言葉が少し震えているようにも聞こえた。


「勘違いしてくれても構わないが、女性としてもとても好ましい」

「ふえ?」


 わ、わたしが……このましい……ですか?

 この、引っ込み思案のシシリー=トラバスタ(ちゃんと本人)が好ましいだと⁉


 こんなわたしをマークさんが誘う。


「よければ週末、ふたりで郊外の図書館にいかないか?」

(喜んでっ!)


 それに我先に答えたのが、ずっと心の中でだんまりだったノーラだった。

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