第52話 悪女、男の友情に感動する。
魔導解析クラブはなかなかゆるい部活である。
集まるのは週末の一回。それも参加率は半分くらいで、集まっても各々好きな資料を読んでは、たまに好きな者同士が論議を交わすのみ。ただ図書室よりもマニアックな専門書が多く集まった倉庫に集っているだけの集まりである。
そんな中でも、シシリーはいつも興味深そうに周りの話を聞いていた。実体がないのをいいことに、他の人の資料や論文を覗き見たりと、それこそ町の雑貨屋で小物を見て喜ぶ女の子のような顔をして……この道を勧めていいのかな、とちょっと悩んだのは内緒だ。
そんなクラブの部室を「こんにちはー」と開ければ、今日もやっぱり人は少ない……というか、一人しかいなかった。
「こんにちは、トラバスタ嬢」
控えめながらに挨拶を返しては、しれっと視線を資料に落とす少年は隣のクラスのマーク君。傍から見たところ、アイヴィン唯一の友達の良質魔力の彼である。今日も長い前髪で素顔があまり見えないけれど、健やかな魔力は健在のようだ。
そんなシシリーの婚約者候補に、私は当然話しかける。
「まだ人少ないね。今日は珍しくミーティングするんじゃなかったっけ?」
「文化祭のテーマ決めね。まぁ、どうせ各々が好きな内容を掲示物で発表するだけだから」
「ふーん……マーク君は何について発表するつもりなの?」
「聞く前に覗き込むなよ」
思わず身を乗り出せば、抱え込むように本を隠されてしまったけど。
それでも伊達に大賢者なんて呼ばれてたわけじゃないからね。チラッと見えた単語でだいたいの予想はつきますとも。
「文様術の解呪法……アイヴィンのやつ?」
思わず、私がそう漏らせば。
いつも礼儀正しくもまわりに興味なさそうなマーク君が、珍しく前髪の奥から睨んでくる。
「知っているのか?」
「研究員の呪いみたいなやつでしょ?」
あれだ。魔導研究所の所長が見せようとしてくれたやつ。雑に言えば入職時に『国王の命令にはー? 絶対ー‼』という契約を結ばされるというやつ。その契約を文様という形にして体に刻むことで効果が発動されているのだろう。契約者が違反すれば、その文様が反応して命を落とすように。
私は思わず目を輝かせてしまう。だってねぇ、マーク君。魔力がとても綺麗な子だと前から思ってたけど……本当にいい子だね。お友達を救おうと研究するとか……そういうの、私は弱いよ。
だから、私は心からの賛辞を送ろう。
「すごいね。友達を救うためにこの部活入ったとか? 本当にイイ男だね! 本当にシシリー=トラバスタの旦那さんになってみない? 絶対幸せになるって私が保証してあげるよ? こんないい子は他にいないからね」
(ちょっとノーラ、言いすぎ……‼)
心の中のシシリーが赤面しているけど、なかなか愛いねぇ。
ぜひこんなシシリーを見せてあげたいと、身体をシシリーと代ろうかなと思っていると、マーク君が少し俯いてしまった。
「……別に、アイヴィンは友達なんかじゃないよ。ただいつもそばにいるだけで」
え、なにそれ。アイヴィンに男友達ってきみしかいないのに? アイヴィンどんまい案件?
「そんなこと言ったら、アイヴィンが泣くんじゃないの?」
「君はアイヴィンの何なんだ?」
「お友達?」
「それこそ、アイヴィンが泣くんじゃないか?」
そうかな? そりゃあ好きだなんだは何度か言われたことあるけど、いつも冗談みたいな感じだし。それこそ本当に八百年前の人間に恋をする人なんていると思う?
私からすれば、本当は『友達』だと情をかけていることすら彼からすれば迷惑なんだと思っている。それはアニータやシシリーに対しても同じだ。
だって
その時、扉がガラッと開かれる。他の部員がわらわらと来たようだ。疲れてる二年生の部長の様子を見るからに、一生懸命部員を搔き集めてきたのかな。そんな後輩部長が、私たちを見て目を潤ませる。
「さすが先輩……きちんと集まってくださりありがとうございます! ありがとうございます‼」
うん……これはちゃんとミーティングに参加しよう。
気まぐれ部員を束ねる部長に幸あれ、というやつである。
「――とはいっても、文化祭の発表は例年通りでいいんだよね? みんな各個人でわら半紙に好きな研究発表をするということで」
こんなゆるい集まりだが、一応部活……クラブとして学校に認められている以上、部費という運営費用が出ているという。その運営費用で毎年少しずつ、希少価値の高い書籍や論文を集めているのだとか。だが学校が部活と認めるためには、きちんとした研究結果や活動報告がないといけない。でなければ、ただの道楽の集まりと変わらないからだ。それでは学生の『教育活動』にはならないよね。
なので、学校からの要求は文化祭というおあつらえ向きな時だけでも、『それっぽいこと』をしろ――ということらしい。そのため、雑にあまり人が来なさそうな教室を一部屋借り、そこに『それっぽいもの』を掲示して、文化祭中は順番に名ばかり『説明係』を担当して、来年度の部費と明るい学生生活とは無縁な人たちのたまり場を死守しているのだという。
……まぁ、それはそれで学生らしくていいんじゃないかな。
と、齢八百歳以上のオバサンなんかは思ったりもするんだけど。だけど、自分がそれをするとなるとちょっと待ったをかけたいお年頃。だってねぇ、青春なんて短い人生の一瞬だぞ?
だから、「じゃあそういうことで一応各自の発表内容の題目だけでも確認――」と話しが進み始めた時、私は思いっきり手をあげた。一斉に集まる「なんだこいつは?」的な視線、病みつきになるね。
だから、あからさまに嫌な予感を隠さない心の中のシシリーをよそに、私は堂々宣言した。
「文化祭で、みんなで花火を打ち上げましょう!」
『…………はい?』
うん、目を丸くする若人たちが今日も愛い。
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